Fate/gold knight 19.せぴあいろのかこ
 皆揃って帰宅した頃には、冬の早い日没のせいか周囲はすっかり薄暗くなっていた。手分けして、大急ぎで夕食の準備に掛かる。今夜から桜がいないということだったから、食器の数なんかは気をつけなくちゃいけないな。まあ、作る量についてはセイバーと藤ねえで1人分くらいは誤差の範囲に入るのだけど。
 そのセイバーは、早速タイヤキの消費にかかっていた。……魔力を融通してやれないのはマスターである俺が悪い。分かってる、分かってはいるんだが、その代替手段としてエンゲル係数をどどんと引き上げられるのは勘弁して欲しいよなあ。弓ねえの稼ぎだって有限なんだぞ。多分。推定。恐らく。
 なお、断定できないのにはそれなりに理由がある。我が家の家計が赤字に陥ったことが、この十年間一度としてないからだ。どんなに姉貴の稼ぎが悪くても、一ヶ月分の食費光熱費その他諸々必要経費は確実に出るんだよな。何だろうな、あの計算され尽くしたかのような収入は。
 まあ、それはともかく。

「しばらくタイヤキ食って待ってろ。すぐ作る」
「はむはむ……は、はひっ!」

 居間の方に声を掛けると、セイバーのもごもごした声が戻ってきた。あー、こりゃ慌てて口の中に頬張っていたタイヤキを一気に飲み込んだっぽいな。

「むう、既に半分は胃の中と見た」

 そんな解析能力はいらない。いや、これは解析じゃなくて得られた情報からの推測か。
 ……こりゃ一袋進呈じゃ足りなかったかも知れない。急いで作らないとえらいことになりそうだ。


 制服の上着だけを脱ぎ、その上にエプロンを装着する。袖をまくってざっと手を洗うとこれで、ある意味戦闘準備完了だよな。毎日訪れるこの戦闘は、聖杯戦争よりもずっと大変で終わりのない戦いだ。いや、セイバーとは聖杯戦争が終わるまでかな? そう考えるとちょっと寂しいものがあるけれど、これは仕方のないことだよな。
 と、袖をまくりながら弓ねえがやってきた。俺とお揃いのエプロンは既に装着済みで、ふわっとした髪の毛はポニーテールにまとめてある。こりゃ珍しい、明日は雨か雪か槍か。いや、槍はあのランサーが降って来そうだから遠慮しておきます。そう言えばあいつ、どうしてるんだろう。元気かな。

「士郎、我も手伝おう」
「お? あー助かる、さんきゅ。何かあった?」

 姉貴が自ら手伝いに来る、というのは確実に何か裏があるということなので聞いてみる。と、それはもうげんなりとした顔になった。何だその顔、美人が台無しだぞ。

「いや、そろそろみかんの在庫が底をつきそうなのでな。セイバーめ、一気に半ダースは食す故」
「もうないのかよ!」

 思わず裏拳ツッコミを入れそうになって押し止める。反射的に投げ飛ばされたことが、姉貴の弟になってから何度もあったからなあ。一度などは庭までぶっ飛ばされて背中思い切り打って、うっかりあの世に行きそうになったっけな。衝撃で星が見えるって本当だったんだあ、と夜空を見上げながら思ったもんだ。
 それはさておいて……確かあのみかん箱は、藤ねえが藤村家から毎年恒例の差し入れとして三箱ほど担ぎ込んできた奴じゃなかったか。いつもなら最終的に数個はカビを生やしてしまうんだけど、今年はそれどころか足りないとな。恐るべし、英霊の食欲。恐らくはセイバー限定だけど。

「……明日でも買い出しに行くか……」

 がっくりと肩を落としながら、包丁を振るう。ははは、冬は鍋が最高だー。時間もすっかり押しちまったし、今日は手っ取り早くできる鶏つみれ鍋だ。
 虎を筆頭に、野菜もたっぷり食えよお前ら。サーヴァントも例外にあらず。きっと同じ台詞をアーチャーも言うはずだ。しかもあいつの場合、遠坂の取り皿に野菜をバランス良く積み上げるんだろうな。そんな光景が即座に脳裏に浮かぶ辺り、俺も来てるなあ。

「それが良い。しかし、よう肌が黄色うならぬものだの」
「姉貴だってならないだろ。サーヴァントだからじゃないか?」
「ふむ。そう考えると便利なものだ」

 フードプロセッサーで鶏肉をつみれにしながら、弓ねえは軽く首を捻る。
 ……ああ文明の利器よありがとう。この不器用な姉上がつみれなんていうものを作れるようになったのは、ひとえに文明の賜物だ。まあ魚で作るときは、内臓取って洗うのは俺の役割なんだけど。

「便利って……」

 俺は野菜を揃えながら出汁を調整。この手合いだと普段よりご飯の消費量が増える傾向にあるから、炊飯器に炊きあがってるご飯をおひつに移して第二弾をスタートさせる。いや、だって鶏の出汁だぞ。ご飯が進まない訳がないじゃないか。
 ……あーいかん、自分も腹が減ってるみたいだ。急いで進めないと。

