Fate/gold knight 13.あおのさそい
「はは、でも衛宮も悪いんだよ。あんまり無防備だから、ライダーも襲いたくなったんじゃないかな。マスターなんだから、もう少し周囲には気を張ってほしいもんだね」

 ──あ。
 そういや俺は、『ライダー』の言葉に反応した。それは何だ、とは聞き返さなかった。
 それはつまり、俺は聖杯戦争について知っている……参戦者・すなわちマスターであるって自分から言ってるようなもんだ。
 あちゃー、ミスった。まさか弓ねえのうっかり属性が伝染したんじゃないだろうな、俺。

「……む」
「ああ、身構えないでいいよ。僕、衛宮と敵対する気はないから」
「……え?」

 慎二に言われて初めて、俺は自分がいつでも戦えるように身体の重心を落としているのに気がついた。これでばれないように剣でも投影するなりカバンあたり強化するなりすれば、それで戦闘準備は終わってしまう。もっとも、慎二相手ならともかくライダーにはかなわないだろうけど。

「さっき言ったろ? 僕はお祖父様のお言いつけで嫌々参加させられてるんだよ。死にたくないから頑張ってるだけで」
「……本当だな?」
「本当だって。衛宮もそうだろ? ライダーに襲われてんのに、自分のサーヴァント出してこないじゃないか。お前も巻き込まれたんだろ、お互い大変だねえ」

 大きく手を広げながらまるで他人事のように言葉を口にする慎二の顔を、まじまじと見つめる。いつものへらへらとした笑顔に戻っている慎二が、俺に対して嘘をついているかどうかは正直分からない。けれど、少なくともここで敵愾心を見せるのは得策じゃないと思ったから、俺は警戒を解いた。

「分かった。信じる」
「悪いね。ま、衛宮のことだから信じてくれるとは思ってたけど」

 そんなに俺、お人好しか? と思ったけれど、多分そうなんだろうなあ。弓ねえや遠坂やセイバーが俺のことを気に掛けてくれるのも、1つにはそれが理由なんだろうし。
 ……多分、アーチャーのやつはこんな俺は鼻で笑うんだろうな。危機感の欠片もない、お人好しだって。

「そうだ、衛宮」

 ぼんやりと考え事をしていたんだろうなあ、慎二に名前を呼ばれて意識を引き戻す。いつものニヤニヤ顔で、慎二はいつの間にか俺の目の前に立っていた。肩に、手がぽんと置かれる。

「僕のサーヴァントは紹介したんだから、お前のサーヴァントも良かったら見せてくんないかな? 良いの捕まえたんだろ」
「……それは」

 うわ。拙い。
 慎二は、俺が自分のサーヴァントを霊体化させてそばに控えさせてると思ってるんだ。遠坂もそうやってアーチャーを連れているしな。普通はそうなんだろうけれど、セイバーの場合は事情が違う。
 まさか、『霊体化できないので家に置いてきました』なんて言えるわけもない。そう告白した瞬間、ライダーが問答無用で襲ってくる可能性がないとは言い切れないし。慎二は友人だけど……その、時々、妙に頭が回る部分があるから。
 と、俺の身体が軽く後ろに流された。目の前に、赤と黒の大きな背中が出現する。

「何をしている」
「あ……」

 アーチャー、と呼びそうになって、思わず口を塞いだ。肩越しに俺を見下ろすやつの視線が『黙っていろ』と告げてくるのが分かったから。どういうことだろう?
 だけど、少なくとも慎二には、アーチャーが俺を慎二から守るために間に入った、ように思えたらしい。何しろアーチャーは、その両手に黒白の双剣を構えていたんだから。

「ふうん、お前が衛宮のサーヴァント?」

 一方、慎二の方は顔を引きつらせながらも余裕の口調だ。……ひょっとして、自分がうろたえてるって俺たちに気付かれたくないのか? バレバレなんだけどな。
 それはともかく、慎二はいきなり登場したアーチャーを俺のサーヴァントだと誤解したらしい。ってことは、じろじろと失礼な視線でアーチャーを見回してるのは、あいつにしてみれば俺のサーヴァントを値踏みしてるってことか。うわ何だろう、自分を値踏みされているようで気持ち悪い。
 まるで、アーチャーが俺、みたいで。そんなはずはないのに。

「うわー、頭固そうだねえ。そんなとこ、衛宮そっくり」

 そんなはずはないのに、慎二はそう言ってきた。自分が頭が固いらしいことは分かってたけど、こいつと似てるなんてそんな馬鹿な。でも、第三者から見たらそんなに似ているんだろうか。うわー、何かいやだな。生理的に。

「失礼な。ライダーのマスターよ、口にして良いことと悪いことがあるぞ」

 アーチャーも考えていることは同じだったらしく、大げさに溜息をついてみせる。剣を消さないのは、慎二の背後で釘剣を構えているライダーへの牽制だろう。そっちがその気なら、こちらも戦闘の用意はある、と。

