Fate/gold knight 15.ぐんじょうのやいば
「話が逸れたな。先ほども言ったが、お前たちをこれ以上先に進めるわけにはいかぬ。いざ尋常に勝負いたせ」
くすり、と僅かに笑みを浮かべたまま、アサシンが刀を構え直す。あいつが佐々木小次郎ならば、あの長い刀はつまり物干し竿の名で呼ばれる、奴の愛刀。燕を切り落とす技を習得した、あれが奴の英霊……いや、サーヴァントとしての武器なのだろう。
「受けて立とう。シロウ、凛、下がっていてください」
「……任せた、セイバー」
「了解」
……しかし、姉上が推定ピンチだというのに俺は何をやっているんだろう。いや、アーチャーの奴が行ってくれているから大丈夫のはずだ。アーチャー、姉貴に何かあったら石握ってぶん殴るからな。ついでに投影刀剣の実験台になって貰おう、切れ味の確認もしたいし。
そうして、サーヴァント同士の戦いが始まった。西洋系の、恐らくは両手剣を操るセイバーと、長いとはいえ日本刀を操るアサシン。戦い方が違うとはいえ剣士の戦闘は、かなりの見物となった。
セイバーは力で押す。西洋剣は敵を斬るというよりは叩き潰すための武器。それを易々と操り、一歩また一歩と前進していく。華奢な容姿と体格でありながらそれは、まるで重戦車のようだと俺には思えた。
対するアサシンは、技術と手数で押す。まともに打撃を受ければ、恐らく日本刀は使い物にならなくなる。少なくとも刃に歪みが生じ、自分の思ったように動かすことが適わなくなるということが分かっているのだろう。アサシンは力任せに叩きつけられるセイバーの剣を巧みにいなし、受け流す。奴の方が石段の上部にいるということもあり、上から押さえつけるように放たれる剣戟がセイバーの歩みをのろのろとした速度でしか許さない。いや、今の数撃でセイバーの足は一歩引いた。
「……まだまだぁっ!」
「ふむ。力だけでは敵を制することはできぬぞ?」
「くっ……分かって、いるっ……!」
早く先に進もうと焦っているセイバーに対し、アサシンの表情は涼しいものだ。それもそうか、アサシンはセイバーをできるだけ長く抑えられれば良いわけだからな。
位置の高低、心理状況……本来ならばもっと優位に立ってもいいセイバーが劣勢に立たされている。見えない剣が描くのに、軌跡が光って見えるというのは奇妙なものだけれど、その曲線がアサシンの刀に触れるか触れないかの位置から微妙に歪むのが見て取れる。この状況、イレギュラー無くして打開はできないかもしれない。
……と。ここまで考えて、意外に落ち着き払っている自分に少し驚いた。弓ねえがあいつの向こう側にいるのは分かっている、だから一刻も早く行きたいはずなのに、何で俺はここまで落ち着いているんだか。
その理由は、2人のサーヴァントが互いに一歩引いた次の瞬間にはっきりした。すぐそばの森の中から塀の上を越えて山門の中へ──赤い雨が降り注いだのだ。
「え? 何っ?」
遠坂が唖然と見送る。山門の中からはざざざと激しく地面を穿つ音が聞こえ、何かが壊れていくような音がそこに混じる。おいおい、誰だか知らないけれどまさか、柳洞寺の建物破壊してるわけじゃないよな?
「どけっ!」
破壊音に紛れるように、山門の中から赤い何かが飛び出してきた。そいつの叫びに、さすがのアサシンも思わず身を引く。まさか石段上でぶつかるわけにもいかないからな。
「えっ!?」
一瞬ぽかんとあっけにとられたセイバーも、慌てて数段下がる。たった今まで戦っていた2人のサーヴァントの間……アサシンが足場としていた踊り場の部分に、その赤い何かは器用に着地した。足を踏み外さなかったのは、英霊故の能力の高さに起因するものだと思っておこう。
「……ふん。遅かったな」
すっくと立ち上がったその姿は、俺より頭1つ以上高い男。赤い外套を纏ったアーチャーの腕の中に、パジャマ姿の弓ねえが縮こまっていた。何かに怯えるようにしっかりと目を閉じ、両の手で耳を塞いで。
「アーチャー! 弓ねえ!」
思わず、周囲の安全確認もしないままアーチャーに駆け寄る。俺の声が届いているはずなのに、弓ねえは目を開けない。衣服に乱れはなさそうだけど、キャスターに何かされていたのかもしれない。いや、されかけてアーチャーに助けられたのだと思っておく。そう思わなくちゃやってられない、というかもし間に合わなかったのであれば目の前の気障野郎をぶん殴るつもりだけど。
「無事でしたか、ユミ、アーチャー」
何故か不機嫌そうな顔をしたセイバーが、顔と同じ感情を口調にこめてぼそりと呟く。ああ、きっと戦いの邪魔をされたのが気に食わなかったんだな。彼女の向こうに見えるアサシンは……あれ、あっちは何だか愉快げな表情だ。戦いの邪魔をされたっていうのはあいつも一緒なのに、何故だろう。
「まあな。戦に割り込んで済まなかった、セイバー」
「む……」
アサシンとどこか似通った涼しげな顔で、赤の騎士は本心からとはあまり思えない謝罪の言葉を吐き出す。心からではない謝罪にセイバーの機嫌はやはり直らなくて、ちらちらと俺に投げかけてくる視線が痛い。もしかしてセイバー、俺からアーチャーに文句を言って欲しいのかな。自分で言えばいいだろうに……弓ねえに気を遣ってくれているのならありがたいんだけど。
でもセイバー、そもそもお前が機嫌を損ねたのはアサシンとの対決を邪魔されたからだけど、それは本末転倒って言わないか?
