Fate/gold knight 17.むらさきのだんぜつ
「ああ、慎二から申し出のあった同盟を、さっき断った。慎二とライダーは、これから俺たちの敵ってことになる」

 簡潔に説明すると、金の2人も納得したように頷いてくれた。弓ねえの表情が不満顔から、獲物を見つけた獣のような表情に変化する。

「うむ、任せよ。慎二にはとっておきの灸をすえてくれようぞ」

 前言訂正。弄り甲斐のある玩具を見つけた猫の表情だ。慎二、お前弓ねえに玩具にしか思われてないぞ。次に会ったらいびられるから覚悟しておいてくれ。
 その一方で、セイバーは表情をほとんど変えなかった。一度目を閉じ、そうして開かれた青い瞳は俺をまっすぐに見つめてくる。

「分かりました。──マスターのシンジではなく、ライダーを倒せばよろしいのですね、シロウ」

 サーヴァントとしての、聖杯戦争における役割……それは敵対するマスターもしくはサーヴァントを滅ぼし、己が仕えるマスターを勝利へと導くというもの。あくまでも己の立ち位置を見失わず、セイバーは自分が為すべきことをちゃんと把握してくれた。
 本当ならば、サーヴァントよりマスターを倒す方が簡単だろう。ライダーに弄ばれた俺でも、慎二ならどうにか相手にできる。相手の隙を突くことさえできれば、殺さなくったって無力化くらいはできるはずだ。

「すまない、セイバー」
「まったく、甘いことだ」
「黙りなさい、アーチャー。我がマスターがそうと決めたのであれば、私はサーヴァントとしてそれに従うまでです」

 俺を鼻で笑うアーチャーに、セイバーが眉をひそめながら反論する。うん、確かに俺は甘い。アーチャーに笑われても仕方のないことだ。
 けれどセイバーは、難易度の高いサーヴァントを倒すという方法を選んでくれた。俺の……少なくとも俺自身はまだ友人だと思っている慎二を手に掛けないと、彼女はそう言ってくれたんだ。生きてさえいれば……生命さえあればきっと何とかなるだろう、そう俺は信じている。

「慎二はそもそもあまり前には出てこないタイプだし、武道に通じているわけでもない。サーヴァントが倒されたら、素直に引っ込むはずだ」
「そうね。ライダーさえ倒してしまえばあの腰抜け、どうにかなるはずよ。事情説明もされているでしょうし、生き延びられたら多分自分で教会に逃げ込むと思うわ」

 俺の意見に遠坂も賛同してくれた。弓ねえは同じように腕を組んでうんうんと頷く俺と遠坂をしばらく見比べて、弓ねえもゆったりと1つ頷いた。まるで良きに計らえ、とでも言うかのように……あ、言ってるのかなもしかして。

「まあ、士郎の要望であるからの。何、全てが終わった後に我があの馬鹿者を根底から叩き直してくれるわ。あの大馬鹿野郎、一度や二度締め上げたくらいでは改心せぬであろうし」

 全てが終わった後。
 きっとほんの数日後に訪れるであろうそれが、どれだけ遠く思えることか。
 だけど、来ないはずはないと信じて俺は頷いた。ここにいる誰もが……そして慎二も、その日まで生き延びることを信じて。

「ああ、それは頼むぞ弓ねえ。何なら藤ねえも付ける」
「ふふ、それは大変に心強い。大河はあれでもきちんと教師をしておる故、再教育には」
「……うわあ。慎二、ご愁傷様ねえ」
「……生き地獄、ですね……」

 顔をしかめる遠坂の隣で、セイバーは小さく溜息をついていた。うん、セイバーの想像する生き地獄っていうのがどういうものかは分からないけれど、方向性としては同じようなものだと思うぞ。


 そんなこんなで、実体化したアーチャーも含めて5人でマウント深山商店街を回る。旬の野菜や魚なんかを大量に仕入れ、一息をつく。

「む。シロウ、タイヤキの匂いがします」

 ひくひくと鼻を動かすセイバー。お前はほんとに犬か。でもまあ、夕食の前に軽く1つ食べるくらいなら構わないだろう。多分セイバー、今何か腹に入れておかないと暴れる可能性がある。腹減ったーって……どこが過去の英雄なんだろうなあ。まあ英雄ったって腹は減るもんだろうけど。

「ああ、いいよ。1袋買ってくる、少し待っていてくれ」
「アーチャー、一緒に行ってきなさい」
「何で男が2人してタイヤキを大量に買ってこなければならんのだ」

 遠坂がアーチャーに指示したのは俺の護衛、ってことなんだろうけれど、奴は大層に不満げな顔をした。あ、頬が少し膨れてる。うん、野郎が2人連れだってタイヤキ買うのは学校帰り同士ならともかく、今のお互いでは微妙だな。

「ならば我が行こう。良いな?」

 こういうときに進み出てくれる姉上は大変にありがたい。ほら、あかいあくまも渋々「それならいいか」って引き下がってくれたし。ってアーチャー、あからさまにほっとした顔すんな。俺だってお前と買いに行くのは正直ごめんだよ。

「あー、すまん。弓美、頼むぞ」
「任せおけ。何ぞあったら可愛らしく悲鳴でもあげてやるぞえ?」
「似合わないからやめてくれ、弓ねえ。あんたは悲鳴の前に相手ねじ伏せるだろうが」
「そうですね。ユミには愛らしい悲鳴は似合わないと、私も思います」

 セイバーと珍しく意見が合った。姉貴はぷうと頬を膨らませたけれど、衛宮弓美の人となりを少しでも知っていれば皆同意見だと俺は思う。「それじゃ、さっさと行ってらっしゃいな」という遠坂の言葉に押されるように、俺と姉貴は江戸前屋に向かった。1袋、だと何となく足りなさそうな気がしたので2袋買うことにする。俺が1つ、姉貴が1つ。出来たてなので温かい。

「ふむ、いつものことながら良い香りだのう。これは早めに帰らねばなるまい」
「はいはい、ちゃんとお茶淹れるから」

 苦笑しつつ、姉と2人道を歩く。日が傾いていて、金色の姉は僅かに赤がかって見えた。それはまるで、あの少女と対照的な色で──

「んふ。お兄ちゃん、みーつけた」

 ──その対照的な色が、そこにぽつんと置かれている。
 忘れるはずもない。
 あの時は月の光にきらめいていた、銀色の髪。
 全てを引きずり込むような、赤い瞳。

「こんにちは、お兄ちゃん。ユミも元気そうね」

 黄金の弓ねえと対照的な、白銀の少女。
 バーサーカーのマスター、イリヤスフィール=フォン=アインツベルンは平然と笑みを浮かべながら、商店街の人混みの中に立っていた。
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