Fate/gold knight 12.しろのもほう
「わたしが普通の……士郎にとっては普通とは言い切れないか、ちょっとでもマッド入った魔術師なら、今ここで速攻あんたを拉致監禁するわね」

 唐突に、遠坂がそんなことを言った。なんでさ、と思ったけれど口は思うようには動いてくれず、間抜けな音を吐き出す。

「は?」
「そうして、実験体になってもらうわ。この異様な投影魔術を研究して、自分のモノにするためにね……洗脳するか、人質を取るか、それとも脳髄引きずり出してホルマリン漬けにするか。手段はともかく」

 今度は脳細胞までまともに動いてくれなくて、一瞬遠坂の言葉の意味が分からなかった。だから、身動きの一つも取れなかった。
 俺の代わりに動いたのは、2人の金髪の女の子で。

「凛!」
「凛、そなた……」

 ぽかんと突っ立ってる俺の前に、素早く弓ねえとセイバーが滑り込む。2色の金髪を視界に入れながら……やっと俺は、どうやら自分がとんでもないやつらしいという結論にたどり着いた。遠坂が、あんな風に言うなんて。
 で、さすがに武装はしてなかったものの殺気を漂わせている姉上とセイバーに対し、あかいあくまは両手を挙げて降参のポーズを取った。困ったような笑顔に、さっきまでの負の感情は見られない。

「ああ、安心して。わたし、そこまで人間辞めてないから。そんなこと考えてるのに、先に宣言すると思う?」
「……本当ですね?」
「本当よ。遠坂の家名とわたし自身に誓って嘘はつかない。そんなくだらないこと、絶対にしないわ」

 セイバーの言葉に、遠坂は即座に頷いてくれた。ああ、よかった。遠坂凛ってやつはほんとに良いやつだ。それだけは自信を持って言える。
 さっきの台詞は、俺に自分自身がどういう存在であるかを教え込むためだったんだから。
 ……もしかしたら親父も、それが分かっていたから投影を使うなと言ったのだろうか。誰かに──親父以外の魔術師に、俺の投影魔術を知られないように、と。
 ふと、遠坂がちらりと視線を動かした。その先にいたのは、弓ねえたちの動きに呼応して遠坂を守るためにその前に立ったアーチャー。

「だいたい、聖杯戦争の最中に余計なところまで気を回してられないし、セイバーと弓美さんを相手に正直勝てるなんて思ってないし。ね、アーチャー?」
「……不本意ながら、マスターの意見に同意せざるを得んな。衛宮士郎を屠ることは容易いが、その代わり自分の命も差し出さねばならんだろう」

 両手に作り出した双剣をすっと消し去り、露骨に不機嫌な顔をしてアーチャーは頷いた。一瞬俺に向けた眼に、とてつもない殺気がこめられていたのには気付かないふりをする。
 ──あれ?
 遠坂、俺の投影の異常には気付いたのに、アーチャーの双剣には気付かなかったのか?
 今目の前で見せられて分かったけど、あれは俺のと同じタイプの投影魔術じゃないか?

 ほんとにアーチャー。お前誰だ?

「……ところで凛。そろそろ出ないと遅刻だが、どうするかね?」

 どこか凍り付いたような空気を元に戻したのは、そのアーチャーの一言だった。慌てて時計を見ると、確かにその通り。うわー、さすがにちょっとやばいんじゃないか?と思ってたら、弓ねえが「行くが良い」と口を挟んでくれた。

「状況が状況であるしの。一応出向いた方が良いのではないか? 大河とて、授業を休むわけでもなかろう」
「そうだな。点滴受けるって言ってたから、病院から直行だと思う」

 電話の内容を思い出しながら弓ねえに答えつつ、弁当を持ってくる。俺と遠坂の分、弓ねえが家で食べる分は普通サイズ。セイバーだけ重箱入り。正月にしか使わないモノをどこから出してきた、この色黒ツンツンサーヴァント。

「それもそうね。藤村先生が出てきてくれれば、ある程度状況は把握できるでしょうし……綾子、大丈夫かしら」

 赤い弁当包みを受け取った遠坂が、ぼそっと呟いた。俺だって美綴の容態は心配だけど、桜がついていてくれてるはずだからきっと大丈夫だ。

「案ずるでない。桜がついておるのだろう?」

 そんな遠坂の肩を叩いて、弓ねえがふんわりと笑う。……うん、姉上の笑顔を見られると、俺は嬉しい。もういい、こうなったらシスコン街道驀進してやる、開き直った。

「そうだな。それじゃ行くか。セイバー、弓ねえ、家は頼んだ」

 本気で時間がやばそうだったので、そう声を掛ける。そうしたら一斉に俺の方を向いて……みんな、笑ってくれた。
 何だかほっとする。誰かの笑顔を見ていたいのは、きっと誰もが同じだろうから。