「しかし、身長が伸びぬのは困りものだがの。我はいつの間に、そなたから見下ろされるようになったのやら」

 できたつみれを適度にスプーンですくいつつ、ぽいぽいと鍋に放り込んでいく弓ねえ。野菜は大皿に揃えて、取り皿を準備する俺。……いや、つみれ汁なんだから皿じゃなくて深めの鉢にレンゲか。
 ああ、何とスムーズに進むんだろう。何だか幸せを感じてしまった。いやちっこい幸せだな、俺。
 それはともかく、姉上の愚痴にお付き合いしないと後が大変だ。具体的には、我が家付属の道場でしばき倒される。姉貴はアーチャーのサーヴァントらしいけど、戦闘ではちゃんと剣なんかも振るってるように竹刀の扱いなんかもそれなりにできるからもう大変で。ま、弓だけ使えても実際の戦闘じゃ問題だしなあ。それ以前に、弓ねえが名前の通りに弓使ってるところなんて、俺見たことないぞ。

「服のサイズは変わらないから、いいんじゃないか? 俺なんてこの家に来てから成長期迎えたから、買い足し大変だったじゃないか」
「我は変わらぬのだが、売り場でのデフォルトのサイズが変わるのだ。下手をすると子供服売り場で事足りる」
「あー、食生活の変化で体格良くなってるっていうからなー。って、子供服?」
「最近は上限が160だったりするからのう。少々胸のサイズが合わぬこともあるが」
「わーお。でけぇ」

 なるほど。それはちょくちょく服を買いに行きたがる姉上には重要な問題だな。
 オーダーメイドで作ればいいじゃん、というのはこの際置いておく。この姉は俺という弟を持ったせいか、それなりに節度はあるのだ。そうほいほいオーダーで作るもんじゃねえ、としっかりきっぱり俺がしつけた。おかげでまあ、せいぜいデパートのお高い服を買う程度に留められているわけなんだがな。
 ……で、服のサイズ。要は弓ねえの身体のサイズ、と言ってもいいのか。
 サーヴァントというのは一度死んだ人物が英霊になった存在だから、いくら肉体を持っていてもその身体は成長しない、らしい。
 うちのアルバムをひっくり返してみると、その意味がよく分かる。五年前までは三人+たまに藤ねえで写ってる写真、それ以降は切嗣を除いた二人+時々藤ねえの写真をずらっと並べてみればもう、一目瞭然。
 俺はどんどん成長していって、身体つきも最初の頃とはずいぶん違ってる。途中で姿を消した切嗣は、まあ元々大人だったからさほど変化はない。藤ねえは、長かった髪を途中でばっさり切って、一応それなりに大人の顔に変化している。
 一人、弓ねえだけが最初と最後でまったく変化していない。髪の長さも、身長体重も。

「……士郎が年を取って死ぬまで、我はこの姿のままなのであろうな」
「あのなあ。そんな先のこと、考えないでくれよな。姉貴だって身体あるんだから、怪我や病気になることだってあるんだぞ」

 少し寂しそうな顔をした姉貴に、俺は慌ててそう言った。そうだ、弓ねえだって風邪を引くこともあるし、怪我なんてしょっちゅうしてるんだから。いくら年を取らなくても、そう言った要因で死ぬことはあるんだぞ。
 元が英霊かどうかには関係なく、今の弓ねえは普通に肉体を持った『衛宮弓美』という一人の人間で、俺の姉貴なんだから。

「う、うむ。それは気をつける。だが士郎、そなたも同じことであるぞ?」
「分かってるよ」

 そう、姉貴。
 だから、弓ねえは俺のことを心配してくれる。ちょっぴり上目遣いに俺の表情を伺う様は、その本性を知らなければ愛らしいお人形さんみたいで。うん、中身は超暴君なんだけどな。

「今はセイバーのおかげでかなり助かってるけど、いつまでも頼ってるわけにはいかないもんな」
「その通りだ。分かっていればよい」

 少しだけ緊張していた顔が、ふわっと微笑んだ。やっぱ、弓ねえはしゃべりさえしなければすごく可愛らしいんだよな。ふわふわの金髪で、白い肌で、赤くて綺麗な目をしていて。

「シロウ、まだでしょうか〜〜〜」

 ……同じく金髪に白い肌なのに、何でセイバーはこうなのかなあ。マスターとしてちょっと泣けてきた。そりゃ姉貴だって、口を開けばいろいろと問題はあるけどさ。それは遠坂にも言えることで。

「あー、悪い。そろそろテーブルの上片付けてくれ。あと遠坂たち呼んできてくれるか?」
「了解です!」

 でもまあ、ご飯をそれは美味しそうに食べてくれるのは、作る方としては作り甲斐があるってもんだよな。ちょっと一食の量が多いだけでさ。
 ……姉上。まだ貯金は大丈夫だから、溜息をついてこっちを見ないでくれ。藤村家から、ちゃんと藤ねえの食費巻き上げてくるからさ。

 桜がいないだけで、夕食の食卓はかなり殺伐とした雰囲気だった。鶏つみれ鍋はあっさりと食い尽くされ、白菜の最後の一切れまで消え去ってしまっている。いやもう、鍋やるときって戦争以上の戦場と化すよな。特に食欲魔神がいると、終了後の卓上がペンペン草の一本も生えない……じゃない、えのきの一本まで食い尽くされてさ。後片付けが簡単だから、この点は助かるけどな。
 藤ねえ対セイバーの猛獣対決はそれは見物だった。箸同士でぶつかり合うその様は、まさに真剣勝負。その間に別の鍋で俺たちがさっさと食事を済ませた後も、たっぷり鶏の出汁が出たスープの取り合いをしていたっけ。やれやれ。ま、これだけ綺麗に食べて貰えれば食材も作った側も満足だけどな。そう言えば前言を訂正しなくちゃならないな。『ちょっと』量が多いんじゃない、『とても』多いんだ、うん。

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