Fate/gold knight 15.ぐんじょうのやいば
「……花は汚されることなく戻ったか。それは重畳」

 同じことを、アサシンの奴も考えていたようだ。投げかけられた言葉はどこか暖かくて、見上げた顔は楽しそうに笑っている。セイバーとアーチャーの背中はまだ緊張したままだけど、どうもアサシンの方はこれ以上戦いを続ける気はなさそうだ。俺が楽観的過ぎる、と言われたらそれまでだが。

「アサシン。貴方のマスターが失敗したのだろう? 笑っていて良いのか」
「何、あの女狐が失敗したのだ。私にとっては良い酒の肴よ」
「ふむ……機会があれば是非酒を酌み交わしたいものだ」

 セイバーの問いに涼しげな顔をして答えるアサシン、そして俺からは表情を伺うことは出来ないけれどやっぱり笑っているであろうアーチャー。うん、やはりこれ以上の戦闘は起きそうにない。起きるにしても、俺は弓ねえを連れてこの場を脱出することを最優先にさせて貰うけどな。これは、遠坂も同意見なんじゃないだろうか。

「お酒はともかく。弓美さんも無事だったみたいだし、今日はこのまま引きたいんだけどいいかしら? アサシン」

 ほら。
 思った通り遠坂も、俺と同じ意見だ。大体、遠坂は弓ねえのことを心配して出てきてくれたんだからな。その弓ねえが無事なら、このままむやみに突っ込んでいく理由なんて無い。
 あとは、アサシンが頷いてくれるかどうかだけど……

「それが良い。追撃の命は出ておらぬ、早々に戻り、ゆるりと休め」

 ……思ったよりもすんなりと、アサシンはそう言った。
 ああ、良かった。
 佐々木小次郎という人物を、俺は詳しく知らない。
 知らないけれど、少なくとも今俺たちの前にいるこいつは、この状況でなおも戦いを続けようとするような相手ではなかった。
 まあ、セイバーや弓ねえを花に例える相手だもんなあ。どっちも怒らせると怖いし、戦力としては申し分ないのだけれど。

「……シロウ」

 その片方であるセイバーは、さすがに戦闘を途中で止められたことにご不満の様子。彼女としては、せっかくだから今のうちに1人でも敵を倒しておきたいのだろうけど。しかし、こっちは準備も不十分だしな。相手の戦力が判明しただけでもありがたいと思って欲しいもんだ。

「セイバー、聞いての通りだ。今日は戦いに来たんじゃない、引くぞ」
「……分かりました。マスターの命とあらば、致し方ありません」

 でも、こちらが少し強気の口調で答えたら不承不承ながらも引いてくれた。両手をだらんと下ろしたところを見ると、見えない剣はしまってくれたようだ。よし、ちゃんと撤退してくれるだろう。よかった。
 あー。何だか明日明後日くらい、うちの道場で俺をこてんぱんにのすセイバーの姿が幻として見えたような気がするけれど、気のせいにしておこう。ここで先走った結果、その幻が幻でしか無くなるなんてのはさすがに嫌だ。いや、幻でなくても嫌だけど。
 弓ねえを抱えたまま……弓ねえに首根っこにしがみつかれたままそんなことを考えていた俺の視界を、赤と黒がすいと占領した。はっと見上げると、灰色の目が俺を見下ろしている。

「行くぞ、衛宮士郎。弓美を休ませるのだろう、先導する。凛も、早く」
「あ、ああ」

 俺には冷たい口調でそう言い放ちながら、こいつは弓ねえの金の髪をそっと手で撫でて背中を向けた。
 ……アーチャー、お前弓ねえには甘いよな。ほら、遠坂も何か不機嫌そうだぞ。マスターよりよそのサーヴァントに甘いなんてどういうことだ、って顔をしている。でもまあ、俺の大事な姉貴を助けてくれたのは事実だからここは大人しく黙っておこう。

「弓ねえ、帰るぞ」
「……うん」

 一言声を掛けると、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で返事が戻ってきた。それで良い、それ以上は望まない。俺の腕の中に、大事な姉がちゃんと存在してる、それだけで。よし、帰ろう。

「……何でわたしより弓美さんの方が優先なんだか。ま、いいわ」

 振り返って石段を下り始めた俺の背後で、遠坂があからさまに溜息をつく。アーチャーのことを言っているんだろうなあ……確かに、何でか知らないけれどあいつは姉貴に構ってくれる。今夜だってそうだ。弓ねえが出て行ったことに気付いたのも、その弓ねえを追いかけてくれたのも、そしてキャスターの手から助け出してくれたのも、全部アーチャーだ。

「絶対アーチャー、士郎の前世よ。輪廻転生ってものがあるかどうかは知らないけれど、少なくともこれだけは確信した」
「だからなんでさ」

 うんうんと頷いているであろう遠坂の、怒りというか呆れというかそこら辺のオーラを背中に感じながら、ゆっくり石段を踏みしめる。少し先……俺から見ると下側になるんだけど、そこにアーチャーがこちらを肩越しに振り返っているのが見える。おい、もしかして俺……が抱えている姉貴待ってるか?
 その顔が本当に他人を案じている顔だったせいで、遠坂の荒唐無稽な推測もあながち間違いじゃないと思えてしまった。本人としては感情を隠しているつもりだろうけれど、俺には分かるぞアーチャー。英霊とはいえまだまだ甘い。
 と、そのアーチャーの視線が俺の背後に逸れたような気がして思わず振り返った。一瞬目が合った遠坂も、俺につられてか自分の背後に視線を向ける。
 そこにいるのはセイバーと、アサシン。雲の切れ間から差し込む月の光に照らされて、青と銀の2人はお互いをじっと見つめていた。しばらく音もないまま時が流れ……一陣の風が枯れ葉を巻き上げるのを合図にしたかのように、アサシンの方が口を開いた。

「セイバーよ。機会があれば、また仕合いたいものだ」
「私もです。この決着は、いずれ」

 セイバーも深く頷き、答える。そうして、自分に視線を向けている俺たちに向き直って彼女は、少し怒ったような口調で言ってくれた。というか、青筋立ってるのが見えるようなんですけれど。

「さあ、帰りますよ。きりきり歩いて帰りましょう、護衛はきちんと致しますのでマスター、あなたはユミをお守りください」

 ……俺、自分の姉貴を迎えに来ただけなのに、何でこんな目で見られるんだろう。
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