Fate/gold knight 14.はいいろのがんさく
 今日もマウント深山で買い物を済ませ、皆一緒に帰宅する。自宅の門扉が施錠されていないのに、開けようと手を掛けてから気がついた。まあ、俺たちの帰宅が遅くなったからだろう。藤ねえと桜はとうに来てるだろうからな。

「ただいまー」

 玄関に滑り込み、声を掛けながら靴を脱ぐ。俺に続いてセイバー、弓ねえ、遠坂、アーチャーの順番でぞろぞろと入ってくる様子は、まるで里帰りしてきた一家みたいだ。……父親はアーチャーでいいとして、母親は誰だよ?

「あー、お帰り士郎。遅いぞー!」
「お帰りなさい、先輩」

 ほら、予想通り。桜はエプロンを着けて台所に立っていて、藤ねえはちゃぶ台の前に鎮座。そう言えば緊急避難用の餌はなかったっけか。はー、江戸前屋寄ってきてて助かった。もしあれがなかったら、ほんの数分後には大怪獣フジムラタイガーの暴走が始まってるだろうから。いやもうあれは収拾がつかなくて大変なんだよほんと。最終的には我が家の双璧をなす超怪獣エミヤユミが爆走して収まるわけなんだけど、その後に残るは惨憺たる居間。片付けるのは当然俺。
 ……親父。俺、何でこんなことになったんでしょうか?
 まあ、それはともかく。
 居間に入ると、桜がばっちりのタイミングで緑茶を淹れてきてくれた。お盆の上には俺込みで5つの湯飲みが並んでるあたり、分かってるというか。桜と藤ねえの分は、既にちゃぶ台の上でほんわかと湯気を上げている。うん、良い香り。ほっとするなあ。

「ただいま。藤ねえ、桜、来てたんだ」
「当然でしょー? 今朝はまともにご飯食べられなかったんだもん、もーお腹空いちゃって空いちゃってー」
「ほんとにお元気ですね、藤村先生」
「んふー、私は元気が取り柄なのだー。でもお腹空いたお腹空いたー」

 じたばたと手足を振り回す藤ねえ……なあ、担任されてる生徒の俺が言うのも何なんだが、あんたほんとに教師か? ほら、桜だって呆れて肩すくめてるじゃないか。
 と、俺の隣にするりと滑り込んできた遠坂が、彼女用の湯飲みに手を伸ばしながら口を開いた。

「桜、あんたは大丈夫なの? 美綴さんに病院でつきっきりだったんでしょ。食事とか」
「あ、はい、大丈夫です。最近の病院って、ご飯美味しいんですよ」

 一瞬ぽかんとした桜の様子が、ほんの少しだけ心に引っかかる。ま、確かにいきなり遠坂から気遣われたら驚くよなあ……しかも、何だか仲良しっぽい口調でさ。けれど、桜は引っ込み思案であまり友人もできなくて俺や姉上たちも気にしていたから、遠坂が話しかけてくれるのは嬉しい。
 ……何だか、慎二より遠坂の方が桜のきょうだいっぽいよなあ。何となくだけど。

「ふむ、桜がそう言うのならば大丈夫であろう……しかし、あの病院なれば10年前はさほど美味ではなかったのだがな」

 こくりとお茶を飲んでから弓ねえが一言。10年前、俺が入院していた病院のことを言っているのだろう。俺自身、何回か食べたはずなんだけどあまり覚えてないなあ……ああ、その後の食生活の方が凄かったから、印象が薄いんだな。きっとそうだ。
 はっはっは、おかげで基本的な料理はレシピ見なくても勝手に手が動いて作れるようになったぞ、こんちくしょう。

「あ、お夕飯なんですけど、一応献立を考えて下準備はしてあります。先輩、手伝ってください」
「ああ、分かった」

 ……そのスキルを最大に発揮できる時間がやってきたようだ。桜に返事してから、まずは身支度を調えるためにいったん部屋に戻る。カバンを置き、制服から私服に着替えて出てくると……

「大河は夕食までこれでも食ろうておけ。今日はどら焼きを買うてきた」
「わーい、弓美ちゃんありがとー♪」
「セイバーはこちらだ。各自1袋限定故、その他の袋には決して手を出してはならぬぞ?」
「あ、ありがとうございます、ユミ」

 ……金の姉が、猛獣2頭を餌付けしていた。なんだ弓ねえ、やればできるんじゃんか。猛獣使いの名を与える、ってなんでさ。本人が猛獣なのに。
 ともかく、一番やかましい2人が静かになったのに安心してエプロンを着け、台所で桜と並び立つ。……エプロンのひもの調整が微妙にずれていたのは、アーチャーが着けたからだな。今日の買い物で、あいつ用のエプロンも買っておいたからいいけど。

「……そういえば大河、桜。綾子はどうであったのだ?」
「んぁ? 美綴さん? うん、軽い貧血みたい。2、3日入院して様子を見るって」

 弓ねえと藤ねえの会話が聞こえる。そうか、美綴、大したことなかったみたいだな。本当に良かった。ちらりと遠坂を伺うと、そっちもほっとした表情を浮かべている。

「ふむ、それは重畳。……昨晩の行方が気になるが、それは先生方にお任せしよう」

 てきぱきとちゃぶ台周辺を片付けてくれているアーチャーも、心なしか機嫌が良いように見える。……えーと、あいつ美綴と面識あったっけ? 遠坂にくっついて学校に来てるから、見てはいるのか。まあいいけどさ。

