Fate/gold knight 14.はいいろのがんさく
「そうなんだけどね……仮にも聖杯に認められ、聖杯戦争への参加を許された魔術師が、魔術なんて使えない──回路すら持たないボンクラにわざわざマスターの座を譲り渡すなんてどうかしてる。慎二が奪い取ることだって、よっぽどじゃないけど無理。絶対おかしい」

 ……なあ、遠坂。お前、よっぽど慎二にマスターやって欲しくないんだな。多分戦いたくないから、とかいう理由じゃ無しに。

「しかし、おかしいかどうかはともかく、現時点で慎二がライダーのマスターであるのは事実だ」

 アーチャーも俺と同じことを考えていたのかな。溜息をわざとらしくついてから言葉を吐き出してきた。自分のサーヴァントの台詞に、遠坂も不承不承口を閉ざす。弓ねえはアーチャーの台詞に頷いて、言葉を引き継いだ。

「そうなるの。ならば、その背後にいかなる動きがあったのかは心の隅に止めておくべきだろうが……今メインの話題にするのはどうかと思うぞ。あのゲスを叩き潰し、参戦権を奪ってしまえば何の問題もないからの」

 あー、弓ねえも慎二の参戦には大不満だったか。ま、元々仲は良くないからしょうがないか、これは。

「それにしても、こうなることが分かっておったら首を捻っておいたものを。その方が後腐れなく済んだのに、士郎が止める故出来なんだ」

 だからってこういう発言はどうかと思う。何しろ姉上はサーヴァントだし、その気になれば本当にやってのけそうな気がするので、愛されてる弟としては止めなくちゃならない。さすがに敬愛する姉が警察にしょっ引かれるのは俺、嫌だし。

「その代わり、この近辺で派手に大暴れしてくれたじゃないか。あれからしばらくの間、俺ご近所さんに顔向けできなかったんだぞ」
「ドメスティックバイオレンスなぞやらかした腐れが悪い」

 確かに。そう言われると、ぐうの音も出ない。弓ねえも藤ねえも結構暴力を振るってくることはあるけれど、でも2人とも俺のことを可愛がってくれてるのは分かってるから間違ってもDVだなんて言いません。ええ、イイマセンヨ?

「シロウ、ユミ。話がずれています、軌道修正を」

 うう、1人だけ妙に冷静なセイバーにたしなめられた。でもまあ、こういう関係は嫌じゃないな。だってそうだろう? 何だか、家族が増えたみたいでさ。
 あ、また話がずれそうだ。戻さないと。

「そうね。まあ慎二がマスターなのは事実、と。それで衛宮くん、あいつ何言ってきたの?」
「ん、ああ……慎二は、遠坂に気をつけろって言ってきた。目的のためなら何するか分からないからって」
「どっちがよ」

 姉上と同じく一刀両断。遠坂はともかく、慎二については俺はあまりそうは思わないけど。あ、でも手段を考えないのは問題だって、一成が何度か注意していたような気がする。……そうだよな、桜に手を上げるくらいだし。

「それと、自分と組まないかって。俺は遠坂と同盟組んでる訳だから、意見は保留しておいたけど」
「……考えることは一緒か。あーもう、何であんなやつと同じこと考えつくんだろ、わたしったら」

 あ、遠坂、頭抱えた。けど、同盟組んで敵に対抗するっていうのは割と誰でも考えつくことだろう? 何でそう、慎二のことを嫌がるかなあ。それとも、俺が鈍感なんだろうか。

「で。士郎としてはどうしたいのだ?」

 弓ねえが俺に尋ねてくる。慎二から同盟を申し込まれたのは俺だから、俺の意志に任せるつもりなんだろう。セイバーも遠坂も、アーチャーも俺の顔をじっと見つめている。
 うん、大丈夫。俺の答えは、もう決まったから。

「慎二には明日断っておく。同盟を組んでいる相手をけなされて、それで仲良くやれるほど俺は人間できてない」

 そう答えたら、全員が一斉にほっと息をつくのが分かった。お前ら、そんなに俺を信用できないか。特に姉上。

「信用できぬというか、そなたが慎二に何故あれほど信頼を置くのかが皆解せぬだけであろう」

 だからそう問うたら、こう反撃されてしまった。うーん、でも慎二ってそれなりに良いやつなんだけどなあ。確かに、妹を殴るのはよくないけれど、それだって事情があったんだろうし……そうかな?
 ともかく。
 せっかく同盟を申し込んでくれたのは嬉しいけれど、慎二には断りを入れる……ということで決着した。既に遠坂と同盟を組んでおり、それを慎二には言ってないんだからな。裏切り者ーとか罵られそうだけど、そこは自業自得と言うことで我慢しなくちゃならない。

