Fate/gold knight 11.あかいかがみ
 魔力をあふれさせることもなく、暴走させることもなく、強化は成功した。パイプをぶんと振り回し、調子を見てみる……うん、上出来。これなら、ランサーの一撃くらいは弾けそうだ。

「……いや、無理だな」

 確かに普通の一撃ならば避けられるだろう。だけど、セイバーが渾身の力を持ってしても急所を外すことしかできなかったあの大技……あれを繰り出されたならば、俺ごときでは避け得ない。串刺しにされて、今度こそ俺は死体となる。ゲームでもないのに蘇生なんてほいほいできるわけがないんだから。

「やっぱり……セイバーたちの手を煩わせてしまうんだな。俺は」
「それが分かれば上出来だ。衛宮士郎」

 こらアーチャー、いきなり声をかけてくるんじゃねえ。びっくりして鉄パイプ構えかけただろうが。……ん、でもこいつ『アーチャー』だから、俺を殺す気なら遠距離から射てくるか?

「いつから聞いてた?」
「聞いていた、というよりは見ていた、だな。おまえが土蔵に入るところからだ」
「最初からじゃねえか、それじゃ。それに見張りはいいのか?」
「今夜は一般人が大勢動いているからな。敵もあまり目立つ行動はしてこないだろうよ」

 自分が入ってきた扉の向こうを眺めつつのアーチャーの台詞に、何となく納得してしまった。そうか、今は美綴探しで藤村組のみんなが出回ってるんだ。一般人に自分の存在を知られたくないだろう魔術師が、この状況でほいほい動くとは思えない。うっかり戦闘にでもなってしまえば、派手に人の目を引くことは間違いないんだから。
 それにしてもこいつ、さっきから土蔵の中視線だけで見回して何やってんだよ。何か捜し物か? 
 ……いや、初めて入った場所にそれはないかな。

「それより、何しにきたんだよ。別に俺殺しに来たわけでもなさそうだし」
「そんなに私が好戦的に見えるか? 心外だな」

 あ、口とがらせてすねてる。何だ、サーヴァントが英雄だっていっても人間と何も変わらないよな。少なくとも、藤ねえみたいな何も知らない人が見ればほんとに普通の人だと思うだろうし。

「いや、そんなつもりじゃない。気分害したな、悪かった。ごめん」

 だから、普通の人に謝るのと同じように謝ったら、驚かれた。声は出さなかったけれど目を大きく見開いて、ぽかんとした表情で俺を見つめている。
 ……脱衣所の鏡で見た自分の姿が、そこに重なった。鏡の中のように赤い髪でも、黄色い肌でもないけれど。

「……い、いや、分かっているのならばそれでいい」

 いや、これは鏡の中の自分じゃない。その証拠にほら、また横を向いた。俺はじっとやつを見ているのにな。
 そうして、アーチャーは俺と視線を合わせないようにしながらふとかがみ込んだ。再び立ち上がったその手には、ぐしゃりとつぶれた形の目覚まし時計が掴まれている。

「衛宮士郎。これを凛に見せてみろ」
「え?」

 それは、俺が投影したもの。修理中だったホンモノを見て、試しにできるかどうかやってみた結果。
 結果は失敗。俺の魔力を使ってできあがったそれには、中身がなかった。外側だけの……それもひしゃげた形の、失敗作。

「いや、そんな失敗作見せても……」
「お前にとってはただの失敗作だろうな。おそらくは弓美もこれの特異性に気付いてはいないだろう」

 ──え?
 今、アーチャーは何て言った?

「……だが、凛ならば分かる。これがいかに異常か、お前の本質は何なのか」

 特異。
 異常。

「いくらへっぽこ魔術師見習いといえど、1つや2つの長所はあるものだ。どうせできることなどたかがしれているのだから、それだけを伸ばせばいい」
「……アーチャー」

 かすれた声で相手の名を呼ぶ。いや、名前じゃなくてクラス名だけど、俺はそれしかこいつの呼び方を知らないから。

「何だ?」

 さすがに今度は、やつも視線をこちらに向けてくれた。俺とあいつ、互いに相手をにらみつけるように見ている。相性がいいのか悪いのか。

「俺は、異常なのか?」

 けれど、少なくとも俺のことを分かってはいるみたいだから、思い切ってそう尋ねてみた。姉たちはきっと、士郎はそのままでいいという結論に達してしまうだろうから。特に、金の姉は。

