Fate/gold knight interlude-2.双振りの剣
「これ店主、いかがしたか」
「あ、弓美ちゃんちょうどいいところへ」

 衛宮の娘になってから10年。この商店街ではすっかりおなじみの顔となった金髪縦ロール少女の出現に、ケーキ屋の主はほっとした表情を浮かべた。何しろこの金髪娘、問題解決の糸口を提示するのが得意なのだ。主に金銭関係で、だが。

「この人がさあ、ケーキほしいって言うんだけど。日本のじゃないお金出してきて困ってるんだよ」

 白いドレスの女性を指す店主。「任せよ」と視線だけで答え、弓美は自分より少し背の高い女性に向き直った。どこかぽやんとした表情の女性は、突然の乱入者にもあまり反応を示すことなくぼうっと立っている。その手に持たれた外国の紙幣を確認し、少女は口を開いた。

「そなた、何処より参った? ここは日本故、日本の通貨でなくば普通は使えぬぞ」
「うん。でもわたし、お金これしかない」

 弓美の言葉に、女性はむうと口をとがらせながら自分の持つ紙幣をひらひらとさせた。それをひょいと取り上げ、種類を再度確認してにっと弓美が微笑んだのにセイバーは気づいた。

「ほう、これか。今朝がたのレートで良ければ我が両替して進ぜよう。それで買い物をするがよい」
「ほんと?」
「我は嘘など言わぬ。ええと……このくらいであるな。そら」

 提案された事柄に、女性の顔がぱっと明るくなる。その目の前で弓美は愛用の金色の財布を開き、数枚の紙幣を取り出して女性の手に握らせた。それはケーキを購入するには十分すぎるほどの額であり……それを店主の明るく晴れた顔から悟ったのか女性もにっこりと、太陽のような笑顔になった。そしてぺこりと一礼。

「ありがとー、感謝」
「よい。気にするでないぞ、次回はそなたが困った誰かのためになればよい」

 傍若無人な姉もこういう素直な感謝には弱いのか、幾分頬を赤らめて答える。くすりと微笑んだセイバーが、そこでようやっと弓美に近づいていってその肩を叩いた。

「ユミ、そろそろ参りましょうか」
「……む、そうだな。待たせて済まなんだ」

 2人の少女が顔を見合わせて頷くのに、何故か女性も一緒にこっくりと頷いた。それから、あ、と何かに気づいたように口元を手で押さえる。ほにゃりと微笑み、セイバーと弓美を交互に見比べる。

「……あ、わたし、リーゼリット」
「ふむ。我は弓美、衛宮弓美という。こちらは我が家の客人でセイバーだ」
「セイバーです……よろしく」

 自らの名を名乗ったリーゼリットに、返礼としてこちらも名を告げる。セイバーが小さく頭を下げるのを見て、リーゼリットはこくこくと頷いた。

「ユミに、セイバー。うん、ほんとにありがと、感謝感激」
「うむ。では、機会があればまたな」
「それでは、失礼します」

 鷹揚に手を振る弓美と、当たり前のように頭を下げたセイバーはその場を離れていく。背後でリーゼリットが、お気に入りのケーキを注文している声が聞こえた。
 先を行く弓美に肩を並べ、セイバーはその顔を覗き込んだ。「ん?」と視線に気づいて顔を合わせた彼女に、疑問に思ったことを口にしてぶつける。

「ユミ、なぜ今朝がたの為替レートなどを把握しているのですか?」
「……士郎のためにな、米国債や外貨で建てた貯蓄もいくばくかあるのだ。もっとも、あれが一生涯何不自由なく暮らしていける程度の額は既に貯まっておるがの」

 ふふんと豊かな胸を揺らす少女。なるほど、とセイバーは深く頷いた。自分の生きていた時代とは全く違うこの時代、とにもかくにも金が無くては立ち行かないのだ。その点弓美は財には恵まれており……そう言えば10年前に戦った時もやたらゴージャスに武器使いまくってたな、と過去を回想する。ひょっとして弓美の金運の良さは、サーヴァントとしてのスキルだったりするのだろうか?

