Fate/gold knight 10.くろいそら
「なるほど。それは大儀であった、士郎」

 マウント深山で買い物を済ませての、家への帰り道。今日、学校でやったことを弓ねえとセイバーに手早く報告したら、姉上はうんとひとつ頷いてくれた。弓ねえは学校に通ったことはないけれど、穂群原学園には俺や藤ねえがいるってこともあって時々遊びにくるから、まあ馴染みの場所ではあるんだよな。前に制服借りて着たこともあったっけ。結構似合っていたよなあ……いやそれは置いといて。

「結界……ですか」

 一方、セイバーは眉間にしわを寄せている。俺や遠坂と一緒で、学校の生徒や教師たちを巻き込む事には反対のようだ。ああ、良かった。

「ああ。今日の処置で少しは発動を遅らせられるはずだが……できれば発動の前に、術者を倒してしまうのが望ましい」

 ちゃっかりセイバーの横に並んでいるアーチャーのせりふに、皆一様に頷いた。ちなみに買ったものは俺、セイバー、アーチャーの3人で分担して持っている。遠坂、弓ねえ、ポーズだけでもいいから持とうと思ってくれ。まったくこのダブルあくまが……あ、でも、卵持たせたら絶対割りそうだからそれだけは勘弁してくれ。

「まあ、学校に仕掛けてるってことは恐らく学校関係者ね。教師か、生徒……その中にまだマスターがいるのよ」

 顎に手を当てながら、遠坂がぼそぼそと呟く。確かに、学校とは関係ない部外者が偵察ならともかく、あれだけの範囲に展開できる結界を構築するのは難しいだろう。大体、ほとんどの基点が校舎内にあったのだから、普段校舎に入っても怪しまれない人物……即ち教師もしくは生徒の中に、まだ姿を見せていないマスターがいると考えるのはごく自然なことだと思う。だけど。

「確かにそうだがな。部外者が夜中に仕掛けた、って可能性はないだろうか?」

 俺の疑問を、アーチャーが言葉にしてくれた。何でこいつ、俺の言いたいこと分かるのかなあ。弓ねえのこと気にしてる感じだし、セイバーとも仲良いみたいだし。何だろう、この奇妙な親近感。

「それも考えたけどね。ここ最近、魔術師らしい人物が冬木市に入ってきた気配はないのよ。アインツベルンはともかくだけど……となると、わたしや士郎みたいに前から住んでる人物がマスターになってると考えていい」

 遠坂の答えに、俺とアーチャーは全く同時に頷いた。ほら、また近しい感覚。どうしてこいつと俺はここまで行動が似通うのか。

「そもそも土地の人がマスターなのか、聖杯戦争のために前もって冬木に住み着いていたか。まあ、士郎みたいに巻き込まれたって可能性もあるけど……でも、士郎も前兆はあったみたいだし」

 ちらりと俺を見ながら話を続ける遠坂。うん、確かに俺は巻き込まれたとは言え魔術師の息子だし、そもそも左手に出ていたアレは令呪の前段階だったらしいし。と言うか、この時期にこの土地にいる魔術師と言うだけでマスター候補なんだろうな。その辺は聖杯に聞いてみないと分からないんだけど。

「なあ。遠坂みたいに、他の魔術師の一族が住んでるってことはないのか?」
「ん、ひとつあるわよ。でもあっちの一族はすっかり廃れちゃっててね、今の跡取りにはろくな魔術回路は無いわ。多分、今回は参加してないと思う」

 ちょっと空を見上げながら、遠坂は俺の問いに答えてくれた。一瞬風が吹いて、艶やかな彼女の黒髪がふわりと赤く染まり始めた空を舞う。ふと、遠くを見ている遠坂の目がどこか切嗣の表情を思い出させて、俺と弓ねえは一瞬顔を見合わせた。

「ん? 何よ士郎、弓美さんも変な顔して」
「変な顔などと申すな。少し思うところがあったのだ」
「……俺も。悪かったな、変な顔で」

 さすがに、そういう言われ方はちょっと頭に来たので言い返す。遠坂は「……ごめん」とばつの悪い顔で謝ってくれたので、これはもう流すことにしよう。それにしても、変な顔してたのか、俺たち。アーチャーは……と。

