Fate/gold knight 13.あおのさそい
「ははっ、衛宮にしては慎重だな。いいよ、お前がそう言うんなら待ってやる。だけど、気をつけろよ」

 けれど慎二は俺の内心には気付かなかったようで、うんうんと年長者が子供を見るような表情で頷いて納得してくれた。俺、お前に面倒見てもらったことあったっけ? まあいいか。それはともかく、何に気をつけるんだろう。他のマスターのことかな。

「? 何がさ?」
「A組の遠坂、知ってるだろ? 最近時々話してるみたいだけど」
「あ、ああ、まあな。美綴と仲が良いらしいから、顔合わせることが多いかも」

 遠坂のことか。既に遠坂と同盟を組んでいることは、まだ口外しない方がいいだろう。口にしないだけで嘘はついてない……ああ、自分を正当化してるな、これ。後でばれたら慎二がブチ切れそうだ。

「ふうん。その様子だと気付いてないみたいだな……あいつも、マスターだよ」
「……」

 だけど、続けて出てきた慎二の言葉に息を飲む。そうか、遠坂がマスターだってことは分かってたのか。だけど、遠坂のサーヴァントが今見たアーチャーだってことは気付いてないみたいだな。分かってるなら、出てきた時点でそのことに触れてるはずだし。じゃあ、どうやってその情報は手に入ったんだろう。あの神父だろうか?

「気をつけろよ。僕はともかく、普通のマスターは聖杯を手に入れるためなら何でもするだろうさ」
「……分かった。忠告ありがとう慎二、気をつける」

 慎二の言葉に頷く。こいつが何を考えているかは分からないけれど、少なくとも俺のことを気に掛けてくれたが故の忠告なんだろうし。やはり、俺はみんなに迷惑と面倒を掛けて生きているんだな。
 普通のマスター。今分かっているマスターは慎二を入れて4名。そのうちのイリヤスフィールと……他3名のマスターが、確かにどういった手段に出てくるかは今のところ分からない。まあ、イリヤスフィールはバーサーカーのパワーに任せて正面から来そうなものだが。

「ん、ならいい。それじゃ、また明日な」
「あ、慎二、ちょっと待て」

 軽く手を振って、出て行こうとする慎二を俺はつい引き留めた。こいつがマスターだって分かってから、胸の中に感じたもやもやを今のうちに払いのけておきたかったんだろう。

「何だよ?」
「1つ聞きたい。お前んち、魔術師の家系だって言ったな」
「ああ、言ったよ。それがどうかしたかい?」

 嫌そうな顔をしている慎二に、僅かに歩み寄る。あまり距離があったら、声を荒げてしまいそうな自分がここにいたからだ。1つ深呼吸をして、それから問いかけた。落ち着け、自分。

「なら……桜も魔術師なのか? あいつも、聖杯戦争に関わってるっていうのか?」
「はあ? 桜が? まさか、そんなわけないだろう」

 俺が思いきって出した質問の答えを、慎二はあきれ顔で返してきた。俺のことを鼻で笑って、腰に手を当てて偉そうに……それでも、いつもの仕草で。そうして、昔のままの慎二は言葉を続ける。

「衛宮、魔術師の家系ってのは一子相伝だって知ってるだろ。知らないわけないよな、お前も魔術師なんならさ」
「あ、まあ、一応……」

 うちは事情が特殊だけど、それはこの際関係ないので頷いておく。まあ、弓ねえも魔術関係だから知っていても問題ないんだけど……そう言えば弓ねえのマスターって、誰なんだろう。生きているのか死んでしまったのか、それも分からないもんな。

「例え兄弟がいてもね、後継者以外には魔術は受け継がれないんだよ。桜は間桐の家が魔術師だってことも知らないさ」

 だから、慎二の言葉はどこか遠い世界の話のようにも思えた。兄が知っていて、妹が知らないまま育てられるってことが、果たしてでき得るのだろうか。

「本当だな?」
「何、衛宮のくせに生意気だな。僕の言うことが信じられないって言うのかい?」
「いや、そういうわけじゃない。すまん」

 俺の言い方が悪かったみたいだ。慎二の気分を損ねたのは間違いないから、つい謝ってしまう。だけど、慎二の話が本当なら桜は何も知らない。聖杯戦争の話も、自分の家が『こちら側』だってことも。それなら、桜は俺みたいなやつと違って、普通の人生を生きていける。ああ、良かった。

