Fate/gold knight 10.くろいそら
「……ごめん、遠坂」
「士郎の気持ちは分かるがな。ともかく話を戻せ、凛」

 座り直した俺の頭を、弓ねえの手が撫でる。彼女の弟になってから何度もあることだけど、そう言えば最近は無かったかな。ああ、でも弓ねえの手、落ち着くなあ。

「衛宮くん、顔がほころんでるわよ。ほんとに弓美さんのこと好きなのねえ」

 なあ遠坂、そこで何でそうなるんだよ。アーチャー、呆れて肩をすくめるな。お前にやられると何か腹立つ。
 おっと、今はそんなこと話してる場合じゃなかった。反省反省。

「まあ、話を戻すわね。そうなるとデフォルトのクラスが召喚されていたとして、後はライダーとアサシンが影も形も見せてないわけか」

 セイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、キャスター、ライダー、アサシン。遠坂の聖杯戦争講座に出てきた、普通召喚されるサーヴァントのクラスを頭の中に並べる。まだ痕跡を見せていない、もしくは見せているのだけれどこちらが気づかない相手は、騎乗兵と暗殺者ということになる。あれ、でも。

「アサシンが影や形見せたら元も子もないだろ、遠坂」
「それもそうね……いやそうじゃなくって」

 あ、ノリツッコミ入れられた。だけど、暗殺者っていうのはそういうものなんだよな。……親父の警報結界、役に立つのかなあ。立ってください、お願いします。
 と、遠坂はまだ話の続きがあるらしく、メンバーをぐるりと見回した。それから視線を向けたのは俺と、アーチャー。はて、何だろう?

「まあ、それはともかく。で、帰り道に話してた学校に展開している結界なんだけど……士郎、アーチャー、あれどう思う?」

 それか。確かにセイバーと弓ねえは現物を確認した訳じゃないから、聞かれても困るだろうな。だけど、漠然とどう思うか聞かれても困る。遠坂が何を聞きたいのか分からないからな。ともかく、思ったことを口にするしかないか。

「どうって……何となくだけどキャスターが張ったとは思いにくいかな、くらいで」
「同感だ」

 あれ、こんなところまでアーチャーと意見が一致するんだ。まあいいや、俺の考えが間違ってなさそうだって分かったし。大体、あんな分かりやすい結界を魔術に長けてるらしいキャスターのサーヴァントが構築するとは思えないよな。

「そういうことね。士郎、ここ最近新都で起きてるガス漏れ事故、知ってるでしょ?」

 で、俺たちの答えに対して遠坂はいきなりそんなことを言って来た。知ってるも何も、ここんとこ朝のニュースでいつもやってるじゃないか。

「ああ。大勢意識不明になってるあれ……まさか、あれは」
「ええ。調べた限り、あの事故の犠牲者は皆生命力を抜き取られている。ガス漏れってのは実のところ、綺礼が手を回してくれた結果なのよ」

 深刻な顔で頷く遠坂。そう言えばニュースでも、本当にガス漏れが原因なのか断定されていないって言ってたことがあったな。つまり、真実は。

「ふむ。つまり魔術を弄するより手のないキャスターめが、己の能力を最大限に発揮するために冬木の市民からこそこそ生命力をくすねて柳洞寺に溜め込んでおる、と」

 現地を確認してきたらしい弓ねえが、細い眉をひそめて不機嫌な声を上げる。弓ねえ、一成や零観さんとも仲良いし、親父の墓があの寺にあるからな。敵の領土にされているってのは気に食わないんだろう。ま、確認ついでに攻め込まなかっただけマシだと思おうか。俺は攻め込んでしまいそうだから、あまり人のことは言えないけれど。

「敵意バリバリねえ、弓美さん」
「当然だ。そのような姑息かつ手間のかかる地味な手段、我は好かぬ」
「弓ねえらしいよ、その言い方」

 いや全く。この姉上は外見も存在感も派手派手だけど、行動も派手めなことが多い。俺が一緒だと一応気にしてくれるけれど、単独行動させるとどうなることやら。あのアカツキもそのせいでキンキラキンなんだしな。ああ、購入時に俺がついて行けばよかった、と後悔したのは記憶に新しい。おまけにいつの間にか改造しやがって、この馬鹿姉上。稼ぎで育てて貰ってる身としてはあんまり大口叩けないのがあれだな。
 だけどそれ以外にも、弓ねえは友人が聖杯戦争に巻き込まれることを懸念しているっていうのが分かる。だってそうじゃなきゃ、好まない手段取っている相手とはいえこれだけ敵意を表に出すってことはないんだから。

