Fate/gold knight 19.せぴあいろのかこ
 それはともかく後片付けを終えて、俺はいつものように土蔵にいた。魔術の訓練を忘れないようにしないと、俺みたいなろくな能力のない奴はすぐに落ちぶれてしまう。遠坂やセイバーや弓ねえに、迷惑を掛けてしまう。
 そんなんじゃ、俺は戦場に立つ権利もなくなっちまうからな。

「投影、開始」

 かちりと、頭の中のトリガーを引く。投影の訓練に選んだのは、アーチャーが良く手にしている黒白の双剣。黒の干将、白の莫耶の夫婦剣だ。
 基本骨子を解明し、構成材質を解明し、その通りに組み立てていく。その過程で剣たちの過ごしてきた歴史を読み取り、上乗せしていく。
 やがて、俺の両手の中には黒と白の剣が生まれていた。外見はまあ、アーチャーの物と寸分違わぬ自信はあるんだけど。

「……まだ薄いなあ。これじゃ実戦には使えないや」

 双方をぶつけ合わせると、簡単に砕けて幻想に戻ってしまう。これでは、他のサーヴァントと刃を合わせてもほんの一瞬の気休めにしかならない。そんなの、まったく意味がない。やっぱり、いきなり宝具はちょっと無茶だったかなあ。

「いきなり宝具の類から試すからだろう、愚か者」

 ほら、アーチャーも俺の真正面で同じこと言ってるよ。って、またお前見に来てやがったな。暇人なのかお節介焼きなのかどっちだろうな。

「いや、まあ確かにお前の言うとおりだな。アーチャー」
「分かればいい」

 顔を上げながら答えたら、俺を見下ろしていたアーチャーは一瞬むっとして顔を逸らした。あーはいはいツンデレってやつね。女の子だと遠坂みたいにまあ可愛いんだけど、背の高い野郎はなあ。

「いつも使ってる包丁だと上手くいったんだよな。あんまり時間はないけどさ、この辺からだんだんランクアップさせていく方がいいのかな」

 会話をしながら、手の上に刺身包丁を投影する。余裕で成功、現実感も申し分なし。普段からちゃんと手入れしている奴の投影品だから、そこらにあったゴムホースを試し切りしても消えることもなく存在したままだ。

「まあ、その辺りが関の山だろう」

 くくっと喉の奥で笑いながら、アーチャーは俺の手から包丁をつまみ上げた。くるくる回して四方八方から出来具合を確認し、「まあまあだな」と呟きながらも返してくれる。うむ、アーチャーの目でまあまあなら、そこそこ出来はいいんだろうな。次は感心させてやるぞ、覚悟しろ。

「……衛宮士郎。弓美の剣でも上手くいかんのか?」
「弓ねえの?」

 と、ふとアーチャーが思い出したように切り出してきた。弓ねえの剣っていうと、あれか。いつもどこから出てくるか分からない、鞘のない銀色の剣。何度か見ているから、やれるかも知れないな。

「やってみる。投影開始」

 目を閉じて、弓ねえが剣を携えた姿を脳裏に浮かべてみた。ピントを剣に合わせ、構築を開始する。歴史を読み取り、積み上げ……ずし、と手の中に重みが出現した。

「投影終了……ありゃ」

 瞼を開けて見てみると、外見『だけ』はそっくりの剣がそこにあった。
 そう、外見だけ。その存在は希薄で、構成もちゃんとなってない。干将莫耶以上に出来ていない、どうしようもない代物だった。まあ、サーヴァントである姉貴がどこからともなく引っ張り出してきた剣、ってだけで普通の武器じゃないってのは分かってたけどさ。

「……お前の双剣の方が出来が良かったぞ、こりゃ」
「そのようだな。さすがに貴様には荷が重すぎたか」

 腕を組んで、くくっと喉を鳴らすアーチャー。ああ分かってるよ、俺の技量じゃこいつを投影するのにはまだまだ早いことが分かったんだろ。ちくしょう、見てろよ。

「分かってたんなら最初から言えよな。グラムじゃねえか、この剣」

 軽く振ると、その勢いだけで剣は消え去ってしまう。柄を握っていた手をぐっと拳の形にして、俺はアーチャーの顔を見上げた。ん、お前不思議そうな表情して何、人の顔見てんだよ。

「ふむ。そのくらいは分かるのだな」
「まあ、造るときにこいつの歴史は見せてもらうからなー。でも、弓ねえの剣じゃないよな」

 そう。俺は……多分アーチャーもだけど、物を複製する際にはその物が作られてからの歴史を組み込む過程が存在する。その時、持ち手だった人物が垣間見えることがあるんだけど……グラムの歴史には、どこにも弓ねえの姿が無かった。どうせなら姉貴の過去の一端でも見えればいいかなとは思っていたけれど、当てはすっかり外れてしまった。

「ああ。さすがにシグムンドやシグルドが女性ということはなかろうしな」
「だよなー」

 シグムンドとシグルドは、共にグラムを手にして戦った英雄の名前。そのどちらもが姉貴ではなくて、だからある意味俺はがっかりしたと同時にほっとしてもいた。
 英雄って奴は往々にして、悲劇的な最期を遂げるものだ。姉貴は今のところ、そうじゃないから。もちろん、弓ねえが過去を思い出してしまった時にその終わりが悲劇でないということを保証するものではないけれど。

