Fate/gold knight 10.くろいそら
「そうなの? アーチャー」
「ああ。衛宮士郎の指摘は間違ってはいないだろう。あれはサーヴァントが構築したものだ」

 俺と同じく実物を確認しているアーチャーが頷いてくれる。あれ、何で遠坂は分からなかったんだろう? 俺とアーチャーは確かに、解析は得意みたいだけど。

「なるほど。つまり、ライダーのマスターが教師もしくは生徒、いずれにせよ学校の関係者ということになりそうですね」

 それぞれの事実や推測を繋ぎ合わせ、セイバーが考えをまとめる。外部の人間という可能性も残ってはいるけれど、学校をエリアにしてるんなら関係者だと考える方が自然だ。そうなると、穂群原学園には俺と遠坂以外に最低1人……もしかしたらそれ以外にもマスターがいるかもしれないってことになる。
 もし、間違って学校が戦場にでもなったりしたら、関係の無い一成や慎二や桜、藤ねえや美綴までもが巻き込まれてしまう。それだけは避けなくてはならない。俺や弓ねえのような被害者を、これ以上出してはいけない。学校を、あの日のような赤い地獄にしてしまってはならない。
 ――切嗣に、哀しい笑顔をさせたくない。

「まあ、どっちみちそのマスターにはわたしたちが結界の基点潰しをやったことはばれてるでしょうね。明日にも動いてくるかもしれないわよ」

 遠坂の言葉に、現実に引き戻された。いかんいかん、今は遠い昔のことを思い出している場合じゃないんだ。しっかりしないと。

「動くって……攻撃してくるとか?」
「その前に、穏便に接触してくる可能性もある。凛が衛宮士郎と手を組んだように、自分への協力を持ちかけてくるかもしれないな」

 アーチャーの意見ももっともだ。俺たちと遠坂たちは、少なくともバーサーカーを倒すために手を組んでいる。その前に他のマスターやサーヴァントが攻めてくるなら、当然協力して対処することになるだろう。でも、同じことを考えている奴がいないとは限らない。最終的な勝者が誰であるにせよ、それまでの過程で協力し合うことはお互いにとってマイナスではないはずだ。そうしてそれは、手を組む相手が多いほどきっと効果的だろう。甘い考えかもしれないけれど。

「……争わないに越したことはないよな。話は聞いてみたい」

 だからそう答えたら、全員から白い目で見られた。なんでさ。

「あのね。士郎と違って、向こうは霊体化したサーヴァントを連れてる可能性が高いわ。無闇な接触したら、あんた死ぬわよ」

 びしす、と人差し指を立てるのは遠坂の癖みたいだな。そうして指摘する言葉は的確で。

「かもしれない。でも、即死ならともかく時間がほんの少しあれば、セイバーは呼べるんだろ?」

 だからそう答えて、左手の甲にそっと触れた。ネットと絆創膏を外したそこにあるのは、3画の令呪。セイバーのマスターの証であり、強制的に命令を実行させることができるしるし。ピンチの時はコレで自分を呼べ、とセイバーはそう言っていたから……

「即死攻撃だったらどうするのだ? 首を刎ねられたり、心臓を破壊されたり。サーヴァントがそれができる相手であることは百も承知であろう」

 ……はい済みません姉上、仰せの通りです。俺、それで1回心臓壊されて死んでるんだから気をつけなくちゃいけないのに。

「ごめん。ちゃんと警戒するよ」
「シロウは口も達者ではないのですから、重々注意してくださいね。私はあなたの剣ですが、いつもそばにいられる訳ではない」
「……はい」

 サーヴァントに説教されるマスター。あー情けない。
 遠坂みたいにちゃんと魔術を使えれば。
 セイバーみたいに強ければ。
 弓ねえみたいに素早ければ。

 ああ、ないないづくしだ。
 俺って、本当に情けない。


 不意に、電話が鳴った。時計を見ると既に10時半……ああ、結構話し込んでいたなあ。だけど、こんな時間に誰だろう?

「あ、いい遠坂。俺が出る」
「そう?」

 受話器に手を伸ばしかけた遠坂を押し止めて、自分で取り上げる。さすがに夜も遅いし、今頃衛宮の家に遠坂がいるなんて電話の向こうにばれるのは気まずい。藤ねえや桜は……ウソの事情を知っているからいいとして、一成あたりだったら大噴火しかねないし。

「はい、衛宮です」
『もしもし、士郎?』

 あ。
 よかった、事情知ってる相手だ。

「あ、藤ねえ?」
『うん。ねえ、今そこに遠坂さんいるかしら?』
「いるけど何だよ。こんな夜遅く」

 しかも遠坂狙い? 一体何の用事だ。

『……士郎でもいいや。あのね、美綴さんがまだ家に帰ってないらしいの。士郎、知らない?』
「美綴が?」

 もう1人の姉の言葉に、一瞬ぽかんとした。
 あいつ、寄り道なんてしそうな性格じゃないぞ。それに、今日は部活動がなかったんだから――こんな時間まで帰っていないのは、おかしい。
 おかしい。
 オカシイ。

「え、何士郎、綾子がどうしたの?」
「綾子?」

 遠坂と弓ねえが顔を覗き込ませる。その後ろから、セイバーとアーチャーもこちらを伺っている。

「……美綴が、まだ家に帰ってない」

 俺は努めて感情が表に出ないように、機械的に藤ねえの言葉を繰り返していた。

 夜の闇が、一段と深くなったように思えた。
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