Fate/gold knight 12.しろのもほう
「それじゃあ、いただきます」
『いただきます』

 美綴も無事……とは言い切れないけれど見つかったことでみんな一安心したようで、いつもの通り、俺の一言から朝食が始まった。本日の食事当番にもここだけは譲らせない、というか何というか。どうも、親父が死んでから5年間ですっかり習慣として染みついてしまったらしい。今更直す気はないけどな。さて、まずは味噌汁を1口。

「……む」

 あー、やっぱり。きっちり出汁取ってるな、これ。
 アーチャーの腕を再確認してしまった。確実に俺よりうまいのは悔しいけれど認めよう。こんちくしょう、俺の立場がどんどん悪くなっていくじゃないか。

「ふむふむ……うむ、良い味だ。味噌汁のお代わりを所望する」
「はむはむふむふむ……はむはむはむはむ」

 弓ねえもセイバーも、幸せそうに頬張っている。セイバーなんか3人分だぞ、あれ。ええい赤いおさんどんめ、頑張って修行してお前よりうまくなってみせるからな。セイバーたちはともかく弓ねえ専属シェフの座は渡さない。

「ふむ。実に美味であった。士郎も修行して、この域にまで達して欲しいものだな」

 姉上が食後のお茶をすすりながら、満足げに言ってくる。当然だと少しむくれながら食器片付けに入る……やっぱりアーチャーと2人がかりでだけど。これがまたスムーズに進むんだよなあ。本気でこいつ、俺の前世だったりしたらどうしよう。

「……む?」

 ほぼ片付いたところで、弓ねえの奇妙な声。何だろう、と視線をやってみると、ひしゃげた時計を手にしている。ああそうだ、遠坂に見せろってアーチャーに言われてたんだっけ。食卓にはなかったから、多分アーチャーのやつ朝食の準備前に片付けてたんだな。

「士郎、これはどうした?」
「ああ、それか。……アーチャーがさ、遠坂に見せろって」
「そうなのか?」
「わたしが何よ……ん?」

 きょとんとして、俺と姉上のやりとりを見ていた遠坂の視線が、弓ねえの手にある時計に止まった。
 ……えーと、遠坂?
 何で急に顔が赤くなるんだ?
 こめかみに青筋立ててるんだ?

「………………な」

 あ。何か黒いオーラまとってる。これはあれだ、耳栓用意ー。
 アーチャーも同時に同じことをしているのはもう慣れた。視界の端でセイバーも見よう見まねで耳を塞いでる。

「何なのよそれは──────っ!!」

 ああ、弓ねえノックアウト。決まり手は遠坂の大音量。だから耳ぐらいふさげよ、今のは分かりやすかったぞ。


 それにしても。
 昨夜アーチャーに言われてはいたから、あれがおそらく普通の魔術師から見たら異常なものであるのだろうことは分かっていた。
 分かってはいたんだけど、何でこう、遠坂に殺気のこもりまくった視線を向けられなくちゃならないのかが分からない。
 そこまであれは、異常なモノなのだろうか?

「……衛宮くん。これは何?」

 何でこう、感情を抑え込んだ冷え切った声で尋ねられなくちゃならないのかも分からない。
 そこまで俺は、異常だということなのだろうか?

「何って……だいぶ前に、鍛錬中の気晴らしに投影してみたもんなんだけど。形はひしゃげてるし、中身もない出来損ないだよ」
「だいぶ前? 投影?」
「……凛、これは……」

 遠坂と並んで時計を覗き込んでいるセイバーも、眉間にしわを寄せている。弓ねえは不思議そうな顔をして、遠坂たちと俺とを見比べている。ああそうか、アーチャーの言葉は知らないんだよな、姉上。

「俺は、異常なんだってさ。その時計を見せれば遠坂が教えてくれるって……俺の本質とか、そういうものが分かるってアーチャーが言った」
「異常? ……異常なのか、そなたは」

 自分の弟が、人から言われたとはいえ自身を異常だと告げる。多分それがイヤなんだろうな……姉上はあからさまに不機嫌になった。うん、俺もあんまり気分はよろしくない。だけど、この問題をこのまま放置していたらきっと、取り返しの付かないことになりそうだったから俺ははっきり頷いてみせた。

