Fate/gold knight 15.ぐんじょうのやいば
「……!」

 石段を中程まで上がったところで、先頭を行くセイバーが立ち止まった。俺が真ん中、最後尾が遠坂という順番は……まあ要するに、俺が一番役立たずなので守ってやろうという女性陣の心遣いによるものだ。ああ情けない……それはともかく。

「セイバー?」

 俺を何かから庇うように足をずらしたセイバーの背中が、俺の正面にある。見えない剣を構えたその背中は、緊張と戦闘意欲に張り詰めていた。

「何よ?」
「シロウ、凛──サーヴァントがいます」
「え?」

 セイバーのその言葉が、俺と遠坂の周囲にある空気の温度を一挙に下げた。遠坂が膝を軽く曲げて身構える。
 俺も僅かに重心を低く保ち、頭の中に剣の構造図を作り出した。何故か浮かび上がったのは、アーチャーの操る双剣。まともに投影できれば武器としては使えるけれど……今の俺にそんな力はないだろう。だって言うのに何故か、『使える武器』を思い起こしたときまず浮かび上がったのはあの2本だった。

「セイバー、キャスターか?」
「いえ、違うようです」

 いつでも剣を投影できるように準備を済ませ、セイバーに問いかける。キャスター相手に俺がまともに戦えるとは思えないけれど、遠坂やセイバーから相手の目をそらさせることくらいはできる。
 だけど、セイバーの答えは予想とは違うものだった。そうして、彼女の返答に重なるように、男の声が夜の空に響いた。

「ふむ。今宵は艶やかな花が咲き誇る。眼福というものよ」

 ざあ、と風が流れる。枯れ葉が飛び散るのに思わず目をそらし、再び声の方向を向いたとき……彼が立っていた。
 夜風になびく長い髪は後頭部でまとめられ、その涼やかな目元は俺たちを柔らかく、だけど鋭く見つめている。
 深い青を基調とする和服と、その背に負った長い刀。恐らく……いや、確実に日本古来の英雄が具現化した姿だろう。

「……知らない顔ね」
「過去の英雄に知り合いはいないと思うぞ」

 遠坂の台詞に、思わずツッコミを入れてしまった。空気を読めないとは時々言われるけれど、それがこんなところで出るなんてな。

「貴様、サーヴァントか」

 一方セイバーだけは自分の剣を構え、まっすぐにその男を見上げて問うた。背中の剣を抜かないままの彼と、抜刀してはいるもののその剣が不可視であるセイバーとの対峙は、どこか絵になる光景だ。それも西洋風ではなく、日本画の方が合うだろう。

「我が名はセイバー。本来ならばここで一戦交えるところだが、今宵はその門の向こうに用がある。通してもらおう」

 セイバーの、凛とした声が響いた。そう、今夜ここに来た目的は柳洞寺のサーヴァントを倒すことじゃない、境内にいるはずの弓ねえを無事に連れ出すことだ。だから、できれば余計な戦闘は避けたい。あの男が横に避けてくれれば、それで話は済むはずだ。
 はずだったのだけど。

「お前たちの事情は知っている。だが、こちらにもこちらの事情というものがあってな……これ以上、門から先へは入れぬようにと主から命が下っている」

 そのサーヴァントは、楽しそうに微笑んで正門を塞ぐように立った。肩の上にちらりと見える、刀の柄に手を掛けて。
 俺たちをここから先には通さないという、その意思表示。

「ならば、力ずくで押し通るまで」

 それに答え、セイバーも見えない剣を構え直す。こちらが低い位置にいるという不利を感じさせない、堂々とした姿で。
 俺たちをここから先に進ませるという、その意思表示。

「──花を散らす趣味はないが、これも運命か」
「こちらも散る趣味はない。運命ならば受けて立とう、マスターに立ちふさがる障壁ならば打ち崩そう」

 2人のサーヴァントが相対する場に、俺と遠坂の出る幕はない。どちらからともなく数歩引き……つまり数段下に降り、その場を見つめていることしか俺たちにできることはない。あくまで人間であるところの魔術師と魔術師見習いが、英霊となった過去の英雄と戦って勝てる道理はないのだから。

「良い心がけだ」

 ゆっくりと刀を抜く男。鞘は夜風の中に消え去り、抜き放たれた刃が月の光を反射してきらめく。思わず解析しようとして、その前に俺の思考は、男の声によって止められた。

「我が名は佐々木小次郎。アサシンのサーヴァント」
「……え?」

 アサシン。
 『暗殺者』のクラスで呼ばれるサーヴァント。
 それが名乗るには相応しくない名前を、あいつは名乗った。いや、逆だ。あいつにそのクラスが相応しくないのだ。

「……佐々木小次郎って、暗殺者じゃないじゃないの」
「ああ、そうだな」

 遠坂の意見に、俺は素直に頷いた。大体、俺たちがあいつを見たときに全くそのクラス名が出てこなかったじゃないか。
 セイバーは俺のサーヴァント、アーチャーは遠坂のサーヴァント。バーサーカーはイリヤスフィール、とかいうあの白い子が、ライダーは慎二が連れている。マスターの分からないランサー、柳洞寺の奥にいるはずのキャスターを含めれば、既に6クラスが揃っており……遠坂の示した『標準的なクラス』に従えば残るはアサシン、ただ1つだけ。