「……」

 そんな中で、たった1人。
 桜だけが、どこか沈んだ表情をしていた。

「……桜? 何か気がかりなことでもあるのか?」
「え? あ、いえ、何でもないです、はいっ」

 俺の問いに、桜はぱっと顔を上げて笑いを形作る。うん、無理して笑ったっていうのが普段から鈍い鈍いと言われてる俺にすら分かってしまうのは、かなり問題だぞ。やっぱり何かあるんだろ……とは思っても、これ以上深く踏み込めないのは俺が男で、桜が女の子だからだろうな。多分。


「──慎二がマスター? そんな馬鹿な」

 話は、学校から家に帰る途中にまでさかのぼる。
 俺が学校を出るのが少し遅くなったせいか、通学路にはほとんど人がいない。おかげで俺たちは、あまり周囲に気を張ることなく会話を交わすことができた。もっとも、アーチャーとセイバーは時々あたりに視線を巡らせていたけれど。悪いな、2人に任せてしまってるみたいで。
 それはともかく、慎二との会話の内容を遠坂たちに伝えたとき、遠坂はそう言って眉間にしわを寄せたのだ。

「気持ちは分かるがな、凛。私も確かにサーヴァントを確認している。クラスがライダーであることも判明済みだ」
「そうです、凛。事実は事実として受け止めねば」

 アーチャーとセイバーがフォローを入れてくれる。アーチャーはライダーと刃を合わせているし、セイバーは慎二に対する先入観がないために冷静に物事を判断してくれるから助かるよ。……弓ねえが難しい顔をして腕を組んだままだんまりなのが気に掛かるけど。

「ううん、そうじゃないの。……慎二がマスターになれるはず、ないのよね」

 遠坂が首を振ると、2つに結われた髪がふわりとなびく。ツインテールっていったっけ……親父が生きてる頃に弓ねえがやってみたら、髪の量と癖のせいかまんまキャンディキャンディになってしまって、親父・藤ねえと3人で爆笑したことがあった。その後全員ぼこぼこにのされたけど。はは、良い思い出だな。うん。
 いや、そんなことを思い出している場合じゃなくって。

「……前にもそんなことを言ってたっけか。もう1つある魔術師の家系は、マスターにはなれないって……どういうことだ? 遠坂」

 慎二がマスターになれない、と断言してみせた理由を発言者に尋ねる。その本人である遠坂は、俺たちをぐるりと見回してから人差し指をびしりと立てた。どうやらあれ、説明するときの癖みたいだな。

「だから、マスターってのはわたしや衛宮くんみたいに、少なくとも魔術師の素養を持つ者じゃないとなれないのよ。そうでなくちゃ、元々サーヴァントを召喚する儀式なんて発動させられない。発動させるための魔術回路がないんだもの」

 遠坂の言葉に、セイバーを召喚した夜のことを思い出す。
 あの召喚陣はいつも俺が魔術の鍛錬をする土蔵の床に描かれていた。多分、親父に魔術を教わり始めてからの8年間、毎日毎日あの上で鍛錬をやっていたときの魔力が、少しずつ陣に溜まっていってたんだろう。毎晩、魔術回路を1から作り上げる馬鹿野郎の魔力を。
 そうしてあの夜、俺の叫びに答えてくれた。
 セイバーは、俺の叫びに応じて登場してくれた。
 1度に召喚の儀式を行っていたら多分魔力不足で失敗しただろうけれど、その前の蓄えがあったから俺は自分でも知らずに、セイバーの召喚に成功したんだ。
 そして、魔力の備蓄と儀式の発動は、俺自身に魔術回路が備わっていたからこそだ。……遠坂が力を貸してくれなかったら、今でも俺はわざわざ魔術回路を作らなくちゃならなかったんだろうけど。ああ、ほんとに情けないなあ。

「慎二の家……間桐は確かに古い魔術師の家系よ。でも、土が合わなかったのか水が合わなかったのかは知らないけど、だんだん衰退してきてね……確か先代くらいで魔術回路がなくなっちゃってるはずなのよ。痕跡くらいは残っているでしょうけど、まともには動かせないわ。つまり、魔術師としての間桐は死んだわけ」

 俺の思考と関係なく続けられた遠坂の説明は、慎二にはそれすらもできないということを示していた。そもそも魔術回路がないのであれば、魔術を発動させることはできない。サーヴァント召喚の儀式を行うことは不可能……つまり、聖杯から選ばれてマスターになることはできない。そもそも聖杯が選ばないのだ、と遠坂は言う。

「すると……慎二がマスターである以上、その権限はライダーを召喚したどこかの誰かが慎二に譲り渡した、もしくは慎二が奪い取ったということになるの」

 じっと話を聞いていた弓ねえが、ぼそりと呟く。魔術師でない人間はサーヴァントを召喚することはできないけれど、一度呼び出されたサーヴァントとそのマスター権を譲り受けることはできる。もし、俺があの教会でセイバーのマスターとしての権限を返上していたなら、セイバーは他にマスターを捜してその人と契約するはずだった──つまり、権限の委譲は可能ってことだ。
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