「はあ……」

 10年も現界していると、『英雄』もここまで俗物化するものかと自分の食欲を棚に上げてセイバーは思った。いや、自分の異様な食欲はマスターたる士郎から供給されない魔力を補うものだから、必要不可欠なのだと自分に言い聞かせて。

「……それにしても、あの女」

 ふと弓美が立ち止まった。振り返って見ると、既にリーゼリットは買い物を終えたようで遠くに小さく後ろ姿が見えるだけである。

「人間にしては、気配が希薄であったの」

 白いその姿を遠くに見ながら、少女はぽつりと呟いた。


 やがて、二人は長い石段の下までたどり着いた。上を見上げると、2月であるが故にどこか寒々しい森を両側に従えた石段の頂点には立派な山門が見える。その先は士郎の友人である一成の実家・柳洞寺の境内だ。参拝客などであればこの石段を上がり、何も考えずに山門を潜るところであろうが……2色の金の髪を持つ少女たちはその場に踏みとどまり、鋭い視線で寺の方角を睨み付けている。2人の手にそれぞれ、どら焼きとたい焼きとたこ焼きをたっぷり入れた袋がぶら下がっているのだけがそのシリアスな雰囲気にはそぐわない。

「ここが柳洞寺だ。……そなたも分かるな?」

 全身に緊張の糸を張り巡らせ、声を低く放つ弓美。セイバーもぎりと歯を噛みしめ、くすんだ色にも見える周囲の森に視線を巡らせた。
 『人間』には分からない。だが彼女たち『英霊』には、その存在を感じ取ることができるモノ。それが『壁』として、彼女たちの前に立ちはだかっていた。ご丁寧に、山門という名の大口を開けて。

「ええ。これは結界ですね……我々は正面から入るしかない」

 そもそも、寺というものはそれ自体が聖なる地としてある種の結界を成している。が、柳洞寺を覆っているそれは強力なものであり、正門以外から霊体が境内への侵入を試みたとしてもまず徒労に終わるであろう、あるいはそのモノが消し飛ぶかもしれない……そういう壁であった。

「うむ、そういうことだ。この地に陣を成した者は強固な守りを得ることになる。しかし……妙だな」
「何がです?」

 形の良い眉をひそめる弓美に、セイバーが尋ねる。豊かな髪を山を駆け下りてくる風に委ね、少女は深紅の瞳を細めた。

「前に士郎の供をしてここに参ったことがあるのだが……その時はここまで禍しい気は立ち込めておらなんだぞ。それに、妙に魔力の密度が濃い」

 ぺろり。
 赤い舌が、口紅を塗っていないにもかかわらず深紅の色を湛えた唇を濡らす。それはまるで、獲物を射程に入れた金の豹。空腹で堪らぬ肉食獣が、念願の生き餌に巡り会えた瞬間のようであった。

「なるほど。……サーヴァント、でしょうか」
「やもしれぬ。……ふむ、ここはこれまでにしておこう。士郎と凛にこのことを報告せねばなるまいし」

 が、セイバーの涼やかな声にふと理性を呼び覚まされたのか、弓美は髪を掻き上げた。特にセットするでもなく巻かれている金の髪は、山から吹き下ろす風に煽られてゆったりと広がる。この豪奢で傲慢な少女の口から出た彼女には似合わない消極策は、セイバーの首を縦には振らせなかった。

「これだけ魔力を集束するサーヴァント……おそらくはキャスターでしょう。となれば直接戦闘力は最低と見て良い。セイバーたるわたしとアーチャーたるあなた、この2人でかかれば攻め落とすことも十分可能だと思いますが」

 剣の英霊の少女はいつでも戦える、と拳を握ってみせる。さすがに同行者が戦意を持たないせいか、その手の中に見えない剣を引き出すことはない。受肉した弓美と違い、彼女にはマスターたる士郎から流れ込んでくる魔力はほとんどない。戦闘を提案している彼女とて、できれば無駄な手間は避けたいと思っているのだ。
 だからこそ、の先制攻撃の提案であったのだが。

「……あの寺には切嗣が眠っておる。それに、ご住職の末の息子は士郎の良き友人だ。修行僧もかなりの人数がおる」

 ぽつんと弓美が呟いた。ぐ、と握りしめた拳が僅かに震えているのが、セイバーにも分かる。
 10年前と現在とで異なる、最大の要因。
 衛宮切嗣は既に身罷っているという、その事実。
 セイバーと共にかつての聖杯戦争を勝ち抜いた後、弓美と士郎の2人を養子として迎え育てた。最後は父親たらんとした切嗣が若くして力尽きたのは5年も前のことになるという。そして今、切嗣は柳洞寺の墓地で眠りについている。
 その寺を守る一族は、藤村の家や衛宮姉弟とも交流がある。末息子一成は士郎の同級生であり、その兄零観は藤村大河の同級生だ。
 そういうこともあり、柳洞寺は士郎にとっては大切な場所のひとつである、ということを弓美は指摘したのだ。それはセイバーも十分理解できる。
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