「そうか、貴様がアサシンか。わたしの名は……」

 『佐々木小次郎』の名を知らないであろうセイバーは、何の疑問を持つこともなく自らも名乗ろうとした。って、俺には伏せておいてそれかよ。いや、向こうが名乗ったからだろう。

「いや、聞かずにおこう」
「えっ?」

 だから、正直アサシン──本人が名乗っているのだからそう呼ぶ──の制止には正直ほっとした。真名を知られることの意味を、セイバーは分かっているはずなのに名乗ろうとしたから。全く、困った奴だ。素直で良いのかもしれないけれど。

「何、こそこそと盗み聞きをしている女狐などには、可憐なる花の名を知られたくないというだけの話よ。あの魔女、花を汚して手折るのが趣味と見える」

 薄く笑みを浮かべながら、アサシンがちらりと自分の背後を伺った。そこにあるのは、柳洞寺の山門……その向こうはアサシン言うところの女狐にして魔女、即ち推定キャスターの領域だ。そうして……あの中に。

「アサシン、わたしたちの前に1人、女の人が来たでしょう。彼女はどうしたの?」

 俺の代わりに遠坂が口を開く。俺が尋ねたらきっと、毒を吐いてしまいそうだったから助かった。うん、アーチャーがいてくれてるはずだからきっと大丈夫なのだろうと、俺は信じている。

「ふむ、あの豪奢な娘か。魔女のところだ……赤い外套の騎士がたどり着いているはず。そう案ずることもなかろう」

 そして、アサシンの答えが俺の思考を補強してくれた。
 赤い外套……赤と黒の背中。あいつがついていてくれるなら、弓ねえは大丈夫。
 何の根拠もなく、そう思った。そうして1つだけ、疑問が心に浮かぶ。

「止めなかったのか? アーチャーのこと」

 浮かんだ疑問を口にした途端、アサシンの視線が俺に向き直ったのが分かった。冬の夜に、温度のない視線が俺をまっすぐに見つめている。
 ああ、こいつはどこかセイバーと同じ存在なのだ、とその時俺は根拠もなくそう思った。まっすぐで、まっすぐすぎて、いつしか行き着いてしまった存在なんだと。
 そう思った瞬間、不意にアーチャーの姿が頭をよぎった。
 あいつも、どこかの誰かが『行き着いてしまった』存在なんだろうか。

「魔女が私に命じたは、赤毛の少年と少女騎士を止めること。かの騎士は数には入っておらぬよ」

 そんな俺の思いを知ることなく、アサシンは飄々と答えてのけた。なるほど、そう命令されたのなら弓ねえとアーチャーは歩みを止める対象じゃない。少なくともキャスターは弓ねえを自分のところに引き寄せたかったのだから、彼女を止める理由はない。俺とセイバーは確実に弓ねえを追ってくると読んで、それを止めるためにアサシンをここに配備したのだろう。
 ……待て。何かおかしい。
 『魔女が命じた』?

「待てよ。何でキャスターがお前に命令するんだ? お前のマスターは何やってるんだよ」
「ふむ。その問いにはこう答えよう。お前たちの言う『キャスター』と『マスター』とは、同じ者であると」

 あくまで自分の感情を表に出すことなく、淡々と俺の問いに答えるアサシン。それは、聖杯戦争を俺より詳しく知っている遠坂には異常事態として受け取られたらしい。一瞬にして、俺のそばにいる彼女の纏う気が変化したのがそちらを見なくても分かる。

「ちょっと、何よそれ! サーヴァントに召喚されたサーヴァントですって!?」
「……反則、なんだな? 遠坂」
「当たり前でしょ、わたしと士郎が同盟結んでるのとはわけが違うのよ。常に2騎のサーヴァントが組んでいることになるんだから」

 遠坂の顔は真っ赤で、見事に怒りの形相を浮かび上がらせている。そして、彼女の言いたいことは俺にも何となく分かった。
 7騎のサーヴァントは聖杯を競い合う敵同士。俺と遠坂は、主にバーサーカー対策のために組んでいるようなものだ。俺自身としては遠坂と戦いたくはないのだけど、向こうはやる気満々っぽい。だから、その時が来れば嫌でも戦わなくてはならなくなるだろう。
 だけど、キャスターがアサシンのマスターだというのはそれとは事情が違う。アサシンはキャスターの命に従い、戦わなくちゃならない。そうでなければ……多分、令呪を行使されるだろう。それはつまり、キャスターのマスターはキャスターとアサシン、2人のサーヴァントを同時に従えているということで。
 確かに反則だろう。相手がバーサーカーでもなければ、前衛たる剣士と後衛たる魔術師の組み合わせはお互いを上手く使うことで最強と言っていいんじゃないかな。
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