 だけど、慎二。
 桜には当たるんじゃないぞ。
 俺には、心の中でそう祈ることしかできなかった。


 時間は過ぎて、既に日付が変わろうかという時刻になっていた。
 桜と藤ねえはそれぞれの家に戻り、家にいる皆もおのおのの部屋へと引っ込んでいる。アーチャーは相変わらず屋根の上だろう。……形式的にでも、部屋を用意しておくべきかな。桜も藤ねえも、あいつがうちにいることを知ってるわけだし。
 で、俺は土蔵にこもり、魔術の鍛錬をこなしていた。床に敷き詰めたブルーシートの上に座し、目を閉じて精神を鎮める。8年間ずっとやっていたこの作業で漏れ出た俺の魔力が、セイバーを召喚するための魔力として貯蔵されたんだろう。

「同調、開始」

 俺の中でがちり、と撃鉄が落ちる。それがスイッチとして機能し、俺の中にある魔術回路が動き始める。
 遠坂に指摘されなければその存在すら分からなかったであろう、俺に生まれつき備わっていた魔術回路が力を蓄える。
 いつもならそこら辺に転がっているがらくたに魔力を流し込んで強化してみるんだけど、今日は違うことをしようと思っていた。

「…………俺の魔術は、投影……か」

 本来のあり方とは似て非なる魔術。
 世界の修正を受けない投影。
 あまり人前でやるべきではないって言われたけれど、ここでなら大丈夫だろう。そう思い、口を開く。

「投影、開始」

 頭に思い浮かべる設計図は……インパクトが強かったのか、ぽんと出てきたセイバーのお弁当箱。三段重ねの大きなものだ。本来は正月のおせち料理を収める器であるそれを思い浮かべ、造り出そうとする。
 ──やがて、手の中に重みが生まれた。重量は大体こんなものだけど、何だか持ちにくいというか、がたがた音がするんだけど。

「──投影終了。あ、駄目だこりゃ」

 目を開けてみて納得した。四角い重箱を作ろうとしたのに、何でこう横から力一杯蹴り飛ばした一斗缶みたいにひしゃげてるんだろう。三段の器とふたがそれぞれ違う歪み方をしてるもんだから、前に投影したことがあるヤカン同様まともに機能しないことは確認するまでもなく分かってしまった。穴が開いていて使い物にならなかったヤカンほどじゃないか、一応入れ物にはなるからなあ。だけど、これに弁当を詰めても美味しそうには見えない。

「やっぱり失敗、か」

 夜中にうっかり放り投げて大きな音を出すわけにも行かないので、バランスが悪いせいでかたかたと音を鳴らすそれを隅っこに置いておいた。いくら異常な魔術ったって、出来上がるモノが失敗作ばかりじゃあ何の役にも立たないだろうに。それとも、何か特定のモノだけ成功する、とかいうピンポイントだったりするんだろうか。

「……そう言えば」

 ピンポイント、で思い出した。
 弓兵のくせに刀剣で戦う、何となく俺とよく似た奴。
 しかも、戦闘に使う刀剣は俺と同じ『異質な投影』で生み出したものだ。

「よし、やってみるか……投影、開始」

 再起動。今度は脳裏に、アーチャーが構えた白と黒の短剣を思い浮かべた。

「──あ」

 何だろう、このしっくりとした感覚。
 かちり、と俺の頭の中でパズルのピースがはまったように、何かが開けた。
 短剣の生まれた経緯。
 名前と、その由来。
 あいつが、如何にしてそれを使いこなしているか。
 それらが、するすると浮かび上がってくる。
 まるで、最初から俺の中に『それ』があったかのように構成が浮かび上がってくる。歴史が積み上げられていく。

「……投影、終了」

 そうして、一通りの行程を終えた俺の両手には、あの番の短剣──陽剣干将・陰剣莫耶が存在していた。形が歪むこともなく、中が空っぽであることもなく、俺が見たままの双剣。
 見たままは見たままだったけれど、でもやっぱりコレは失敗作だった。

「まだまだ、だな。骨子の構成からしてなってない」

 そう。完全にあれを形成することはかなわなかった。それが証拠に、互いをがつんとぶつけ合わせただけで刃は砕け、本来存在するはずのなかった物質は魔力へと還っていく。これでは、戦闘はおろか鍛錬にすら使えない。

「うーん……サーヴァントの武器だから、かな?」

 理由を考えると、そこに突き当たった。アーチャーはサーヴァントだから、その武器にもそれなりの由来がある。となれば、ただの魔術師見習いである俺がまともに投影できたってのがそもそも無茶だ。俺には俺にふさわしいレベルのものがあるはずで。そう考えて思いついたのは。
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