Fate/gold knight 17.むらさきのだんぜつ
「なっ!? と、遠坂……」
うろたえる慎二とは対照的に、いつものように自信満々の笑みを浮かべている遠坂はことさらゆっくりと歩みを進める。そして、俺と肩を並べた。遠坂の言葉よりも何よりも、今俺たちがこうやって並んでいるその姿こそがどうやら、慎二にダメージを与えたようだ。見ろよ、どこか芝居がかってるみたいに足元よろめかせてる。
「まあ、そういうわけだから。ね、衛宮くん?」
「ああ、そういうことだ。悪い、慎二」
何となく、言葉も合わせる。それでトドメになったのだろうか、慎二の顔が歪んだ。眉間にしわを寄せ、俺と遠坂を睨み付けてくる。けれど顔色は青ざめていて、確実に自分が不利であることは悟っているようだ。
「できれば俺は、お前とも戦いたくなかった。だからお前とも組めないかどうか、遠坂と相談したんだけど……ごめん。慎二、お前と同盟は組めない」
そこに、さらに俺の言葉で追い打ちを掛ける。これはつまり、自分自身にけじめを付けるための決別の言葉でもある。これ以降、聖杯戦争において衛宮士郎は間桐慎二を敵と見なし、遠坂凛を味方として行動するという宣言だ。
「ちっ……そうかいそうかい、分かったよ」
ぎろり、と睨み付ける慎二の目には、憎しみの色だけがあった。ああ、これで完璧に敵認定されたな。聖杯戦争だけじゃなく、日常においても。
慎二は自分の周囲にいる人間を「敵」と「味方」にきっちり分ける性癖がある。「味方」とは大概「手下」のことであり、「敵」とはつまり「叩き潰すべき存在」もしくは「弱みを握って利用する存在」であるらしい。ちなみにこの場合、美綴や弓ねえは「敵」扱いらしいが……まあ、慎二に叩き潰せるとは思っていない。返り討ちに遭うのが関の山だ。さて、俺はどうなることやら。
「覚えておけよ、衛宮! 僕を仲間にしなかったことを、思いっきり後悔させてやるからな!」
いかにも小者っぽい台詞を吐くのは何でだろうな。そんなことを言われても、こちらとしてはあまり後悔するような事態が思い浮かばない……ああ、1つだけ。
「そっちこそ、桜に八つ当たりでもしてみろ。聖杯戦争のことを除いても俺と弓ねえが許さない。藤ねえも放っちゃおかないだろうな」
そう。心配なのは慎二の妹である桜のことだけ。それは遠坂も同様だったらしく、一歩踏み出した彼女の顔はさっきの慎二よりもずっと怒りにまみれていた。……いや、怒りというよりは何だろう……白眼視? うーん、違うなあ。いろんな感情が入り交じっているように、俺には見える。その全てが負の感情だというのが気が重い。
「そうね。わたしも許さないわよ、そんな小物じみた真似なんて。まあ、間桐の後継者ともあろうお方がそぉんなことをするはずがないわよねえ?」
「う、うるさいうるさいうるさい! くっそう、覚えてろー!」
俺よりはるかに迫力のある遠坂にビビったようで、慎二は転がるように逃げ出していった。何度かつまずきながら走り去っていく慎二の後ろ姿を見送って、俺はほうと息を漏らした。ああ、これで友人を1人、失ったんだなあ。多分、永遠に。
「──言うじゃない。衛宮くん」
とん、と肩に重みが掛かった。視線を向けると、俺の肩には遠坂の手が置かれている。先ほどの怒りの表情はどこへやら、遠坂はすっかりいつものやわらかな笑みを浮かべていた。すごいな、感情の切り替えがこんなに早くできるなんて……ああ、姉上どももそうか。
「俺だって、このくらいのことは言うさ」
それはともかく、俺は溜息を1つついて髪を掻き回した。
慎二は悪い奴じゃないけれど気分屋で、その日によっては相手が女の子でも簡単に手を挙げる。あいつにはストッパーが必要だったのだと思い知らされたのは、桜が慎二から暴力を受けていたことを知った日だった。それからは俺がストッパーになれればいい、とそう思っていたのだけど……それも、今日で終わり。
あいつを止める奴がいなくなった後一番心配なのは、1つ屋根の下で暮らしている妹・桜のことだから。
「桜は俺にとって妹みたいな奴なんだ。兄貴が妹に暴力を振るうなんてそんなこと、許せない」
「お姉さんは振るうのに?」
う゛。遠坂、鋭いツッコミ。でもお前、うちの姉を何だと思ってるんだ。確かに暴君なのは事実だがっ。
「弓ねえも藤ねえも、何だかんだで手加減してくれてるしな。それに、さりげなくフォローが手堅い」
「ふーん。まあ、確かに藤村先生も弓美さんも、士郎には甘いもんねえ」
あのな、遠坂。そのニヤニヤ笑いはやめろよ。お前の背後でアーチャーが呆れて肩をすくめてるぞ。多分、今俺が浮かべてる同じ表情をして。
まあ、姉2人が俺に甘いであろうことも事実だけど。比較対象が無いからいまいち分かりにくいけどな。
慎二がいなくなった頃を見計らい、遠坂と2人……正確にはアーチャーを含め3人で校門へと向かう。少し待たせたにもかかわらず弓ねえは腹を立てることもなく、セイバーと一緒に待っていてくれた。
「士郎。慎二がえらくご立腹だったようだが、何ぞあったか?」
いつものように腕を組んだポーズで、姉貴はどこかつまらなそうな顔をしている。元々仲の良くない慎二が不機嫌だったところで、この金の姉はいい気味だと鼻で笑うはずだ。……そうでないのは多分、慎二がぶつぶつと独り言でも呟いていたんだろう。機嫌が悪いときの慎二には時々あることだ。そしてその呟きの中に、俺や遠坂の名前が出ていたとすれば。
「シロウ」
セイバーもどこか訝しげな顔をして一歩前に踏み出す。ああ、状況をちゃんと説明しておかなくっちゃな。
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