「……お前」
「全く、危なくなったら呼べと言っておいただろう。危機感の欠片もないお人好しのへっぽこ魔術師が」
「ぐっ」

 そうして俺には、相変わらずの口調を叩きつけてくれました。確かにそうだけど……もしかして俺、囮も失格とか思われたか? お前だけには言われたくないぞ。

「へー。剣持ってるってことはセイバーかな? いいの引き当てたじゃないか」

 俺とアーチャーの、ある意味漫才に見えるだろうやりとりを見ながら、慎二が口を挟んできた。あ、口の端がひくひく震えてる。勘違いここに極まれりだけど、まあいいか。何となく、実は違うんだと言えない雰囲気になってしまってるし。

「……まあ、な」

 少なくとも俺のサーヴァントが剣を持っているセイバーで、慎二曰くの『いいの』であることには間違いないので、言葉は少なめに頷いた。うん、誰も今目の前にいるやつが俺のサーヴァントのセイバーだ、なんて言ってないよな。慎二が勝手にそう思っただけだ。
 とはいえ、これ以上こいつにいられるとボロが出てしまいそうなので、お引き取り願うことにしよう。少なくとも、ライダーに対する牽制にはなったわけだし。

「悪い、下がっていてくれ。お前がいると、できる話もできなくなる」
「……了解した」

 わざとクラス名を口にせず、そう頼んだ。アーチャーのやつも分かってくれたのか、小さく頷いてその姿を消す。慎二の背後に立っているライダーが構えを解くのを、俺は確認した。ふー、助かった……のかな?
 と、慎二が背後に向かって大儀そうに手を振った。ライダーがすっと姿を消したのは単なる霊体化か、それともアーチャーを追ったのか。それは分からないけれど、少なくとも目に見える範囲では俺と慎二の2人きり、ってことになる。

「衛宮んとこのやつも、結構わがままっぽいな。ちゃんとお前の命令聞くのか?」
「命令……ってのは、してない。俺が好きじゃないからな」

 慎二の問いに、素直に答えた。これも嘘は言ってない。そりゃセイバーはわがままといえばそうなるよな、特に食事の量において。
 ……少し良心がとがめるが許せ、慎二。下手を打つと金の姉とあかいあくまが何してくるか分からないからな。俺だって自分が可愛い。多分。
 だからそう答えたら、慎二はうんうんと頷いて、また返してくる。

「ああ、それもそうだっけな。お前は金の姉上様の命令をはいはい聞く立場だもんなあ」
「……ぐ」

 否定しきれないのが何ともはや。というか、弓ねえは俺の保護者で大黒柱で大事な姉上なんだからな。それに、何でもかんでも命令聞くわけじゃないぞ。主に食事の好き嫌いとか。親父共々、そりゃあ大変だったんだから。
 ……まあ、そこら辺は家庭の事情ってやつだし、俺の家族同然で内部事情を知っている桜ならともかく、慎二に何か言われる筋合いはないんだけど。

「まあいいか。あのさ、衛宮」

 今度こそ遠慮なく、慎二が俺の肩に手を置いた。少し力のこもった手が、肩に食い込んで痛む。そっちはバイト中に火傷を負った方なんだけどな……慎二、知ってるだろ。

「この戦争、僕と組まないかい?」
「え?」

 唐突な提案。同じことをほんの少し前に、別の人間から言われたのにどうして、こう驚くんだろうな俺は。
 遠坂の時はそうじゃなかったのに、何故か背筋が冷える。何でなんだろう? 相手は慎二だぞ。俺の大事な友人だ。
 弓ねえは、「そのにやついた顔が気に食わぬ!」ってあんまり好いてない相手だけど。

「7組の主従が互いにつぶし合うのが聖杯戦争。けどさ、1人で他の6組を全部敵に回すよりは、僕とお前で組んで他の5組と戦った方が勝ち残れる確率は高くなるんじゃないか?」
「……それはそう、だけど」

 いや、それだと遠坂とも組むことになるから他は4組……あ、無理だな。遠坂と慎二、絶対合わない。遠坂と性格が似てる弓ねえが嫌ってる相手を、遠坂が気に入る理由がない。
 そうすると、俺はどちらかを選ばなくちゃならないのか。あまり気が乗らないけれど。それに。

「でも、そうやって勝ち残った場合、最後は俺とお前で決勝戦、ってことに……」
「ならないね。僕は別に、聖杯なんて要らないから」

 自分の愚かな危惧は、慎二の一言で切って捨てられた。俺が慎二の顔を見たら、あいつはおかしそうに喉をくくっと鳴らす。そうか、俺、かなり驚いた顔をしてるんだろうな。いまいち自覚がないんだが。

「僕にはこれといって叶えたい願いもないけど、死にたくはないから戦ってるだけ。衛宮もそうなんじゃないのか? いきなり訳の分からない戦争に巻き込まれてさ」
「……そう、だな」

 確かに、いきなり巻き込まれたことは事実だ。いきなり殺されて、生き返って、襲われて──そして、当事者の1人となって。
 そうして今、俺はこうやって他の当事者と向き合っている。
 だけど、これは自分で決めたことだから。姉貴のために、戦い抜くと決めたから。

「少し、考えさせてくれないか。こういったことは、しっかり考えてから決めたい」

 だから、そう答えた。姉貴や、セイバーや、遠坂にきちんと話を通さないといけない。俺自身は慎二を信用しているけれど、もしかしたら何か落とし穴があるかもしれないから。特に、慎二を聖杯戦争に巻き込んだ、『お祖父様』が気に掛かる。
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