Fate/gold knight 11.あかいかがみ
「たわけが。そなたが探しに行ったところで、どうなるものでもないわ」
まだ帰宅していない美綴を探しに行きたい、と提案した俺を弓ねえはそう一喝した。セイバー、アーチャー、遠坂も一様にうんうんと頷いている。4対1の多数決で俺の意見は却下、となってしまった。
まあ、姉貴の言いたいことも分かる。俺たちは今聖杯戦争の真っ最中であり、戦争の当事者たる魔術師の行動時間は夜、と相場が決まっている。つまり、例え友人がいないからといってのこのこ出て行くというのは、『敵』である魔術師たちに俺たちを攻撃させる隙を見せてしまうことになるわけだ。下手を打ったら、一緒にその友人本人や彼女を捜している知人までを巻き込んでしまう。
それは分かっているのだけれど。
「分かっているなら、おとなしくしなさい。今の士郎が出て行って、もし敵のマスターかサーヴァントに見つかったら一撃でおしまいよ。セイバーが対応できるかどうかも危ういわ」
そう遠坂に切って捨てられては、俺も口を閉じざるを得ない。
そうして俺は、正義の味方から遠ざかる。
女の子に説教されて、女の子に守られる。
情けない。
「……まったく。まことに大たわけじゃの、我が弟は」
ぽふ、と頭を撫でられた。手の主は、軽く背伸びをしている我が姉上。そのまま頑張って俺の頭をなで続ける弓ねえに、俺はどう反応していいか分からなくてぽかんと立ちすくんでしまっている。だってさ、ほら、アーチャーも俺とたぶん同じ顔してこっちを見てるし。遠坂、口開けっぱなしはどうかと思うぞ。
「あのな。男がどうの、とかまた考えておったのであろう? 我はそなたの姉で、そなたより強い。故にそなたを守る。セイバーも然り」
くしゃくしゃくしゃ、なでなでなで。
まるで犬を撫でるみたいに俺の頭を走り回る弓ねえの手の感触が、なんだか心地いい。ってああ、そうじゃなくって。
「それはそうだけど……親父が言ったんだから。男の子は女の子を守るもんなんだって」
「姉は弟を守るものだ。それが我の持論だが、文句でもつける気か?」
「…………いや」
えっへん、と胸を張った姉上に、文句をつける気は毛頭ない。俺は衛宮士郎になってから10年、この姉上のおかげでちゃんと生きてこられたようなものなんだから。そりゃあ料理できないし、妙なコレクション癖はあるし、やたら傲慢だけど、でも俺のことは守ってくれたから。
だけど。
だからこそ、姉上より身長も伸びて、料理もうまくなって、弓道だって……そりゃかじったくらいだけどできるようになった今は、俺が姉貴を守りたいのに。
「わたしはシロウのサーヴァントです。サーヴァントはマスターを護り、聖杯戦争に勝つことが使命。ですから、お気になさらず……無理でしょうけど、ふう」
考え込んでしまっていたら、セイバーにまでそんなことを言われてしまった。最後の溜息にやたらと実感がこもっているのが分かるあたり、何だかなあ。
「少なくとも、藤村組の人たちは動いてくれてるんでしょ? だったら、士郎はおとなしくここで連絡を待ってなさい。家主のあんたが落ち着いてくれないと、わたしたちも落ち着けないのよ」
遠坂が、俺の顔を覗き込むようにしてそう話しかけてきた。藤ねえからもらった電話の中で、彼女は藤村組の若い衆使って夜回りしてみるから士郎は家にいなさいって言っていた。それもあっての言葉なのだろう。
「……分かった」
ここは、折れるしかない。分かってる。俺が出て行っても、何もできないんだから。それどころか、足手まといになる可能性が高いんだから。
セイバーに、遠坂に、アーチャーに……そして、何よりも弓ねえに負担をかけたくないから。
だから、待つしかない。
「……」
ええと、だからアーチャー。何でいちいち俺を見るんだよ。今度はそんな、何かあり得ないものを見るような目で。
そんなに俺は、お前から見ておかしいのか?