「まあ、それはあっちに置いといて。ともかく、そのこそこそ魔力を掠め取っているような用心深いキャスターが、あれだけ派手な結界展開する訳はないわね。ランサーも自分じゃないって言ってたけど……あれは信用できるかな」

 いきなり話がぽんぽん飛ぶにはどうかと思うぞ、遠坂。まあ寄り道させるこっちも悪いんだけど。でも、つまり遠坂は学校の結界をどうにかしたいのだということはよく分かった。展開した術者の特定ってことは、その術者をどうにかしたいということなんだから。

「それは心配ないだろう。アルスターの光の神子ともあろう男が、あのような英雄にあるまじき手段は取るまい」

 けれど、さらりとアーチャーが言い放った言葉に彼女はぎょっと顔色を変えた。俺も、その固有名詞には心当たりがある。親父の蔵書で見た記憶が、ぽんと頭の中に浮かび上がる。それと、あの夜の忘れられない戦闘が。

「アルスター……ってちょっとアーチャー、ランサーの正体って!?」

 遠坂が、冷や汗をかいているのが分かる。僅かに青ざめながらそう問い返した彼女に対し、アーチャーが口を開くより先に弓ねえが軽く身を乗り出してきた。

「ふむ。では補足しよう。ランサーがセイバーに使うた宝具の名はゲイボルグ。その名を持つ槍を操る英霊ならば、その正体はクランの猛犬に間違いなかろうよ」
「クーフーリン……!」

 ケルト神話の英雄。太く短い生涯を自ら選び取り、闇の国に赴いてルーン魔術と槍使いを学び、ゲッシュに縛られて命を落とした神の子。
 それが、あの青い男の正体だというのか。

「ええ。間違いありませんね……正直、わたしでもあの槍の呪詛をよく避け得たものです」

 セイバーが頷く。確かに、彼ならばランサーのサーヴァントにふさわしいだろう。
 改めて、目の前にいる3人のサーヴァントをゆっくりと見回した。
 青い衣装と銀の鎧、見えない剣を操る最強の騎士、セイバー。
 赤い外套に黒の軽装鎧、黒と白の双剣を操るアーチャー。
 前回からの生存者であり、銀の剣をもって敵と戦うアーチャー……弓ねえ。

「……じゃあセイバーもアーチャーも……弓ねえもそう、なのか」

 半ば放心したように、そう呟いた。俺の声に3人共反応してくれたけれど、小さく頷いてくれたのはセイバーだけ。

「……ええ、まあ」
「まあ、な」
「我に聞くな」

 アーチャーはプイとそっぽを向き、弓ねえはむすっとした顔で文句を言う。ああごめん、アーチャーの方はよく知らないけど、弓ねえはまだ思い出していないんだもんな。
 ごめん。一緒に取り返そうな、姉貴。
 ふと遠坂に視線を戻す。また話を横道にそらして悪かった、と手を合わせたら、小さく溜息をついてしょうがないわね、と笑ってくれた。うん、ほんとうにごめんな。

「話を戻すわね。そうするとランサーでもない。セイバーとアーチャーは最初から論外、バーサーカーというかイリヤスフィールとも考えにくい」
「そうだな。あの小娘は己がサーヴァントの力を絶対視しているようだ。防音や人払いならばともかく、余計な結界など張る必要もなかろう」
「アサシンも違うだろう。暗殺者が敵対する魔術師に速攻でばれるような真似をやらかすとは思えん」

 遠坂に同意する弓ねえ、そして推測による補足を加えるアーチャー。あれ、キャスターランサーセイバーアーチャーバーサーカーアサシンが却下、そうすると。

「……消去法でライダー?」
「しかいませんね。キャスター・ランサーもしくはアサシンのマスター、という可能性は残っていますが」
「それはないな。あれは、多分宝具の類いだ。人には構築できない」

 セイバーの指摘は俺が却下する。結界の基点を探索していくうちに分かったことだけど、あれは人が造り得るものではなかった。つまり、あくまで人間であるところのマスターでは不可能。作り出せるのは、英霊たるサーヴァントでしかないだろう。
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