Fate/gold knight 16.にじいろあさげ
「セイバー、勘が良いわね。恐らくその老人、間桐臓硯だわ」
「ゾウケン?」

 聞き慣れない、堅苦しい名前を挙げた当人……遠坂は、いつものようにびしりと人差し指を立てている。説明モードに入っていることが仕草で分かるから、俺たちとしては彼女の説明に耳を傾けざるを得ない。正直助かるけど。

「そう。100年だか200年だかにわたって間桐の当主を務めているという、恐るべき老人。言っちゃ何だけど、もう化け物の域よね」
「当主? ……あ、そうか」

 この際、年齢は置いておくことにした。魔術師の中には何らかの手段で自分の寿命を伸ばしている者がいるということくらい、俺にでも分かる。魔術師の究極の目的は『根源』を目指すこと……その目的のために、普通ならば己の子孫に引き継がせるべき課題を、自分1人で背負うような者がいないとは限らない。
 それに、遠坂は今の間桐の人間には魔術回路がないと言った。完全に失われたのは先代……この場合は恐らく、慎二の父親だろう。とすれば、その前の世代にはまだ、残っている。

「そういうこと。慎二には魔術を扱える能力は無いけれど、臓硯ならまだその能力は保持しているはず……そうか」
「つまり、間桐慎二の参戦にもその臓硯が絡んでいる可能性がある。そういうことだな、凛」
「うん。というか、そうでもなければ説明できない。慎二にはサーヴァントを呼び出す能力なんて、これっぽっちもないんだから」

 アーチャーの呈した疑問に、遠坂は深く頷いて答えた。確かにそうだとすればつじつまが合う。
 だけど、何だろう。
 俺はどうして、そこに何かぽっかりとした空白を感じているんだろう。
 そして。

 そこに桜を書き込みたくなってしまうんだろう。
 彼女は関係ないと、他でもない慎二が言ったのに。

「士郎?」

 はっと気がつくと、目の前に姉とセイバーの顔があった。不思議そうに俺の顔を覗き込んでいる弓ねえの表情は、いつもの彼女のもの。昨晩の、小さく縮こまっていた少女のものではなかったことに、ちょっと胸をなで下ろした。

「あ、うん。大丈夫」
「顔色が悪いですよ。休んだ方が」
「セイバーまで……本当に大丈夫だから。俺無駄に健康だし、セイバーのおかげもあるからさ」

 そう言って、笑ってみせる。本当に我慢しているわけでもなく、体調が悪いわけでもない。もし顔色が悪く見えるのならばそれは多分、精神的な要因からだろう。だけど、それを表に出してしまったらセイバーや、何よりも弓ねえに心配を掛けてしまうことになるから俺は、口に出さない。大丈夫、大丈夫と繰り返すのは、自分に言い聞かせている言葉でもあるのだ。

「──そうか。士郎がそう言うのであれば、我の思い過ごしであろう。体調不良などを我慢していることが分かれば、許さぬからの」
「はい、それはもう」

 だから姉貴、可愛い顔で睨み付けるのはやめてくれ。外見とのギャップで世の中が信じられなくなるくらい本気で怖いんだからな、姉貴の『許さぬ』は。

「あー。弓美、すまないがそこまでだ。凛、衛宮士郎、学校へ行くのならばそろそろ出なければ間に合わんぞ」

 そして、空気の読めないこの男のおかげで、俺と遠坂は揃って遅刻して冷やかされる、という公開処刑から逃れることができたのだった。特に一成なんか、俺と遠坂が並んで歩いてるだけで烈火のごとくお怒りだからな。
 ──柳洞一成。俺の親友で、穂群原学園の生徒会長で、柳洞寺住職の末息子。
 柳洞寺には、キャスターがいた。
 それはつまり、一成や零観さんや住職が、奴の人質に取られているも同然だということ。

「シロウ」
「士郎」

 2つの声が、同時に俺の名を呼ぶ。顔を上げたとき、そこにいたのは2色の金色の女の子。

「ご安心を。キャスターは必ず倒します」

 まっすぐに俺を見つめ、胸に手を当てて誓いを立てるかのように言い放つセイバー。

「あの年増には昨夜の借りを10倍、100倍にして返却せねば気が済まぬ。案ずるな士郎、零観も一成も住職も、傷1つ負わせぬ」

 腕を組み、苦々しげながらも自信満々の表情で宣言してみせる弓ねえ。
 ……俺は、どこまで行っても女の子に守られて、救われるだけの存在。

「……ありがとう。それじゃ、学校、行ってくる」

 せめて、そんなことを顔に出さないようにと笑ってあいさつする。頑張って、セイバーも弓ねえも守れるくらい強くなるから、という決意をこめて。
 俺の内心が分かったのか、遠坂は肩をすくめて俺たちを見比べていた。それから、アーチャーが持ってきたコートに袖を通しながら立ち上がる。弁当を放り込んだカバンを2つ……1つは俺のをぶら下げて。

「じゃあ、行ってきます。セイバー、弓美さんを頼んだわよ」
「はい、お任せを」
「だから何で遠坂が言うんだよ」

 ふて腐れながら彼女からカバンを受け取り、玄関に向かう。いいさ、どうせ俺はそういう存在さ。見てろ遠坂、俺だって男で正義の味方志望の魔術師見習いなんだ。お前より強くなってみせる……どうしてもそんな未来図が想像できないのは内緒だぞ。

「では、後は頼む」

 ふい、とアーチャーの姿がかき消える。食事を作ってくれたり、俺たち……俺はおまけだけど……の護衛をしてくれるアーチャーには、本当にいろいろありがたいと思っている。慎二はセイバーと思いこんでいるけれど。

「あ、慎二……」

 それで思い出した。
 昨日、聖杯戦争のマスターだと名乗り、俺に同盟を申し込んできた桜の兄貴、間桐慎二。
 今日、学校にあいつが来ているのならば、きちんと申し渡さないとな。
 俺は遠坂と組んでいるから、お前とは組めないって。
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