で、結局。
俺は1人、のんびりと湯船に浸かっている。ちなみに終い湯。ちくしょうこれが家主に対する仕打ちか? ま、追い炊きはできてたのでいいことにしようか。
「……ぷは」
ざぶりと勢いよく顔を洗い、前髪を掻き上げつつ天井を見上げる。湯煙にかすんだ光が俺の目に届いて、少しまぶしい。
「……いつもの修行、やらなくちゃな」
そう呟いてしまってから思い出す。切嗣に魔術を教えてもらうようになってからほとんど欠かしたことのなかった、魔術の修行。ここ2、3日はいろいろあって忙しくて、やっていなかった。ああ駄目だ駄目だ、こんなだからいつまでたっても俺は。
「士郎」
扉の向こう側から声をかけてきたのは弓ねえだな。姉上、今でも俺が風呂入ってるのに平気で来るんだもんなあ。さすがに扉を開けられたことはないはず……なんだけど。
あ、別にタオルや着替えを持ってきてくれる訳じゃない。さすがに下着を持ってこられても、弓ねえは平気なんだろうけど俺が困るからな、単に話をしたいときに、こちらの都合も考えずにほいほいとやってくるだけのことだ。
「何? 弓ねえ」
外に向かって返事。ちゃんと聞こえたのか返さないと、この姉上はとてつもなくうるさいのだ。自分が無視されるのがいやなんだろうか? ……実は、結構寂しがりやだったりするのかもしれない。
「そなたは気負いすぎておる。少しは落ち着けへっぽこ魔術師見習い、そなたごときがふらふら出て行っても事態は変わらぬわ」
「ぐっ」
うわー、こっちの気も知らずにずばずば言ってきやがったよ。つーか『ごとき』ってか、分かっていてもへこむぞ。姉上。
「というかだな。たかだか学生が1人しゃしゃり出たところで何ができようぞ。そんなのはドラマの中だけだ」
「……ん、そだな」
諭すような弓ねえの声。湯船の縁にもたれながら、俺はそれを聞く。
金色の姉は、何だかんだ言っても俺のことを心配してくれていたらしい。言い方はあれだけど、さすがにへこむけど俺には分かる。だから……そこで納得することにした。美綴のことは、藤ねえと藤村組のみんなに任せておくことにしよう。俺は、自分ができることをきちんとやらなくちゃ。
「……藤ねえから連絡は?」
「ないな。まあ、数日中には見つかろう……我らは我らの為すべきことを為せば良い」
「そっか」
うん。やっぱり、俺には何もできない。
だから、できることをしないといけない。
この次に、また何もできないと嘆かなくていいように。
「それじゃあ、風呂上がったら俺土蔵に入るから」
「鍛錬か? 承知した、気をつけるのだぞ」
「うん。……でさ弓ねえ」
「何じゃ?」
「……あんたが脱衣所にいっぱなしじゃあ、俺風呂から出られません。というか姉上、俺の裸見るのが目的?」
「〜〜〜!! し、失礼をしたっ!」
ちょっとちゃかすような発言が功を奏したようだ。がたんと立ち上がる音に続きばたんと扉を閉める音。そうして、どたどたと廊下を駆け抜ける足音が遠ざかっていく。確かに、ここに引き取られてすぐは一緒に風呂に入った仲だけど、さすがに今は駄目だよな。俺はすっかり弓ねえより身体が大きくなって、一応これでも男だし。
あーあ。
そういううっかりなところが、やっぱり弓ねえだなあ。
「よし」
足音が聞こえなくなったのを確認し、勢いをつけて湯船から出る。風呂場を出ると、中途半端に畳まれたバスタオルが置いてあるのに気付いた。もしかして姉貴、これやってたのかな。
「普段は言ってもほったらかしのくせになあ……」
たぶん、タオルを畳むという理由付けをしてわざわざ入ってきたんだろう。俺と話をするために。ああもう、これだから弓ねえは。
で、せっかくなので弓ねえの触ったタオルで身体を拭きながら……ふと、視線が鏡に向いた。
「──」
瞬間、声が出そうになった。
今、この場にいるのは俺だけ。
だから、鏡の中にいるのは鏡に映った俺だけ。
風呂の中で、濡れた手で前髪を掻き上げた俺だけ。
「なん、で?」
髪の色も肌の色も目の色も違うけれど。
ずっと幼い顔立ちだけれど。
「アー、チャー?」
あいつと同じ姿をした、俺。
土蔵の床に敷かれた、ブルーシートの上に座す。目を閉じ、呼吸をゆっくりと整える。
遠坂のおかげで、既に魔術回路は準備されている。以前のようにいちいち作り出し、埋め込む必要はない。既に作り付けられ、埋め込まれている回路を、スイッチを入れて起動させるだけ。
「同調、開始」
スイッチ……撃鉄ががちりと音を立てる。人によってその形は違うのだと、遠坂はそう言っていた。電気回路が電力を巡らせ、その力を発揮させるように俺自身の魔術回路を魔力で満たす。解析と、強化と、あと一つだけしか能のない、俺の魔術回路。
今日は何をしようか、と考えて、シートの上に転がっている鉄パイプに視線が止まった。ああ、そうだ。これを強化してみよう。
「基本骨子、解明。構成材質、解明」
スムーズに進む。最初の段階で自分の身体に負荷をかけていたからなのか、それともセイバーとの契約がここにまで影響しているのか。それは分からないけれど、ともかく今までに比べて格段に楽なのは確かだ。
「構成材質、補強」
ほら、硬い鉄パイプにもこんなに隙間がある。その中に俺の魔力を少しずつ流し込み、そうして補強していく。しっかりと、確実に隙間を埋めていった鉄パイプは、それまでにもまして硬くなり、強くなり、強化前とは似て非なる別の何かに変じる。
「――――全工程、完了」
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