「……セイバー、そうまじまじと見られると少し困るのだが」
「あ、済みませんアーチャー。その……シロウやユミと同じような顔をしていたものですから」

 やっぱり。予想通りというか、俺と同じ顔してたよ。まあいいけどさ。

「それと、定住している訳じゃないけれどもうひとつ」

 無視されたっぽいのが不満なのか、遠坂がずずいと俺たちの間に割り込んでくる。いやまあ、自己顕示欲が多少強いのは悪いことじゃないと思うんだけど。

「バーサーカーのマスターの一族――アインツベルンも、一応冬木の……と言うよりは聖杯戦争の大元からの関係者よ。だからこそ、わざわざ遠いところからお出ましになってるの」

 びしすと立てられた人差し指。弓ねえと同じように、白くて綺麗な指だなあと感心している場合じゃない。遠坂の言葉に含まれていた単語に、俺はあの夜を思い出してしまう。

 ――もういい、こんなのつまんない。バーサーカー、帰ろう。

 瀕死の俺を見て、どこかふて腐れたような声を上げたあの小さな女の子。
 銀色の髪が、今横に立って一緒に歩いているアーチャーと似ているなあ、と今更ながらに思った。

「……ああ、そろそろ家に着く。この話はここまでにせぬか?」

 弓ねえの言葉に、はっとして顔を上げた。確かに今俺たちが歩いている道のほんのちょっとだけ向こうに、家の門が見えている。さすがにこれ以上聖杯戦争に関する会話をするのは拙いだろう……魔術師でも何でもない一般人に、この話を聞かれる訳にはいかないんだから。

「そうね。今後の話は夕食の後にしましょ、藤村先生や桜を巻き込みたくないしね?」

 遠坂も分かってくれたみたいだな。アーチャーとセイバーも顔を見合わせてうんうんと頷いている。ああ良かった、こんな奴らと仲間になれて。


 さて、本日の夕食担当は遠坂である。本人曰く中華料理が得意とのことなので、俺があまり作らなかったために中華に飢えていた虎&金の姉上どもが大変に心待ちにしておられる。つーか器を箸で叩くのはやめろ、藤ねえ。あんた教師だろうが。

「中華っ、中華っ♪ 弓美ちゃん、桜ちゃん、楽しみね〜♪」
「は、はい。わたし、あまり中華料理って食べたことがないので、どういう味付けなのか気になります」
「おお、良い匂いがこちらまで漂って来ておるぞ。な、士郎? ガスコンロの火力を業務用並みにしておいて良かったであろう?」

 自慢の大きな胸を張ってにんまり笑う弓ねえ。
 うん、弓ねえの言う通りだ。確かに俺は中華料理をあまり作らないけれど、それでも火力が強い方がいいだろうと言うことでこの家に来てから間もなく厨房は改装されたんだ。主に弓ねえのパチンコで稼いできた資金で。
 ああ、でもほんとうに良い匂いだ。じゅうじゅうという食材が威勢良く焼ける音と一緒に、俺たちが並んでいる居間の方にまで漂ってくる。遠坂の手際も良いし、これは本当に期待できそうだ。

「士郎ー! 大皿出してー!」
「了解〜」

 呼ばれたので腰を上げる。さすがに遠坂も料理に手一杯で、食器の置き場所とかをチェックしてなかったみたいだし。だけど、中華に合いそうな大皿なんて無かったよなあと思ったから、いつも使っているやつをいくつか取り出してきた。ひょいと遠坂が振っている鍋の中身を覗いたら、定番の青椒牛肉絲だ。こりゃ藤ねえとセイバーが凄いことになりそうだな。

「そっちのを先に盛ってくれる? これもう少しかかるから」
「ん、分かった」

 鶏の唐揚げの野菜あんかけを、指示された通り皿に移す。別の皿には焼き餃子が載せられている。また深鍋には卵のスープも作ってあって、よそわれるのを今か今かと待っているようだ。ええと、次は春巻き? またいろいろ作ってあるなあ。そろそろ持っていった方がいいか、配膳台が一杯だ。

「桜、弓ねえ。そっちの用意頼む〜」

 居間に顔を向けて声をかける。藤ねえに頼まないのは、いまいち信頼性が無いからだ。だってなあ……親父が存命の頃なんか、手伝うっつってずーっとつまみ食いしてたんだぞ、あの虎。

「あ、分かりましたせんぱーい」
「任されよう。これ大河、そこに座っておるのは邪魔だ。手伝わぬのならばどけ」
「あー、ひっどーい」

 ぶーぶー文句を言いつつも、やはり藤ねえは手伝う気ナッシング。さっさと部屋の中央からどけて……こら、そのミカンは何個目だ。ちゃんと皮はまとめておけ。
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