マジカルリンリン2
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすために立ち上がった。
 そして、ここに彼女の仲間となる2人目の聖杯戦士が出現した。その名はマジカルセイバー!
「おはよう、遠坂。今日は早いんだな」

 学園内で声をかけられて、わたしは一瞬身構えた。今目の前にいる生徒会長の柳洞くんはまぁわたしを必要以上に敵視しているからいいとして、何で彼の同行者である赤毛の彼を警戒しなくちゃならないのか。

「? どした、遠坂?」
「……な、何でもないわ。おはよう、衛宮くん」

 答えはひとつ。その彼……衛宮士郎は、昨夜聖杯戦士姿のわたしを見たから。見たのに、何も言わなかったから。お願いだから、奇妙なコスプレ女くらいに思っておいて。その方がまだマシだわ、わたしたちの問題に巻き込むよりは……と言う訳で、足音もさせずに忍び寄って彼の耳元に囁いた。

「昨夜のこと誰かに言ったら、コロスから♪」

 びっくぅ! と激しく身体をのけ反らせて、衛宮くんはわたしから離れた。よしよし、これで口封じはOK。生徒会長閣下が何やら激しく騒ぎ立てているのは無視しよう。いつもうるさいし。


第2話
―柳洞寺の魔女! マジカルキャスター登場!―



  - interlude -

「はー。参ったなぁ」

 俺は、いつもの鍛練を終えて部屋に戻ると、布団の上にごろんと転がった。大の字になって天井を見つめていると、昨夜の訳の分からない出来事がぽんと浮かんでくる。

 ――夜の学校で、何かを仕掛けている奴に出会った。
 ――何とか見つからずに帰宅した……と思ったら、自宅を変な全身青タイツの男に襲われた。
 ――もう少しで殺されそうになった時に、猫耳猫尻尾の妙なコスプレをした遠坂凛に救われた。
 ――彼女のアドバイスで土蔵に逃げ込んだら青タイツが追っかけてきた。
 ――殺されてなんかやるか、と思ったその時、いきなり土蔵の床が光って――

「女の子が出てきた、ところまでは覚えてるんだけどなぁ」

 その次に気が付いたらもう朝で、俺は布団に寝ていた。半ば夢かと思って、いつも通り学校に行ったら遠坂に出会って、そして言われた。

『昨夜のこと誰かに言ったら、コロスから♪』

 つまりそれは、あの訳の分からない出来事が現実だったことを意味している。あれは現実に起こったことで、俺は青タイツの男に殺されかけて、遠坂に助けられて、土蔵から女の子が出てきたわけだ。いや落ち着け自分、日本語がおかしくなってるぞ。

「で、遠坂が知られたくないことって、コスプレのことか?」

 天井を眺めながら考えてみる。何か、マジカル何とかって名乗りまで完璧だったよな……まさか学園1の才媛で、俺も憧れていた遠坂にあんな趣味があるとは思わなかったけど、特に誰かに話す必要はないよな。それぞれの好き好きだし。

「……ってーか、結構可愛かったぞ」

 あ、いや、俺もそういう趣味がある訳じゃないぞ。けど、いつも学校で見せている優等生な遠坂とは、また違った感じで可愛かった。……これは他人に教えるわけにはいかないもんな。うん、生命の危険と引き替え……って言ってしまうとさすがに自分の命が安いかもしれないけど、まぁ役得だと思っておく。

「――寝よう」

 いかんいかん、こんなこと考えてる場合じゃない。早めに寝ないと、また桜や藤ねえに起こされる。きちんと布団に入って寝よう。

 ――あれ?

 布団に入ったはずなのに……何で俺は、外を歩いているんだ?


  - interlude out -


「……やれやれ。今日は結局、何事もなしか」
「平和に越したことはありません、凛」

 妙に緊張した1日を終えて帰宅したわたしは、紅茶を口に運ぶ。わたしの目の前には金髪の、わたしよりも小柄な少女が座っている。昨日、衛宮くんちの土蔵から出現した2人目の聖杯戦士・マジカルセイバーその人だ。聖杯を巡る争いに衛宮くんを巻き込む訳にもいかないので、結局彼女は家に連れて帰った。それと、さすがに戦闘服のまんまじゃあれなんで、わたしの兄弟子が誕生日に贈ってよこした白のブラウスと青のスカートを着せている。うん、とっても似合うわ。

「まあね。けど、『アンリ=マユ』は今この瞬間も確実に次の策を練っているわ」
「ですが、我々にできることは限られている。凛、焦ってはいけません」

 セイバー……と呼べって言われたのでそう呼ぶ……に諭された。何でも彼女は、使命を帯びて今まで封印されて来た先代の聖杯戦士なんだとか。ってことは、父さんとも一緒に戦ったのかな?

