Fate/gold knight 12.しろのもほう
「……少なくとも、わたしがマスターだってことは感づかれてると思う。だから、直接わたしに接触してくるか、それともここのところ一緒にいることが多いあんたに接触してくるかどっちかよ。待っていれば尻尾を出すわ」

 丁寧に弁当箱を包み直しながら遠坂が言う。確かに遠坂の家は冬木市の管理者で、魔術師ならば調べればそのくらいのことは分かるんだろう。魔術師一族の現当主であるところの遠坂凛が、己の管理地である冬木市における聖杯戦争のマスターの1人だろう、というのは情報を集めて推測すればはじき出される結論だろう。同じようにもう1つの一族もあぶり出されてくるんだろうけど……遠坂は、そっちにはマスターはいないだろうって言ってたっけ。

「ならいいんだけどな」
「安心しなさい。あんたたちと同盟を結んでいる以上、守ってあげるから。セイバーの戦力惜しいし」
「……ああ」

 くすん。
 俺、セイバーのマスターとしての地位しか認められてないのかな。ちょっと悲しい。

「あらいやだ、今わたしの大家さんじゃない。胸張ってよ」
「張れるか!」

 ──姉上。あんたの自信、少し分けてください。

「あら、衛宮くん? ちょっと、ホントに胸張っていいのよ? 一家の主なんでしょ?」
「一応な。弓ねえが大黒柱だけど……ごちそうさま」

 俺も昼食終了。手を合わせ、片付けに入る。
 表向き、衛宮の家の主は俺だってことになってる。ホントなら姉である弓ねえなんだろうけれど、弓ねえ自身は俺を推薦して、後見人である藤村の爺さんもそれを承諾したからな。だけど経済的には藤村に管理して貰ってる親父の遺産と、弓ねえの稼ぎに頼っているようなもんだ。自分でもバイトはしているけれど、とてもじゃないが姉上の稼ぎには敵わない。本気でサーヴァントのスキルか何かだろ、あれ。

「その弓美さんは士郎ラブラブだし、士郎が主で弟だから守るーって感じよねぇ。ほんとあんたたち、変な姉弟ね」
「……やっぱ変か」

 遠坂のニヤニヤ顔がちょっとしゃくに障るけれど、とりあえずは意識の外に置こう。だいたい何の話をしてるんだよ、俺たちは。

「っていうか、話ずれてるぞ遠坂。うちの事情について話し合ってる場合じゃないだろ」
「それもそうね。ああもう」

 長い綺麗な黒髪を、くしゃくしゃと無造作に掻く。もったいない傷むだろ、と思うんだけど、このくらいじゃあ人間の髪は傷まないのかな。その辺はよく分からないんだけど。
 ……ふと。
 そのとき何故か、不意に考えが浮かんだ。消えないうちに、遠坂の判断を仰ごう。

「そうだ遠坂。ちょっと提案があるんだけど」
「何?」
「放課後は別々に行動しないか?」

 あ、怒りそうだ。ちょっと待て、と両手で制して話を続ける。どうも瞬間湯沸かし器に近い部分があるんだよな、遠坂って。アーチャーの苦労が目に見えるようだ。……なんでさ。

「遠坂、自分がマスターであることは他のマスターにばれてるって見てるんだろ。俺がマスターかどうかはともかく」
「そうね。イリヤスフィールとわたし、ランサーのマスターは知ってるけど、その他のマスターが知ってるかどうかは微妙よね」

 むう、と口をとんがらせて考え込む。女の子って、何かモノを考えるときは大体そんな顔になるよな。男でもそうなんだろうか? 少なくとも、親父がそこまで真剣にモノを考えたって場面には思い当たらないんだけど。

「だったらさ。その他のマスターって、俺と遠坂が一緒にいたら向こうから接触はしにくいんじゃないかな?」

 遠坂の顔を見ながら、さらに言葉を続けることにする。あ、何か遠坂の背後であきれ顔のアーチャーが見えるようだぞ。おかしいな、あいつ実体化してないだろ? 何で分かるんだよ、俺。

「その1、俺がマスターじゃないと思ってる場合。その場合、俺は聖杯戦争のことを知らない可能性が高い。向こうさんも、部外者に事情を知られるわけにはいかない……つまり、俺がそばにいるときに遠坂には接近したくないんじゃないか? 俺から遠坂のことを聞き出すにしても、一緒にいるところで聞く馬鹿はいないだろ」

 俺が手早く話を進めていくと、遠坂の表情が変化してきた。具体的に言えば、俺の話を真剣に聞いてくれている顔。これは名案なのかどうか自分で判断することは出来ないけれど、遠坂の顔を見る限り少なくとも即刻却下されるような案ではないらしい。

「その2、俺がマスターであると思ってる場合。バーサーカーならともかく、それ以外のサーヴァントを連れてるマスターはあんまり1対2に持ち込みたくないんじゃないかな。よほど地の利とかがあるならともかく、普通は自分が不利だってのは分かってるだろうし」

