Fate/gold knight 11.あかいかがみ
 うん。
 炊飯器からは白飯のいいにおいが漂ってきてるし、コンロの上には鍋がいくつか。1つは味噌汁、1つは……あ、もしかして昨夜の春巻き揚げたか?

「分かっているのならば少しは手伝え。──藤村組から連絡は入っていない、おそらく見つかっていないのだろう」

 そう言い置いて、コンロの前に戻るアーチャー。そうか、まだ美綴は見つかってないんだな、と思いつつ、俺もエプロンを着けようとして、困った。

「アーチャー、それ俺のエプロンなんだが」
「さすがに弓美のものを着けるわけにはいかんだろう」

 ごもっともです。というか俺が許さん。どこの馬の骨とも分からない男に弓ねえのエプロンなぞ着けさせてたまるか。遠坂はいいんだよ、女の子だから。
 というわけで、予備のエプロンを取り出しつつぐるりと見回す。ええと、あの緑はほうれん草に間違いない。別の鍋には卵がいくつか、でもあれはゆで卵というわけでもなさそうだ。それと、何かが焼けているにおいが漂ってくる。これは……ははーん。

「メニューの予定は……大根とワカメの味噌汁、昨日の春巻きの残りを揚げたものに焼き鮭、ほうれん草のおひたしと温泉卵?」
「正解だ。鮭を任せたい……とは言っても、焼け具合の確認くらいだがな」
「了解。他はできてるみたいだしな。後は味噌汁をよそうくらいか?」
「ああ。私はテーブルの準備をしてくる」

 状況と各自の任務を確認すると、アーチャーは台ふきを手に居間に戻っていった。その後ろ姿を何とはなしに見送ってから、慌てて視線をグリルに戻す。覗き込んでみたら、ちょうどいい具合に鮭が焼けていた。あいつめ、タイミングばっちりじゃないか。調理台の上にも、食器軍団が完璧なセレクトで並べられているし。

「昨日、遠坂手伝ったときに覚えたのかな?」

 首をひねりつつも、ともかく焼けた鮭を取りだして並べることに専念する。終わったらシンクに出して、水で濡らしておく。後で重曹を振りかけておこう。次は味噌汁を注いで……

 トゥルルルルル!

「衛宮士郎」
「ああ。アーチャー、悪いけど後頼む」

 こちらからアーチャー悪いけど、と声をかける前に向こうから名を呼ばれてしまった。何でこう、お互いに相手の言いたいことが分かるんだろうなあ。ともかく俺は厨房をやつに任せ、電話に駆け寄って受話器を取り上げる。

「はい、衛宮です」
『あー士郎? おはよー!』

 ……あまりの大ボリュームに、一瞬受話器から耳を離してしまった。全く、朝からハイテンションなんだからなあ藤ねえは。というか、まさか昨夜から徹夜だったりするか?

「藤ねえか。もしかして寝てないんじゃないのか? 大丈夫か?」
『んー、ちゃんと寝たよ? 2時間』

 ……それはちゃんと寝た、と言うのか? まあいい、本人が大丈夫だと判断してるんなら大丈夫だろう。そうでなければ周囲の若い衆が絶対止めてるはずだし。いや止まるかどうか分からないけど。

「そりゃまあ……で、美綴は?」
『うん、今見つかったよ。何かしんどいみたいだったから、救急車呼んだけど』

 そうか、見つかったんだ。良かった。

『っていうかね、桜ちゃんが見つけてくれたの。士郎んちに行く途中で』
「え、桜が?」

 桜、の名前を出したとたん、視界の端であからさまにアーチャーが動揺しているのが分かった。何だお前、桜のことも気になっていたのか? この野郎、お前遠坂のサーヴァントだろうが。俺の妹分に手を出したら怒るぞ。

『そう。でね、桜ちゃんとわたし病院まで付き添っていってるから、士郎にはごめんなさいって謝らなくちゃね』
「ああ、家に来られないってことな。気にするな、美綴のそばにいてやってくれ」

 そういうことなら、桜がまだ家に来ていないのも納得だ。桜は優しい子だから、自分の先輩が入院するような状態で目の前に現れたら居ても立ってもいられないんだろう。藤ねえも一緒なら心配はないし……あれでもちゃんと教師やれてるんだからな。一応。

『まあ、そういうわけだから。あ、一応情報規制しておいてよ? 美綴さん、昨夜は桜ちゃんちにお泊まりして怪我して入院、って感じで』

 ほらな。美綴のこともちゃんと考えてる。

「それじゃまるで桜が悪いみたいじゃないか……慎二かもしれないけど」
『昨夜一晩いなかったからねー。そのフォローの方が大事でしょ? 桜ちゃんにもOKは取ったし……悪いとは思うけどね』
「んー、了解。藤ねえも無理すんなよ?」
『分かってる分かってる。ついでだから点滴してもらうつもりー。それじゃあ』
「ああ、それじゃ」

 教師と生徒なんだか、姉と弟なんだか区別がつかないような会話を終えて受話器を戻す。はあ、と一つ溜息をついたところで、どうやら起きてきていたらしい遠坂と目が合った。いや、これは合ったっていうのか?