俺たちがここに来たのは、弓ねえを助けるためだったんだから。
そして、アーチャーは先行してくれて、弓ねえを助けてくれたんだから。
だから、そのアーチャーに対して怒るのはおかしい、と俺は思う。
「衛宮士郎」
「え?」
そんなことを考えていたら、不意に名前を呼ばれた。はっと顔を向けると、その視界を覆うのはふわふわした金色の髪。
「そら、彼女も無事だ。受け取れ」
「おわっ」
慌てて差し出した腕の中に、小柄な姉上の身体がすっぽりと収まる。触れてみて初めて分かったけれど弓ねえは小刻みに震えていて、顔を上げようとしない。もしかしたら、アーチャーから俺に渡されたことにも気付いていないんじゃないだろうか。
俺が弓ねえを受け取ったのを見届けたかのように、アーチャーが背中を向けた。その手には干将莫耶……恐らくは、セイバーと共に俺たちを守る盾になるつもりなのだろう。……遠坂と弓ねえを、かな? 俺はついでで。
まあいい。ついででも、守ってもらえるだけめっけものだ。正直、俺はサーヴァント相手に勝てる戦いはできないんだから。
「……ぅ……」
「弓ねえ? 大丈夫か、弓ねえ?」
アサシンはセイバーとアーチャーに任せることにして、俺は弓ねえを抱え直す。そばに来てくれた遠坂と一緒に、ぎゅっと身を縮こまらせたままの姉貴に声を掛けた。耳を押さえたまま動かない弓ねえの肩を、遠坂が軽く叩く。
「弓美さん、迎えに来たわよ。もう大丈夫よ……多分」
「ぁ……?」
俺の声は届かなかったのかもしれないけれど、肩を叩かれたことで姉貴が反応した。おずおずと顔を上げ、どこか虚ろな目が遠坂を確認する。弓ねえのこんな顔は見たこと無い……いや、ある。
『……アー……チャー……?』
一度は、召喚されたばかりのセイバーに刃を向けられたとき。
『……あの教会には、入りたくない。入れない』
今一度は、言峰の教会の前で。
こんちくしょう。
セイバーはいいんだ。後で事情は分かったし、今はセイバーも弓ねえのことを納得してくれているから。
何でこう、あの教会がついて回るんだろう。
あの教会と、その中で何かを楽しそうに嘲笑っているあの神父が。
弓ねえのことを知っているらしい、言峰綺礼が。
「りん?」
頭の中で言峰の顔を思い浮かべかけた瞬間、弓ねえの声がその幻をかき消した。慌てて視界に入れた姉の顔は、まだぼんやりしてはいたけれどちゃんと自分を取り戻し始めているようで、俺は少しほっとした。
「そうよ、わたしよ。弓美さん、しっかりしてちょうだい。ほら、士郎もいるんだから」
遠坂が俺の名前を出し、そして俺に視線を向ける。その目は弟ならしっかり守れと叱咤しているようで、俺はつられるように弓ねえを抱え直した。その僅かな振動の原因に思い当たったようで、姉の赤い目が俺に向けられた。
「……しろう?」
「弓ねえ」
ああ、良かった。ちゃんと俺の名前も呼んでくれた。もう大丈夫だろうと俺が思った次の瞬間、俺の首に弓ねえがしがみつく。あー、ふわふわの髪の毛から良い香りが……って、違う!
「士郎、士郎っ!」
「え、あ、うんちょっと、弓ねえ!?」
サーヴァントという存在は、得てして人間より強いもんである。この姉上もその例外ではなく、結果として俺は首根っこにしがみついた姉上のおかげで息苦しい状態になってしまった。こら遠坂、ぽかーんと見てるだけか止めてくれ頼む。
「ろろロープロープ、苦しいってば!」
「うぅ……えぐ、えぐ……」
ともかくタップ。うん、ちゃんと分かってくれたみたいで腕の力が緩んだ……けど、やっぱり姉は俺にしがみついたまま、顔を上げようともしない。……よっぽど怖かったのか、何かあったんだろうな。
さすがに姉でサーヴァントとはいえ女の子が自分にしがみついて泣いているのを、無理矢理引きはがすほど俺は馬鹿じゃない。背中をぽんぽん叩いてやって、何とか落ち着かせることに専念する。
「遅くなってごめん……大丈夫か?」
「……う、うむ……大丈夫、だ……」
顔を上げないまま、やっと弓ねえが答えてくれた。うん、大丈夫ならいいんだ。良かった、間に合って。
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