Fate/gold knight 18.しろいまぼろし
「……やっぱばれてたか。そうね、帰るわ」
「当たり前だ。疾く去ね」
不機嫌をあからさまに口調に出す姉貴の声ににいと唇を歪め、白い少女はふわりと身を翻した。そのまま振り返ることもせず歩み去っていく彼女の背中を見送りながら……俺は、姉上の言葉の一部を切り取って疑問形にした。
「護り手が、いない?」
「ふむ。そうか、士郎は気づかずとも無理はない。……あの小娘、サーヴァントを連れておらなんだ」
振り返り、俺の顔を見上げながら姉貴は俺の疑問に答えてくれた。サーヴァントは霊体化し、人の目に見えなくなることができる。例外としては受肉している弓ねえと、自身の事情で霊体化できないセイバーが挙げられる。
だがイリヤは、普段ならばあのバーサーカーを霊体化させて連れ歩いていてもおかしくはない。
「我とてサーヴァント。姿を消してはいても、あの狂戦士の気配ならば把握できる。だが、今の小娘はその気配を連れておらなんだ」
確かに。
姉貴は霊体化していたアーチャーの気配を察知することができた。アーチャーはその性質上、気配を消すことに長けているはず……そういう奴の気配すら感じ取れるのならば、バーサーカーの異様な存在感はかなり分かりやすいだろう。
それがなかった。イリヤも姉貴の感覚を肯定していた。
要するに。
「じゃあ、1人で来たんだ」
「そうなるの」
肩をすくめる弓ねえに、俺も苦笑を禁じ得ない。聖杯戦争だマスターだということをさておいても、子どもが1人で自分の家、というか城から遠く離れたこの地までわざわざ遊びに来るなんて大変だろうな。
「……って、外れの森からここまでか? かなり距離あるぞ」
と、そう言えばそうだったよな、と思い出した。冬木市におけるイリヤの本拠地は外れの森にあるはずの城。子どもが徒歩で来るにはいくら何でも遠すぎる。
「む……それもそうだの。金があるようだが、まさかあのちびすけがタクシーでもあるまいに」
「専属運転手とかかな、やっぱり」
「そのあたりが妥当なところか」
むう、と姉貴と二人頭を突き合わせて出た結論がそれ。第一、タクシーなんて足のつきそうなものを彼女がむやみに使うとも思えない。それに、どうも家が裕福みたいだから、ほぼ確実に専用車とか持ってるだろうしな。
「……ある意味羨ましいなあ」
小さく溜息をついたら、姉貴が苦笑しながら俺の顔を覗き込んできた。いや、その悪戯っ子のような目は何ですか、姉上。
「士郎が社会人になったら考えてもよいが。藤村に言うて防弾仕様の車を準備させるぞえ?」
「いや、大げさな。それに、自分で動く方が多分性に合う」
「であろうな」
と言うかだな、姉貴。
藤村組で用意して貰ったら、確実にヤのつく自由業御用達の黒塗りな高級車&黒服グラサンの専用運転手、とかになりそうでとっても怖いんだよ!
少し冷めてしまったタイヤキを胸元に抱え、俺と弓ねえは急いでみんなのところに駆け戻った。まあものの見事に全員青筋が立っている。中でもセイバーは隅っこで体育座り中。あのなあ、そんなに腹減ってたのか? 昼飯の量、また考えないといけないかな。
「ちょっとぉ、遅いじゃないのー。何やってたのよ、衛宮くんも弓美さんも」
肩をすくめて遠坂が睨み付けてくる。しかし、そんなに遅かったか? 俺たち。
「そんなに時間経ってたか?」
「経ってますね。買いに出てから30分ほどになりますか」
むすっとふて腐れているセイバーが、大変に恨みがましい口調でおっしゃる。言われて慌てて腕時計を見たら、確かにその通りの時間が経っていた。
「え、あれ、ほんとだ」
「むう……さほど寄り道をしておったわけでもないのだがな」
姉上も時計を覗き込み、綺麗な形の眉をひそめながら首を捻った。そんなに時間が掛かるようなことは俺も姉貴もしていないはずだ。
何だか、いきなりそれだけの時間を切り取られたような、奇妙な空白。
「だよなあ。……ごめん、遅くなって」
「確かにの。待たせて悪かった」
それでも、実際に遅くなったわけだから素直に頭を下げて謝る。姉貴も幾分顔を俯けて、彼女には珍しく謝罪の言葉を口にした。うん、明日は鎖でも降って来そうだ。いやそうじゃなくて。
「まったく、気をつけてくれんと困る。誰かと会っていたのか?」
いつの間にやら保護者的立場に立っているアーチャーが、腕を組んで俺と弓ねえを交互に見る。少し記憶をさらってはみたものの、特にピックアップすべき相手と会話した記憶はない。当然だよな、誰とも会ってないんだから。
「え? いや、別に誰とも」
「そうだな。誰かと会えば覚えておろ」
姉貴もそれは同様で、だから俺たちは顔を見合わせて頷き合う。アーチャーの眉が微かにひそめられたような気がしたけど、気のせいかな。
「──そうか」
ふむ、と口元に手を当てて考える仕草をしながら、アーチャーはそれ以上何を聞くつもりもなさそうだ。まあ、根掘り葉掘り聞かれたところで俺も弓ねえもそれ以上の返答が出来るわけもないのだけど。
「そ、それよりシロウ、ユミ、その、タイヤキを……」
か細い声が耳に入ってきたので、慌ててそちらに視線を移す。声の主は俺の手元にある袋を睨み付けて、今にもよだれをだらだらと垂れ流さんばかりのセイバーだった。
なあセイバー。お前、ほんとに過去の英雄か? 英雄は英雄でも、犬とかそっちの方じゃないよな?
「ああごめんごめん。そんなに腹空かせてたのかセイバー」
何だか、本当に犬の耳と尻尾が見えるみたいだ。しかも両方ともしゅん、と凹んでぺたんと垂れ下がっているんだな。そんなセイバーを見てくすくすと笑いながら、遠坂が口を挟んできた。
「そうなのよねー。もう衛宮くんたち待ってる間ずーっとお腹の虫がぐーぐーと」
「し、失礼な! 1回だけです!」
「鳴いたのは事実、ということかえ?」
「あ゛」
姉貴姉貴、そこで突っ込んでやるな。武士の情けと言うだろうが。それに、よく聞くと今もこっそり虫が合唱してるぞ。セイバーがうまく声でごまかしてるから聞き取りにくいけど。
でもまあ、ほんとにセイバーがお腹を空かせてるってのはよく分かった。これはさすがにこっちが折れないと、後が怖そうだなと思って俺は、手に持ったタイヤキの袋を差し出した。
「まあ、待たせちゃったのは悪かった。はいセイバー、これ1袋全部やるから」
「あああありがとうございますシロウ、これで今日も夕食を心穏やかに待つことができます」
ぱたぱたぱた。セイバーに尻尾が生えていれば、確実に激しく振られていただろうな。そのくらい、タイヤキ1袋を手にしたセイバーは目に見えて機嫌が直っている。……タイヤキで買収される英雄? いやだな、何か夢も希望も消えて失せる。
「そこまで言うかね、君は」
早速タイヤキを袋から取り出してパクつき始めたセイバーと、それを見て肩をすくめるアーチャーたち。俺も苦笑しながら彼女を見ていたんだけど、ふと気になって金の姉に視線を移す。と、弓ねえと目が合った。
きっと、考えていることは2人とも同じだろう。
──俺は。
──我は。
今日、誰かに、会ったのか?
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