「〜〜〜な〜に〜よ〜……」

 怪獣がいる。
 怪獣というか怪人というか何というか、とんでもないようなものがいる。

「凛。牛乳はこちらだ、飲むがいい」
「……はぁ〜い……」

 アーチャーに名を呼ばれて、ふらふらと厨房に入っていく遠坂。いや、昨日の朝見てるはずなんだけど、やっぱりインパクトがあるというか。弓ねえは目が覚めてしまえば意識の覚醒は早いから、ああなることはほとんどないんだよな。

「ぷはー。やっぱ朝はこれよねえ」
「凛、まるで親父だぞ」
「遠坂、まるでおっさんだぞ」

 コップ一杯の牛乳を一気飲みして満足げな遠坂に、アーチャーと俺から同時に同じ内容のツッコミが入る。いや、何でここまでと思わなくもないけれど、さすがに慣れてきた。相手の反応が読みやすいのは、結構助かる。

「……」

 言われた方の遠坂は、いぶかしげに眉をひそめて俺とアーチャーを見比べる。何度か互いの顔に視線を往復させてから、うーんと考え込むような表情になって、それから俺に顔を向けて一言。

「士郎。あんたの前世、アーチャーだったりしない?」
『なんでさ!?』
「それよ。反応似通いすぎなんだもの」

 全く同時に全く同じ言葉を放った俺たちにびしすと指先を突きつける遠坂。だから、何でそう俺らをにらみつけるんだよ。
 まあ、遠坂の指摘は的を射ている。確かに俺とアーチャーの反応は妙に似通っているし、遠坂は気付いていないのだろうけど容姿もどことなく似ているし。
 だからって、何で前世とかいう話になるのさ? その辺の論理飛躍がワカリマセン。天才は思考回路が違う、とは昨夜のアーチャーの台詞だけど、その通りなんだなあ。俺は凡人だから、遠坂の思考にはとてもついて行けない。あ、けなしてるんじゃないんだぞ?

「ええい、朝から何事じゃそなたら。五月蝿うて目が覚めたわ」

 と、そこへ遅れて来たヒロイン、こと我が姉上。今日は珍しく黒のトレーナーに同じ黒のジーパンだ。髪が鮮やかな金色だから、黒1色でもすごく映える。弓ねえ曰く、赤毛の俺も似合うぞだそうだけど。……そういうペアルックも、いいかもな。

「あ、弓ねえおはよう。起こしに行けなくてごめん」
「うむ、おはよう。気にするでないぞ」

 にこにこ笑いながら俺の頭を撫でるのはやめてください姉上。ほら、遠坂とアーチャーがにやにやしながらこっち見てやがりますぜ。ああこんちくしょうシスコンで悪かったな!

「おはよう、弓美。ああ、美綴綾子は間桐桜が発見したようだ。今彼女と藤村大河に付き添われて病院らしい」
「ほう、桜が? 見つかったのであれば良きかな」

 アーチャーの報告に、弓ねえも安心したように笑った。仲のいい相手が行方不明だったんだし、いくら豪放磊落な姉上とはいえ気にしていたんだろう。ともかく、良かった。

「そっか、綾子見つかったのね。よかった」

 遠坂もほっと一息ついている。遠坂と美綴、実は仲が良かったってのは知らなかったけれど、まあ考えてみれば納得がいく。あれだ、夕方の河原でガチンコ勝負した後相手の実力を認め合って握手とか、そういう感じ。何で二昔は前の青春ドラマのワンシーンになるのかがよく分からないけれど、そういう雰囲気なのだから仕方がない。
 その遠坂が、周囲をきょろきょろと見回している。俺も何となく見回してみて、ああと気がついた。今ここにいるのは俺、アーチャー、弓ねえ、遠坂。同盟を組んだのは計5名。つまり。

「あら、そういえばセイバーは?」
「まだ寝ておる。士郎、起こしてこよ」
「姉上が起こす気は毛頭ないんだな。はいはい了解」

 そういうことだ。俺がきちんと魔力を供給してやれない分、セイバーは消耗を抑えるためにあまり動き回れない。……にしても、今日は少し起きるの遅くないか、とまたも首をひねりつつ俺はセイバーの部屋に向かった。

「セイバー、起きてるか? そろそろ朝食の時間なんだけど」

 ノックしてみると、中から「はい」と返事が聞こえた。ああ良かった、起きてたんだなと頷いて、もう少し言葉を続ける。

「そうか。美綴は桜が見つけてくれたってさ。今藤ねえと一緒に病院行ってる」
「そうですか。それは良かったです」

 そう言いながら出てきてくれたセイバーは、モヘアのセーターにチェックのスカートだった。髪型は最初に会ったときからまるで変化していないけれど、これはこれで結構可愛いな、と思う。

「では、まずは安心して良いのですね」
「まあ、そうだろうな。何があったかは知らないけど……というか、男の俺が聞いてもたぶん教えてもらえない」

 そう答えた、これは実体験。藤ねえが顔色が悪くて、俺がどうしたのか聞いても全く教えてもらえないことが時々あった。少し後になってそれが女性特有の現象によるものだと分かったときには、どうしようかと思ったさ。現在では一応、素知らぬ顔して早く寝ろとか言うことにしてるけど。

「そういうものなのですか?」
「そういうもんなんだよ。セイバーだって、俺に知られたくない話とかあるだろ?」
「え……そ、それは、まあ」

 口ごもるなよ、セイバー。俺にだってさ、一応女の子に知られたくないこととかあるんだぞ? 押し入れの奥の秘蔵コレクションとか。……いやそうじゃなくって、まずは朝食だろう。

「まあそういうわけだから、早く朝ご飯食べよう」
「はい。大河や桜の分もいただけるとありがたいのですが」

 ──ほんとに大丈夫かなあ。いろいろと。
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