Fate/gold knight 14.はいいろのがんさく
「…………包丁、とか?」
悪かったな、使い慣れてるよちくしょう。俺がだいぶ料理できるようになった頃に、弓ねえがご褒美だっつーてセットでン万とかン十万とかいうのを買ってきてくれたんだよ。丁寧に研いで、大事に使わせてもらってるよ。ほんとにもう、あの姉貴は金の使いどころが微妙におかしいというか、何というか。
カコバナは置いといて、一番慣れている刀剣、というか刃物で再チャレンジしてみることにする。投影開始。
「………………………………できたし」
投影終了。大変に笑える結果になってしまった。
現在俺の目の前には、愛用の包丁6本──えーと右から出刃・薄刃・柳刃・牛刀・パン切り・冷凍食品用がずらりと並んでいる。これは全部、俺が投影してできたいわゆるバッタモン。さっきの干将莫耶と違って我ながら大変に出来が良く、このまま本物の予備用に使えるんじゃないだろうか。ばれなければ、だけど。
「はあ、なるほど……刃物ならいけるのか、俺って」
自分の能力をやっとのことで理解できたような気がする。俺は刃物──刀剣の投影が大変に得意なのだ。そして多分、一度見たモノならば作り出すことができる。アーチャーの双剣を形だけとはいえ投影できたのがその証拠だ。
まあ、例えば弓ねえの剣とかを投影しろ、と言われたらまだ無理だろう。干将莫耶と同じく、もっと俺が精進しないとその域には到達できないから。おそらく構成骨子の解析が甘いんだな。
「ふん、自力で解明するとは大したものだな。衛宮士郎」
だから、何でお前がそこにいるんだよ。そりゃ、周囲の警戒を任せっきりにしているこっちも悪いけどさ……それに、昨夜は藤村組の人たちが出回ってたから良いけど、今日は普通に静かな夜だからな。誰か動いているかもしれない。
「……そりゃ褒めてんのか? それともせいぜいその程度かってけなしてんのか?」
予備にすることに決めた包丁セットをまとめながら聞いてみる。さらしを取り出して、1本1本丁寧に巻いてから適当な空き箱を引っ張り出してきて収納。うん、意外とぴったりサイズで助かった。
で、俺に聞かれたアーチャーはふん、と鼻で笑ってくれた。あーやっぱり、俺のことけなしてるか? と思ったら、一言。
「ひねくれた考えをするものだな」
「お前に言われたくはねーな」
「ぐ」
即返したら、さすがにたじろいだ。何だか勝利したみたいで気分が良い。たまにはこっちからやりこめてやるのもいいもんだな。いつもは弓ねえに助けてもらってるようなもんだし。
ってこら、人の投影した包丁を何吟味してんだよ。それはもう1つ1つ丁寧にさらしを解いてじっくり上から下まで眺めたり明かりにかざしてみたり刃先を触ってみたり。で、満足行くまで見終わるとちゃんと巻き直してしまってくれるからまあいいけれど。
「ふむ。確かに使い慣れているだけあって、貴様にしては完璧といっていいだろう」
6本全てを確認して、アーチャーはうむと頷いた。何だか満足げな表情をしているっていうことは、第三者から見ても十分納得できるレベルの投影になってるってことか。もっとも発言者がアーチャーなんであれだけど。
「俺にしては、か。それは褒め言葉として受け取っておくぞ」
「勝手にしろ。誰もけなしてなどおらん」
あ、本気らしい。良かった、って笑って見せたら奴は逆に不機嫌そうな顔になった。なんでさ。
「しかし、包丁は投影できても私の剣はまだ無理だったか」
「ああ、まだ甘い。鍛錬して、もっとちゃんと投影できるようにならなきゃ、いざというときに何もできないな」
「分かっているのならば良い。せいぜいあがくことだ」
……ええと、アーチャー。
お前の台詞を字面通りに捉えたら嫌みにしか聞こえないんだけど、もしかして意訳でがんばれ、って言ってくれてるのか?