「ふん、桜はうちより衛宮んちの方が居心地良いみたいだからね。まあ、せいぜいこき使ってやれよ、桜も喜ぶぜ」

 そう言って肩をすくめた慎二の顔が、少しほころんでいるのに気付いた。ああ、こいつちゃんと兄貴なんだよなあ、と俺も嬉しく思う。
 ……以前、慎二は桜に暴力を振るったことがあった。そのことで俺や弓ねえと口論になり、それからはお互い距離を置くようになったんだけど……きっとこれなら、もうそんなことはないだろう。そう思いたい。

「こき使ったりはしないぞ。家事の手伝いはしてくれるけど……桜、うちに来るようになってからだいぶ料理の腕上がったんだぞ、知ってるか?」
「へえ、そうなんだ? うちじゃあろくに家事もしないくせに。今度何か作ってもらおうかな」
「ああ、それが良いんじゃないか? たまにはさ」

 藤ねえはまったく料理をやる気はないというか、うっかり作らせたら素材に失礼なものしか作れない。だけど弓ねえはちょっとくらいならできるようになったから、ごくたまに軽食を作ってもらったりする。それと同じように、桜も慎二の食事を作ってやれば兄妹、うまくいくんじゃないかと思うのは俺の妄想だろうか。

「……ま、考えとくよ。それじゃあな衛宮、お前もちゃんと考えておいてくれよ」
「ああ、分かった」

 安心したところで、今度こそ慎二と別れることにする。慎二がちゃんと桜の兄貴をやってくれるなら、これほど嬉しいことはない。きょうだいは仲良く、っていうのは俺が衛宮になってからの10年の生活の中で刻み込まれてきた、当たり前のことだから。


 カバンを回収して校門を出ると、そこにはダブルきんいろのおうさま・おいかりバージョンがいました、まる。

「士郎!」

 弓ねえは毎度おなじみ、腰に手を当ててふんぞり返り。

「シロウ。何があったのですか?」

 セイバーは仁王立ちで、握った両の拳がぶるぶる震えてる。うわー、怒ってる怒ってる。

「……ごめん、待たせた」

 2人の怒ってる理由が俺にあることは確実なので、素直に謝るしかない。一方、遠坂は……あ、このやろ、アーチャー共々離れたところでにやにや見物してんじゃねえよ。

「ごめん、ではありません。凛に物陰に引きずり込まれたのですが、誰か会わせたくない相手でも?」

 セイバーがずずいと迫ってくる。会わせたくない相手……うーむ、この状況だと俺がセイバーと会いたくなかった……っていうのは置いておいて。誰だろう……慎二かな? あいつ、女の子と見るとすぐ声掛けるからなあ。

「さあねえ。わたしもアーチャーから、慎二が出てくるからセイバーと会わせるなって言われただけだから」

 ニヤニヤ加減はそのままに、遠坂が口を出す。……アーチャー、素直に引っ込んだのはそれか!
 ま、いいけど。アーチャーのことだ、慎二を誤解させっぱなしにしたかったんだな、きっと。こんなすぐにセイバーとアーチャーが別人だって分かったら、慎二は確実にかんしゃく起こしてライダーに俺を襲わせるだろうから。
 ──ん、ってことはアーチャー、俺を守ってくれた訳か?

「慎二か……士郎、あの馬鹿者と何を話しておった? いつものにやけ面を晒しながら出て行きおったが」

 一方の弓ねえ。桜とは仲が良いんだけど、何故か慎二とはそりが合わないせいもあってお怒りモードはまだ解けない。まあ、姉貴の気持ちも分かる……初めて顔を合わせたときに早速ナンパ掛けて、こっぴどく振られたのに懲りてないからなあ。曰く、ツンデレっていいよね、だとさ。あいつの好みは良く分からん。

「あの無礼者、桜の兄でなくば即刻すり潰してくれるところだ」
「いや弓ねえ、それは聞いてるだけで痛いからやめてくれ」

 ぐっと拳握る弓ねえを慌ててなだめる。普通の人ならともかく、弓ねえだったら本気でやりかねない。桜が慎二に暴力振るわれたのを知ったときだって凄かったからな……あれは金の嵐事件としてご近所さんには伝説になってしまってるし。

「ともかく、ちゃんと話すから。アーチャー、フォローあったら頼む」

 ちらり、と我関せずな表情の野郎に視線を送る。返事があると思わなかったから、だけど……意外なことに、アーチャーは素直に頷いてくれた。

「了解した。だがな衛宮士郎、お前の口からきちんと説明すべきことだろう。私は大して聞いていないのだからな」
「言われなくても分かってる」

 そう、慎二と差し向かいで話をしたのはこの俺だから。話の内容を伝えて、判断をするのもこの俺だから。
 だから俺は、みんなの顔をぐるりと見渡した。彼らの視線が、全て俺に向いていることを確認するために。
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