「異常だな」

 うん、きっぱりと答えてくれた。やはりこいつは、俺のことをどうしてかは知らないけれどよく分かってくれている。この家の中に男が俺たち2人だけだから、というのは理由になるのだろうか。

「お前は自分自身というものが分かっていない。お前自身だけでなく、周囲の誰もが衛宮士郎という人間を理解し切れていない。故に、お前は己の道が間違っていたとしてもそれを知るすべを持たない」
「……そうなのか」

 確かに、こいつの言う通りかもしれない。
 俺は俺自身がよく分かっていない、それはきっと本当のことだ。
 大火災前の、衛宮ではなかった士郎の記憶は10年の間にすっかり薄れ、本当の両親の顔や元の自宅がどこにあったのかももう思い出せなくなっている。
 自分の大本が消えてしまっているのに、それで自身を分かろうなんて無理なことだろう。
 周囲のみんなも俺のことを理解し切れていない、それもきっと本当のことだ。
 そもそも藤ねえや慎二や桜、一成たちは俺が魔術師として修行していることを知らない。
 弓ねえはサーヴァントで、人間である俺のことは今でもよく分かってない部分があると思う。
 遠坂もセイバーも、それぞれ知らない俺があると思う。

 でも、じゃあ何でお前は。

「だから、せめて魔術の範囲内だけでも凛に導いてもらうがいい。彼女は天才で、お前のような凡人とは思考回路が違う。いくらかの鍵を見せてやれば、そこから道を見いだすことはできるはずだ」

 そこまで、俺や遠坂のことを分かっているんだろう?


 ともかく、アーチャーに言われたとおりにしようと思い、ひしゃげた目覚まし時計を手に持ったまま母屋へと戻った。戻ったのだが、さすがにこの時間女性陣はもう寝付いているらしく、居間には誰もいない。

「……明日の朝でもいいか」

 そっとテーブルの上に時計を置く。中身のない、まともな形をしていない時計。強化の鍛錬をしている合間に作り出しただけの、ただの失敗作。
 これが異常なのだと、俺の本質なのだとアーチャーはそう言った。

「歪んでいて、空っぽ?」

 物事をそのまま見るのは良くないのだと思うけれど、そう口に出してみて何だか妙に納得できるような気がした。
 理由は分からない。
 だけど俺は歪んでいて、中身がない人間なのだと──気がつかされた。

「だから、何でそこまで分かるんだよ。あいつ」

 それも口に出してみて、今一度気付かされる。
 俺のことを、下手すると俺以上に理解している、いつか英雄だった男。
 色は全く違うのに、どこか俺と同じ姿をしている男。

「……いや、いくら何でも俺じゃないし」

 妙ちきりんな推測をわき出させた頭を、自分でこつんと軽く殴って押さえる。だって、俺みたいなへっぽこで未熟者が、英雄になるなんてあり得ないからな。
 さあ、今日は寝ることにしよう。美綴の捜索は藤村組のみんな、任せたぞ。何かいい歳こいて爺さんが先頭に立っている図が幻視できたけどな。

「…………明日は、遠坂に時計を見てもらって、それから……ああ、推定ライダーのマスターに気をつけないと」

 注意すべきことを頭の中で整理して、俺は自分の部屋に向かった。何か別のことを考えていないと、今にも飛び出していきそうだったから。
 そんなことで、金色の姉に迷惑はかけたくなかったから。


 そうして、朝。
 正直、まともに眠れたかというと自信がない。
 うつらうつらとしてははっと目が覚める、その繰り返しだった。
 よほど俺は、行方不明になった友人のことが気になっていたらしい。

「……ああ、朝食作らないとな……」

 のそりと起き上がる。枕元に置いてある時計を見ると、午前6時。まだ桜も家には来ていないようだし、今日は俺が頑張って腕を振るおう……と思ったのだけれど、あれ?

「何か、いいにおいが……」

 どう考えても朝食のにおいです、本当にありがとうございました。

「じゃなくって!」

 慌てて服を着替え、台所に飛び込む。その俺の視界に入ったのは……

「ふむ。やっと起きてきたか、衛宮士郎」

 昨夜に続いて俺のエプロンを装着した、白髪に浅黒い肌の男。いつ桜や藤ねえが来襲してもいいように、下はちゃんと普通の私服である。この野郎。

「……って、お前朝食の準備してたのか?」
「戦闘準備しているように見えるか?」
「見えない」
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