「……あー。けどセイバーも弓ねえも、伝説の中じゃあ男の人だった可能性もあるのか」

 そこまで考えて、ふと気がついたことを俺は口にした。
 男装の麗人。
 可能性がないわけではない。歴史に名前が残っているのならばジャンヌ・ダルクがそうだが、あれは彼女が『彼女』だと判明していたから。周囲に女性であることがばれないまま、男の姿で戦場に立った女性もいるんじゃないだろうか。
 そして、それはセイバーや弓ねえのような。

「伝説とは往々にして変化していくものだからな。それに、古代であれば男の王を望んだ国もあろう」
「確かに」

 この俺の意見に関してはアーチャーも同感だったようで、うんうんと頷いてくれた。白い目で見られるかな、と思ったからこれは素直に喜ぼう。

「……もう一度見るか?」
「え?」

 唐突に落とされた言葉に、俺は改めて奴の顔を見つめた。前に鏡で見た、前髪を掻き上げた俺自身と良く似た顔をしている英霊は、俺を呆れた顔で見下ろして小さく溜息をつく。それから、短い言葉を追加して口にした。

「私の双剣だ。どうする?」
「あ、見たい」

 即答してしまう辺りが俺だなあ。いや、だって今自分にできる干将莫耶の投影はさっきのがせいぜいで、何だか違和感があるのにそれがどこだか分からないんだから。アーチャーがもう一度元を見せてくれるっていうのなら、こんなに喜ばしいことはない。オリジナル……とは違うんだけど、俺にとっては元となるこいつの剣を見せてもらえれば、この違和感を払拭することができるかもしれないからな。

「分かった。今回はサービスだぞ」
「さんきゅ」

 小さく頷くと同時に、奴の手の中に双剣が姿を現した。ありがたく至近距離でまじまじと拝ませてもらうと、脳の奥で何かがかちりとはまるような感覚がした。
 そうだ。この感覚が、今までにはなかったものだ。

「あー、そうかそうか。何か分かった」
「理解できたのなら何よりだ。言葉で説明は出来るか?」

 あ、アーチャーが笑った。ほんの少し唇の端を上げただけだけど、何か分かった。っていうか、俺もこんな感じで笑ってるんだろうか。
 ……ムッツリスケベとか言われることがあるのは、これが原因か、そうか。ヘンに納得した。

「無理だな。多分あんたもそうだと思うんだけど、言葉じゃなくって感覚というか図解というか、そういったので理解してるから」

 そう。他人はどうだか分からないけれど、俺は自分の脳内で繰り広げられている感覚や図解を、言葉にして示すのは無理だ。自分の中で理解できればいい、と考えていたからなのだろうが。もっとも言葉にしたところで、遠坂辺りは反則よーとか叫びそうだけどな。俺にしてみれば、あいつの五大属性コンプリートってのがよほど反則なんだが。

「やはりそうか」

 アーチャーも思考のやり方は似たようなものなのか、納得顔で頷く。この辺は同じ能力持ってるからなのか、何となく分かるなぁ。

「ああ、でもありがとうアーチャー。何か進める気がするよ」
「そうでなくては困る。貴様が足手まといになっては、凛やセイバーや弓美が苦労を背負うのだからな」
「うぐ」

 厳しいご指摘ありがとう。確かに、アーチャーの言うことにも一理あるんだから仕方がないよな。
 俺が足手まといになっちまうから、みんなに迷惑を掛けてしまってる。
 それを何とかしたいから俺は、こうやって自分の持つ能力を伸ばそうと修行に励んでいるんだから。

「ではな、衛宮士郎」
「ん」

 名を呼ばれ、反射的に返事した時にはもう、アーチャーの姿はなかった。また屋根の上で見張り番なんだろうなあ。
 屋根の上からの光景は、何度か見たことがある。結構良い眺めで、特に夜は遠くまで街の光が地面いっぱいに散らばっていて、子どもの頃はいつもわくわくして見てたっけ。姉貴と親父と三人で、寒いときはわざわざ毛布を持って上がって見てたことを思い出す。
 ……と、そこでやっと気がついたけど、サーヴァントも寒いんじゃないだろうか。少なくとも弓ねえは冬は寒がって夏は暑がってたし。それとも、受肉してるかしてないかで違うのかなあ。セイバーみたいな特例はともかく、睡眠は取らなくても良いみたいだけど。

「アーチャー、ここの毛布とか家の布団とか、使っていいんだぞー」

 思わず天井に向けて呼びかけてしまったけど、返事は戻ってこない。ま、そりゃそうだろうなあ。必要なら奴は勝手に使うさ。多分、客用布団とかしまってあるところも分かってるんだろうしな。
 にしても、姉貴や遠坂に迷惑を掛けないためとはいえアーチャー、俺に双剣を見せてくれたな。俺にとって結構使い勝手の良い武器ってことは、きっとあいつにとっても使いやすい武器のはずだ。何しろしょっちゅう使ってるからな。
 そんな大事な双剣を、俺なんかに見せてくれた。

「……本気でああいうの、ツンデレって言うんだろうな」

 普通は女の子に対して言う言葉なんだろうけれど、奴にはこの言葉がぴったりだ。素直じゃねーな、ったく。姉貴か遠坂かセイバーか、誰かのことが気になるんだろ。だから、三人に負担を掛けないよう俺に力をくれる。そう言うことにしておく、うん。

「ま、確実に俺の前世じゃない。それだけは言える。というか言わせろ」

 屋根の向こう側にいるはずのあいつにそう吐き出したら、当たり前だと呆れた声が返ってきたような気がした。
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