「遠坂の先代ですか。ええ、犬耳と犬尻尾がとても良く似合っていました」
「って、感心するところはそこかーい!」

 つーか、男は犬耳が標準装備なのか……本気で誰よ、衣装デザインしたの? 犬耳犬尻尾装着した父さんを思わず連想して、わたしは頭を抱えてしまった。家から装備して出て行かなかっただけありがたいとでも思っておこう。それより、聞かなきゃいけないことがあった。

「それで、セイバー。あなたの使命って何?」

 椅子に座り直して、セイバーの顔を真正面から見据える。先代の戦士を、封印してまで今代に伝えなければいけなかった使命って、一体何なんだろう。わたしの視線を受けて、彼女も姿勢を正すとほんの僅か目を閉じた。次に開かれた時、その綺麗な瞳には決意の色がある。

「はい。わたしには、隠されし聖なる鞘『アヴァロン』を捜し出すという役目があります」
「アヴァロン?」

 えーっと、どこかで……多分、家で読んだ何かの文献で出てきた単語のような気がする。なんだけど、『聖なる鞘』って言うのが気になった。視線で先を促すと、セイバーもはい、と答えてくれた。

「アヴァロンとは、それを所持する者を全ての災厄から守護し、傷を癒す力を持ちます。そして、聖杯を導く秘宝のひとつでもあるのです。故に、アヴァロンを捜し出しこちら側の手にすることは、聖杯を守るということにもなるのです……先代の戦の中で、それは失われてしまったようなのですが」
「聖杯を導く秘宝……あー、父さんの日記に書いてあったかもしれない」

 セイバーが口にした言葉には、わたしも思い当たる節があった。父さんがわたしに遺していった日記の中に、確かそういう記述があったはずだ。後で確認しておこう。と、もう1つ聞いておきたいことがあったんだ。まとめて聞いてしまえ。

「なるほどね、分かったわ。それで……何で衛宮くんの家にいたわけ?」

 わたしが聞きたいことを続けて尋ねると、セイバーは「はぁ?」という表情になった。何だか「そんなことも分からないのですか?」って言われているようでちょっとムカツク。

「あの家はエミヤキリツグの家でしょう。キリツグは、10年前わたしと共に戦った聖杯戦士の一人です」
「きりつぐ……衛宮くんのお父さんだったっけ?」
「キリツグに息子はいなかったと聞いていますが」
「……はい?」

 それはおかしい。だって、衛宮なんて珍しい名字、そうホイホイいるもんじゃない。で、きりつぐって人が10年前にセイバーが一緒に戦った聖杯戦士なのならば、父さんとどっこいの世代だろう。……それならば、衛宮士郎の父親と考えるのが妥当だ。

「……養子でも貰ったのでしょうか」

 そういう考え方もあるか。一緒に戦ったセイバーが知らないということは、戦いが終わった後に息子にしたのかもしれない。何しろ新都のかなりの範囲が焼け野原になったのだ、親を失った子供だっていただろう。わたしと違う意味で。

「……あー、ごめん。聞かなかったことにするわ。彼が話してないのに知ってるなんて、ちょっと何だしね」
「はい。申し訳ありません」

 わたしが指を唇に当てて言うと、セイバーはその意味を理解して頷いてくれた。うん、人様の家の事情なんて、詮索することじゃないもの。
 と、不意に通信機が例のメロディーを奏でた。「はい、わたしよ」と応答してみると、相も変わらずのアーチャーの声が返ってきた。あんた、上機嫌な時っていつよ?

『凛。衛宮士郎は、夜中に寝間着で散歩する趣味でもあるのか?』
「はぁ〜?」

 いや、いくら何でもそんな趣味はないだろう……と一瞬ボケをかました後、わたしはその言葉の意味に気づいた。「それってどういうこと?」と聞いてみると、「やはりな」と呆れた声がした後、ちゃんと答えてくれた。

『先程、寝間着で外を歩いている奴を発見したのでな。柳洞寺に入っていったが』
「柳洞寺? OK、分かった。追ってみるわ……で、アンタ今何やってるのよ」
『何、ついでだ。奴の後をつけている』
「先に言いなさいよ! 待ってなさい、すぐ行くから!」

 それだけ叫んで、わたしは向こうの返事を待たずに通信を切った。ええい、わたしもボケなのだろうが、それ以上にアーチャーもボケだ。これはもう間違いない。そう思いながら振り返ると、お茶菓子として出していたクッキーを口一杯にほお張ったセイバーがきょとんとしてこちらを見ている。そういえば、通信をオープンにしていなかったわね。
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