「はい。シロウ、凛、アーチャー。お気を付けて」

 ほんの少しだけ口元をゆるめてくれたセイバーに分かった、と頷く。

「くれぐれも気を緩めるでないぞ、士郎よ」
「分かってる。じゃ、行ってきます」

 自分もどじっ子というかうっかり属性持ちのくせに弟のことばかり心配する姉上にもきちんと答え、家を出た。遠坂と、霊体化したアーチャーと共にそのまま通学路を歩いていく……うーん、学校に近づくにつれて周囲の視線が気になりそうだ。昨日はそうでもなかったのに。意識しすぎだぞ、衛宮士郎。

「……ああ、そうそう」

 交差点。赤信号で立ち止まった俺に、遠坂が低い声で囁いてきた。何だろう……といっても、大体の推測はつく。

「言っておくけど、投影魔術はなるべく使わないようにね」
「ああ、分かった。……他人に見られるわけにはいかないんだろ」

 やっぱりな。あれだけ脅しを掛けておいてさらに忠告してくれるなんて、本当に遠坂凛はお人好しな、良いやつだ。ああ、魔術師ってのが親父や遠坂みたいな連中ばっかりだったらいいのにな。

「そう。サーヴァント相手ならともかく、マスターに見られた日には洒落にならないわよ」
「……確かにな。遠坂の出した例が大マジなら冗談じゃない」

 さすがに洗脳だの人質だののホルマリン漬けだのはイヤだからな、どこのアニメのヒロインだ俺は。というかヒロインか、ヒロインなのか。

「……そりゃ、弓ねえやセイバーや遠坂の方がヒーローちっくだよなあ……」

 強いし。
 かっこいいし。
 性格だってヒーローっぽいし。

「……衛宮くん? 大丈夫?」

 外に出たからか名字呼びの遠坂に、大丈夫だと返事をして前を見つめ直した。うん、今までだって頑張ってきたんだ。これからも頑張れば……少しは、ヒーローっていうか正義の味方に近づけるよな?

「うん、頑張ろう」

 一言声に出して、自分に気合いを入れた。


 朝のHRには、藤ねえはいつもの通り廊下を盛大に走って突っ込んできた。さすがに美綴の話は出てこなかったけれど、改めて放課後はとっとと帰宅しろと釘を刺してきた。その方が、こちらとしても助かる。詳しい話は帰宅してから尋ねるとしよう。
 学校に張られた結界は、完全に消せはしなかったけれどだいぶ弱まったままだ。ここからまた力を貯め直すのだろうけれど、その前に術者を潰してしまえば問題はないはずだよな。
 教師か、生徒か。
 最低後1人、この学園の中にマスターがいる。
 日中はおそらく大丈夫だろうけれど、例えば廊下の端で、屋上で、校舎の裏で……学校にも死角なんていくらでもある。

「こら、士郎。ぼうっとしてない!」

 ぺし、と額を叩かれて正気に戻った。今は昼休み、死角の1つである屋上の隅っこで遠坂と一緒に昼食を取っている真っ最中である。……そりゃ、自分と会話してる最中にぼうっとしてたら怒られるよなあ。

「ごめん、遠坂」
「ま、いいけどね」

 既に遠坂はメインを食べ尽くし、ちゃっかり別梱包で持ってきている昨夜の残りの杏仁豆腐に手を伸ばしていた。まあデザートを独占されるのはいいんだけど、自分の分の昼食は食べてしまわないとな。

「で、投影のこと? それとも、校内にいるはずのマスターのこと?」

 で、せっせと箸を進めている俺に遠坂がそう尋ねてくる。何がどうしたという文章は全くないけれど、彼女の言いたいことは分かるから、ちゃんと答えた。

「何だ、バレバレかよ。後者だ」
「やっぱりね」

 ぱちんと音を立てて密閉容器のふたを閉め、ごちそうさまと手を合わせてから頷いた遠坂。俺が視線を向けると、彼女も俺を見ていた。周囲に気を張る役目は霊体のアーチャーに任せているはずだけど、それでも遠坂が周囲を警戒しているのが分かる。……俺は、相変わらず駄目だな。
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