何だ、お前良いやつじゃないか。それもかなり。
「ありがとう、アーチャー。せいぜい頑張るよ」
「何で私が貴様に礼など言われなければならんのだ」
そっぽを向きながらアーチャーが吐いた台詞は、遠坂と言い方が似てるような気がした。うん、お前らそっくりだよ。マスターとサーヴァント、相性もばっちりだし性格もそっくりなんだなあ。似た者同士で主従になるんだな、うん。
──そうすると、やっぱりライダーは慎二のサーヴァントじゃないよな。彼女、性格が慎二に似てるとはとても思えないし。似ているとしたら──
「ん?」
不意に、アーチャーの表情が険しくなった。眉間にしわを寄せ、入口から外を睨み付けている。その全身からただならぬ気がだだ漏れしているのに気付いて、俺は立ち上がった。
「どうした? アーチャー」
「弓美が家を出た」
「え?」
アーチャーは、声すらも低くしている。これは確実に警戒態勢だ。
だけど……何で、弓ねえが、今頃外に出る?
この前は俺を迎えに深夜の学校まで来てくれたけれど、あれはかなり特殊な部類だ。そもそも。
「彼女は、夜中に徘徊する趣味でもあるのか?」
「姉貴が? まさか。弓ねえは布団大好きだぞ。特に冬は」
そういう理由がある。そうでなければ、毎朝毎朝姉上様を部屋まで起こしに行ったりしない。あの布団まんじゅうを見たことないから、アーチャーはそんなことを聞いて来られるんだ……って、それはつまり、よく分からないけれど何かが起きているということだ。
弓ねえ、どこに行くつもりなんだ? 俺に何も言わずに。
「なるほど……どうする?」
「どうするも何も、追いかけるに決まってんだろ」
作業着のままだとちょっと問題かな、と思ったけれど、自分の格好より姉貴の行き先が気になる。慌てて土蔵を出ようとしたけれど、アーチャーに肩を叩かれて止められた。何だよ、お前の相手してる暇はないんだよ。
「貴様の足で追いつける速度ではないぞ」
アーチャーにそう言われて、一瞬考え込む……までもなく分かった。サーヴァントの能力は、俺たち人間とは比較にならないほど高いんだってことを思い出したから。第一姉貴、あの細腕で俺よりずっと力持ちだもんな。普段は「そなたがやれ」の一言で俺が重い荷物持つけれど。
「バイクの音はしてないから、走ってるんだな。……アーチャー、お前追えるか?」
で、ちょうど目の前にいる姉上と同じ、アーチャーのサーヴァントに尋ねてみる。奴は腕を組んで、俺を見下ろしてにやりと笑った。う、これは嫌みったらしいけど、自信のある笑みだ。2人の姉上や遠坂のそういう笑みと一緒だから、何となく分かった。
「私やセイバーなら十分追える。当然だがな」
「分かった、セイバーを呼んでくる。留守番は頼む、アーチャー」
そうだ、俺はセイバーのマスターなんだから彼女に頼まないと。アーチャーは遠坂のサーヴァントだし、こんなことでこいつの手を煩わせるわけにもいかないしな。こいつと遠坂にはうちに残ってもらって、備えを固めておいてもらわないと。
と、思った横から、アーチャーが俺より先に土蔵の外に出た。軽く地面を蹴り、塀の上に飛び乗る。このやろ、いちいちかっこつけてやがるなあ。って、待てよ。
「馬鹿者。私が先行する。実体化したままで追うから、セイバーなら私を追ってこられるはずだ」
「え、あ、おい!」
俺が呼び止めるより早く、奴は宙へと舞い上がる。ちらりと肩越しに俺を振り返って、アーチャーは言い放った。
「とっとと追いついてこい、へっぽこ」
「……た、頼んだぞ!」
誰がへっぽこだ、と言い返すより前にやることがあるのに気がついた。アーチャーに弓ねえを追ってもらって、その間にセイバーと……できれば遠坂にも起きてもらおう。自分があまりにも弱いのが分かっている……から。それに、遠坂を一人にしておくのも何だか嫌だから。
「セイバー! 遠坂! 悪い、起きてくれ!」
母屋に走りながら、ふと着替えだけはしよう、と思い立った。2月の夜は、足下からしんしんと冷え込んでくるから。
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