「そうらしい。遠坂、そうなんだな?」
「ええ。異常も異常……ここでこれを見たのがわたしだってことに感謝しなさい、衛宮くん、弓美さん」

 うわ、遠坂の顔、本気で怖い。俺を見る目が敵対者を見るような目になってる上に、俺の呼び方が外でもないのに『衛宮くん』になってしまってる。それはつまり、俺がそれだけ異常だということの証だろう。

「シロウ」

 涼やかな声が、そんな遠坂の表情をゆるませた。発言者であるところのセイバーは、しばらく時計を見つめてから俺と視線を合わせる。

「これは、本当にあなたが作ったものですね?」
「おう。そんなしょうもない嘘をついたって仕方ないだろ」

 真剣な彼女の問いに、こちらも真剣に返答した。それにうなずき返してくれてから、セイバーは凛に視線を移す。

「凛。シロウとユミに、解説を」
「分かってるわ。手短にいくからね」

 遠坂の表情はまだこわばっているけれど、だいぶ落ち着いてきたみたいだ。よかった、俺がどう異常なのかはっきり言ってくれるのは、多分遠坂だけだろうから。

「まずは、これを投影だって言っちゃってるのが異常。普通の投影とは、その有り様から違うわ」

 いきなりずばりと言ってくれるのは遠坂の良いところだ。けれど、普通の投影って……これが普通じゃないのか?

「俺のこれ、普通じゃないのか? そりゃ形はひしゃげてしまってるし、中身もないけどさ」
「そうじゃなくって。これ、だいぶ前にって言ったわよね? 1週間か1ヶ月かはたまた1年かは知らないけど、魔術で作り出したものがちゃんとそれなりの素材の質感を持っていて、それだけ長持ちしてるってことが異常なの。普通はせいぜい外見だけの模倣、それも数分しか持続しないのよ」

 ……はあ。
 そういえば親父、俺がモノを投影してみせたら「効率が悪いから、士郎は強化を伸ばした方が良いよ」って言ってたっけ。そりゃ、数分しか持続しないんじゃ効率悪いよなあ。しかも外見だけって。

「そうじゃない。士郎のお父さんは、あんたの魔術の異常性に気付いて止めたんだと思う。……こんなの他の魔術師に見られてみなさい、あんた四六時中警戒してなきゃならなくなるから」

 自分で考えたことを口にしてみたら、遠坂に否定された。しかし、そんなに俺の投影は異常なのか。こんな外見しか模倣できない、空っぽの魔術が。

「だからね、例え空っぽとはいえ消滅しない、っていうのが問題なの。投影魔術で生み出されたモノはあくまで幻想だから、世界による修正を受ける。数分しか保たないっていうのはそういうことよ」

 中身のない時計を手のひらの上でぽんぽんと跳ねさせながら遠坂が言う。……あんな真剣な表情で言うんだから、本当のことなんだろう。それに、俺もそのくらいは独学でだけど知っている。世界は矛盾を許さないってことくらい。

「つまり、幻想だから本来は存在しないもの。だから、世界がそれを存在してはならないモノとして排除する、ってことか」
「そういうことね。……だのに」

 ぱし、といい音がした。しっかりと手の中に捕まえた時計もどきをぐいと俺の前に突き出し、彼女は怖い顔をして俺を睨み付ける。憎悪と、恐怖の入り交じった表情で。

「士郎の投影……あんたが投影って言うからわたしも同じ言葉を使わせて貰うけど。その投影魔術で作り出されたこの時計、いつ作ったのかは知らないけれど、数分どころじゃない期間消えてないでしょ。世界の修正を受けない、なんてあり得ない。あり得ないはずのものが、今ここにあるの」

 そう説明されて納得した。確かに、それはおかしい。
 元々この時計には見本があった。壊れた目覚まし時計の修理中に、それをサンプルにして投影したのが今ここにあるもの。つまり、中身のあるなしにかかわらずこれは元々1つしかないはずのものの2つめであり……本来はあるはずのないモノ。世界は矛盾を許さないから、あるはずのない二つめは速攻で消されるはず、と遠坂は言いたいんだろう。
 ──確かに、俺は異常だ。

「こんなの、投影なんて代物じゃない。物質創造って言ってしまえるかもしれないわ」

 遠坂の手が、時計をテーブルに置く。ことんと鳴った音は、本物の時計をそこに置いたときと同じ音だ。普通の投影魔術では、そこまでのものが作れない、ということなんだからな。
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