Fate/gold knight 10.くろいそら
「アーチャー、ご飯頼む」
「了解した」

 いつの間にかうちの風景に溶け込んでいるこいつは、さっきから遠坂が使った鍋を即座に洗う役回りを仰せつかっていた。いくら大食い虎を飼っているうちでも、そんなに大量の鍋がある訳じゃないからな。遠坂が鍋ちょうだい、フライパンちょうだい、お玉出してと指示をする前に手早くアーチャーが洗い、拭き、揃えているわけだ。さすがマスター&サーヴァント、コンビネーション抜群だ。つーか2人の着けているエプロンはお揃いのものである。アーチャーは俺のをちょっと窮屈そうに、遠坂は弓ねえのをきつめに紐を締めて。
 まあ、それはともかく。

「遠坂、できた分から持ってくぞ」
「凛、出来上がったものから持って行こう」

 俺とアーチャー、2人同時に同じ内容を口にした。はっとしてアーチャーの顔を見たら、あっちもびっくりしたように僅かに目を見開いて俺を見つめている。ほんの少し間があって、アーチャーはふいと目をそらした。

「……衛宮士郎。持って行くのだろう」
「お、おう」

 何だろう。
 何でアーチャーは、俺が絡むと途端に不機嫌になるんだろう。
 ――まるで、思い出したくない思い出を見ているような顔をして。

「それじゃあ、唐揚げと皿と箸は俺持ってくから青椒牛肉絲と飯頼むな。アーチャー」

 それを気にしないように努めつつ、配膳台に乗っている料理を指さす。あ、このやろ、何キツネにつままれたような顔してるんだか。ちょっと笑えるかも。

「あ、ああ。承知した」

 ぽかんとした顔のままお盆を取り出して、俺に言われたものを積み上げるといそいそと運んでいく。ほんとにめちゃくちゃ驚いたのがよく分かって、俺は何となく楽しかった。

「士郎、それ運んだら次スープねー!」
「はいよー!」

 って、俺も笑ってる場合じゃなかった。急ごう。そうでないと、例えこの量だとて食いっぱぐれてしまうだろう。勘弁してくれよ、ほんとに。


 そうして、我が家初……多分初の、中華ディナーと相成った。青椒牛肉絲にトリカラのあんかけに卵スープ、春巻きサラダにエビシューマイ、炒飯に杏仁豆腐まで。普通の家では少し量が多すぎるくらいの料理がちゃぶ台狭しと並べられている。見てみろよ、セイバーと藤ねえのあのよだれ垂らしそうな顔。桜も半ば呆然と、だけど心底嬉しそうな顔してちゃぶ台の上見つめてるし。

「うわ〜」
「おお……」

 あ、弓ねえまで視線吸い寄せられてる。そりゃそうだろうな、目にも鮮やかな色彩と、この1つ1つが自己主張しながらそれでいて全体が調和している香りがこう目の前に広がっちゃあ。こんちくしょう、今に見てろよ遠坂凛。弓ねえのお抱えシェフはこの俺なんだから……あれ、これって俗に言うシスコンってやつか?

「さあ、どうぞ。たんと召し上がれ」

 一方本日のシェフであるところの遠坂は、ふふんと自慢げに胸を張っている。なるほど、今朝の思い知らせてやる視線の意味がよーく分かった。ええい、確かに俺は中華料理はやってないよ。確かに和食メインだし、洋食もあんまり作らないからな……くそっ、ここは素直に負けを認めるのもシャクだな。スルーだスルー。できるかな、俺に。

「とりあえず、藤ねえとセイバーは落ち着け。料理は逃げない。それじゃあ、いただきます」
『いただきます』

 よし、一応スルーしつつ食事戦争開始。遠坂が薄笑いを浮かべているのが少しシャクに障ったけれど、そんなこと気にしていたら食いっぱぐれ間違いなしなので放置しておくことにする。ああもう春巻きが少なくなってるぞ、えらいこっちゃ。

「ふむはむ。うん、さっすが遠坂さん! 中華ってこんなに美味しいモノだったのねー♪」

 あんたは大発生したイナゴか、って勢いで片っ端から食べ尽くしていく藤ねえ。まあ、食べカス飛び散らしなんてことはしないんだけど。この辺は藤村の爺さんがびしっとしつけたんだろう。

「はむはむはむはむ……ふむ、ふむ」

 一品一品丁寧に猛スピードで口にしつつうんうん頷くセイバー。お箸の使い方は完璧で、行儀もきちんとしているのに食べるスピードだけが桁違いっていうのはある意味才能だよなあ。