 俺のセイバー、遠坂のアーチャー。……この場合、弓ねえはイレギュラーだから考えないとして。バーサーカーは弓ねえ込み3人を相手にしてすら有利だったけれど、残る内ランサーとは直接戦ってその力は分かってるし、ライダー・キャスター・アサシンはそのクラス名称からしてそこまで強いとは思えない。もちろん相手を侮っているわけではないけれど、セイバーかアーチャーのどちらかが相手の隙や弱点を突くことは十分できるだろう。最悪、弓ねえにお出まし願うことになるかな……それは避けたい。ひいきしてると言われるかもしれないけど、弓ねえは俺の大事な姉貴だから。

「それと。あちら側の視点で考えるとさ、相手が2人いる場合説得で仲間に引きずり込むのは難しいと思う。どっちか片方だけを単独で説得した方が丸め込みやすいだろうしな」

 ここまで話を進めたところで、遠坂が挙手してきた。む、これは遠坂からの意見提出か。

「……うん、確かに良い案だと思うわ。だけどね、士郎」

 俺の名前を呼んで、俺の顔をびしすと指差してきた。こら遠坂、人を指差したら駄目だって言われたことなかったか? それと、何でそんな不機嫌そうな顔をしてるんだ? ……やっぱり、何か問題でもあったのかな。俺の案。

「士郎。それってつまり、自分を囮にして隠れてるマスターをあぶり出すってことでしょ?」
「え? あ、ああ、そう言えばそうなるな」

 言われて初めて気がついた。俺の案は、俺の側に他のマスターが接触してくることを前提にしている。まあ、遠坂の方に接触してきたらそれはそれでどうにかなると考えていたからだろうけれど……何しろ、遠坂には今でもアーチャーがついている。セイバーがそばにいない俺と違って、奇襲でもそれなりに対処できるはずだ。

「あのねー。相手が士郎をマスターだと知っていて警戒してたらどうするの? 別行動して、それであんたがいきなり襲われたら無事は保証できないわよ」

 セイバーや弓美さんに怒られるじゃない、と遠坂はばつの悪そうな顔をしてぶつぶつと呟く。いや、そこかよツッコミどころは?

「何とか頑張ってみるよ。最悪、武器の1つも作る……のは駄目か」
「それは墓穴でしょ。あんたの投影見たら、大概の魔術師は面白そうだとっつかまえてやるーって余計に張り切るわ」
「う……」

 はい、俺の負けです。やっぱり無謀だったか……良い案だと思ったんだけどなあ。こらアーチャー、きっとてめえ、今肩震わせて笑ってるんだろう。ああもう、俺が悪かったですよーだ。

「でもまあ、やってみる価値はあるかもね」

 ──って、あれ?
 今聞こえた台詞の意味を一瞬理解できなくて、遠坂の顔を見直す。あきれ顔ではあったけれど、あかいあくまはへっぽこ魔術師見習いの意見を聞き入れてくれているらしい。ちょっと、驚いた。

「何だ。俺は却下されたかと思ったぞ」
「それは、本気で別行動を取るって言った場合よ」

 一瞬、遠坂の綺麗な黒髪が風に揺れた。その向こうに、赤と黒の男がすっと姿を見せる。相変わらず偉そうに腕組んで、上から見下ろしている……まあ俺よりかなり背が高いから当たり前なんだけど。
 そして、己のサーヴァントを背後に従えた遠坂は、俺のよく知る自信満々の優等生の表情になっていた。その実は、自信満々のあかいあくま&その執事みたいなもんだけど。

「こちらがあんたを監視出来ていれば、問題はないと思うわ。ね、アーチャー?」
「……ああ。そいつ程度でも囮の役には立つだろうよ」

 うわ、はっきり言ってくれるよ。
 だけど、アーチャーの言うとおりだから不満を口には出さない。俺はまともな戦力ではないから、せいぜい囮になるくらいしかできないんだから。多分、投影魔術を使ってもそうなんだろう。俺が作り出せるのは、歪んで空っぽな偽物だけ。そんなもんでサーヴァント相手に立ち回れるはずはない。

「それじゃあ、そういうことでいいんだな。遠坂」
「ええ。放課後は別行動しましょう……とは言っても、弓美さんたちが迎えに来るんだからあまり離れてはいられないけれど。わたしが先に出るから、士郎は後から来て」

 遠坂の指示は的確だと思う。普段から俺は一成の手伝いとかで放課後はそこそこ残ってる方だし。バイトの日は早めに出るけれど、今日はそうじゃないし。

「アーチャーに上から監視させておくわ。だけど、いざとなったら」
「令呪でセイバーを呼べ、だろ。分かってる」

 どこか心配そうに俺を見つめる遠坂に、当然のように頷いてみせる。……本当に俺は、役に立たないへっぽこだな。出来ることは囮と、解析と、セイバーの呼び出しくらいしかないんだから。
 だけど、逆に言えばそれは出来るってことなんだから、やってみせる。特に今回は、自分で出した案なわけだしな。

「大丈夫だよ。自分でやれることはやってみせるから」

 だから、しっかりと答えてみせた。
PREV BACK NEXT