「アーチャーさん、そちらのシューマイ取っていただけますか?」
「ああ、分かった。凛もどうだ?」
「あ、ごめんね。お願いするわ」

 さりげに面倒見の良いアーチャー。モノが多すぎるため手の届かない範囲のおかずを、遠坂と桜にいそいそと取り分けてやっている。

「これ士郎、そこな唐揚げを寄越せ」
「ああはいはい。どうぞ、弓ねえ」

 ……って、俺も弓ねえの面倒見てるわけだが。あー、何でこうアーチャーと行動パターン似通ってるんだろ。何の関係もない、人間とサーヴァントなのにな。
 で、そのアーチャーのマスターかつ本日のシェフはというと、に〜っこり笑いつつ俺の顔を覗き込んで、こうのたまいやがりました。

「ねえ士郎、回転卓買って♪」
「……なんでさ」
「だって、あった方が便利じゃない。次はもっと豪勢に行くわよ」

 なあ遠坂、お前聖杯戦争終わっても家に入り浸る気か? まあいいけどさ。どうやら遠坂、1人暮らしみたいだし、それなら俺たちと一緒に食事した方がいろいろと都合がいいだろう。俺も、家族が増えたみたいで嬉しいし。


 そんなこんなで質量ともに全員が大満足したディナーは終了。
 藤ねえが桜を送ってから自宅に帰るということで、門扉まで2人を送っていった。弓ねえも一緒なのは、周囲の警戒と俺の護衛を兼ねてるんだそうだ。心配性なんだよな。

「藤ねえ、ちゃんと桜を守るんだぞ」
「まっかせなさい。ちゃんと桜ちゃんは送り届けるから心配しなさんなって」
「ああ、一応大河も周囲に気をつけよ。このところ、物騒な事件が相次いでおるからの」
「弓美ちゃ〜ん、一応って何よ一応って」

 いや、だってアンタ虎だしという言葉は胸の内にしまっておいた。横を見たら弓ねえと視線が合って……全く同時に頷き合ってしまった。金の姉よ、あんたもか。
 それはともかく無事2人を送り出して、ふうと空を見上げる。月が出ているのにどこか深い闇の色が空を覆い、何となく気を重くさせる。もっとも、俺の隣には闇なんて屁でもない黄金の姉上がいるんだけどな。負けてたまるか。

 さあ、ニンゲンとしての時間はここまで。
 今からは、『こちら側』の時間だ、と自分を切り替える。
 で、先程までほのぼの……とはいささか程遠い、けれどうちとしては割と日常的な戦争の場だった居間は、今や作戦会議場へと変貌していた。ちゃぶ台の回りに寄り集まったのは5人。うちサーヴァント3名、魔術師1名、魔術師見習い1名。何か俺が一番立場悪そうだ、これでも一応家主なのに。

「ええと、まず現在の状況を確認しましょう」

 口火を切ったのはやはりというか遠坂だった。俺たちをぐるりと見渡して、誰も異論を唱えないことを確認してから言葉を続ける。

「今ここにいるわたしとアーチャー、士郎とセイバープラス弓美さんの5人は現在同盟中。バーサーカーを倒すためにね」
「ええ。その他確認できたサーヴァントは、ランサーとバーサーカーの2騎。ランサーはマスターが不明ですが、バーサーカーのマスターはイリヤスフィール=フォン=アインツベルンと名乗りました」

 セイバーが挙げた名前の持ち主を思い出す。
 赤い必殺の槍を備える、青のサーヴァント。
 銀色の少女と、彼女が使役するあまりにも強力な黒い巨人。
 考えてみれば俺は、一晩のうちに2度も殺されたことになる。それも、別々のサーヴァントに。
 一度は遠坂がいなければ、一度はセイバーと契約していなければ、俺は確実に死に至っていた。
 そうして……俺は姉を巻き込んで、戦争の当事者となったんだ。

「それと、柳洞寺に濃密な魔力を感じる。恐らくはキャスターあたりが自陣としておろう」
「……え?」

 ちらりとそちらを見た瞬間、当の金色の姉上がそんなことを言い出した。うん、きっと俺の顔色は青くなっていると思う。自分自身の意識を、どこか醒めた別の自分が見つめている。何だか奇妙な感覚。
 柳洞寺……つまり一成の実家。前に弓ねえと一緒に訪れた時、姉はその土地を一種の結界が覆っていると言っていた。それは多分、聖なる領域である寺の境内を守護するモノではないかという推測だったけれど……本当はどうだったのか、確認する術はない。
 その結界の中をキャスターが自分の陣地としているのならば、一成やその兄である零観さんは一体どうなっているのだろうか。いや、彼らがマスターであるという可能性もあるのだけれど。

「ちょ、それじゃ一成たちを、人質にっ……!」
「士郎、落ち着きなさい。まだ向こうは表立って動いてはいないわ。こちらからあからさまに刺激すれば逆効果よ」

 思わず立ち上がりかけたところを、遠坂の手で軽く押し戻された。その手が微かに震えているのが分かって、急に俺の頭が冷える。そうだ、まだ一成たちは少なくとも表向き、何もされてない。こっちが下手に相手を刺激したら、その時に何かされる可能性があるのだから……対策は、しっかりと相手を見極めてからでなくちゃいけないんだ。
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