マジカルリンリン2
「凛、柳洞寺がどうかしたのですか?」

 ごっくん、とクッキーを一気に飲み込んでからセイバーが口を開いた。あの量を一息で飲み込めるセイバーって凄い……じゃなくて、聞かれたことにはきちんと答えないと。

「衛宮くんが、――多分、敵に拉致されたんだと思う」
「エミヤ……シロウが!? 何故です、彼は一般人のはずでしょう!」

 がたりと椅子をはね飛ばさんばかりの勢いで立ち上がったセイバー。あなたの気持ちは分かるけど……ここはきちんと、理由になるであろう事実を彼女の目の前に示さねばなるまい。っていうか、何故今の今までわたしもそれに気づいてなかったんだろう。冬木の管理者として、魔術師ではない一般市民に犠牲を出すことはなるべく避けなきゃならないのに。

「何故も何も、あなたが眠っていたのは彼の家。それは即ち、奴らが衛宮くんを狙う理由になり得るわ。だって、普通は何も知らない人の家から聖杯戦士が出現するなんて思わないでしょう? しかも、あの時あなたは衛宮くんの求めに応じて出現したように思われても仕方がない」
「――――あ。で、ではシロウは……」
「わたしたちの仲間、と思われてるわね、多分。仲間でなくたって、利用するには便利な素材だって思われてるかも知れない」

 いつの間にやらセイバーは衛宮くんのこと名前で呼んでいる。ま、それはともかく、先行しているアーチャーを追わなくちゃいけない。それをセイバーに告げると、彼女は力強くはい、と答えた。

「時間が惜しい。先に変身してから参りましょう」
「う゛、あのカッコで街中走るの?」

 確かに一刻を争う事態だ。普通に走っていくよりも(免許と名の付くモノは持っていないし、タクシーなんて勿体ない)、魔力で足を強化して走っていくよりも変身した方が早いことは分かっているけど、さすがにあのふりふりひらひら猫耳猫尻尾で公道を突っ走る気には……いや、そんなこと言ってる場合じゃないけどさ。

「今は夜です。それに、屋根伝いに行けばまず人目には付かないと思われますが」

 あ、そうか。わたし、そんな簡単なことにも気が付かなかった。だめよね、こんなことじゃ。

「では、その案で行きますか!」
「はい!」

 そして、わたしたちは同時に同じ単語を唱えた。聖杯を守る為の、平和を守る為の力を手に入れるコマンドを。

 ――Anfang――


  - interlude -


「ふふふ……なかなか可愛い坊やね。聖杯戦士たちを釣る餌にはいたいけな坊やが一番、ってことかしら?」

 身体が自分の自由にならない。俺は何者かに操られるまま、柳洞寺の境内へとやってきていた。一成や修行中の坊さんたちが結構な人数暮らしているはずなんだが、まるで人の気配を感じさせない寺の境内ってのは一種の結界……いや、ここにはそのものズバリの結界が張られてるか。それをやった下手人は、どうやら今俺の目の前に立っている女性のようだ。フードで顔を隠してる、いかにも魔術師ですって感じの。

「可愛いとか坊やとか言うなよ。結構傷つくんだぞ、その言われよう」

 とりあえず口は動かせるようなので、言いたいことを言っておく。彼女はくくっと喉の奥で笑ってから、ゆっくりと俺を手招きした。ふらふらと、俺は彼女に近寄っていく。

「あら、私は事実を口にしているだけよ。魔力はスッカスカだけど、あなたという餌に釣られる獲物のことを考えたらドキドキするわ……本当に、可愛い坊や」

 あまり濃い化粧はしていないみたいで、目の前まで接近した彼女から化粧品の匂いはしない。俺の頬を撫でた手はすべすべしていて、とても冷たい。

「さて、どうしてあげましょうか。身体の自由を奪ったままカカシにでもしておくか、せっかくだから正気のまま彼女たちと戦わせてあげるのもいいわねぇ。それとも、心の底までどろどろに壊してあげましょうか? そうして、私の人形になるの」
「ふ……ざけんな! 勝手に人の処遇を決めるな!」

 俺の目の前で、俺をどうしたいか嬉々として語る彼女に、少しむかっ腹が立ったので文句を付ける。と、彼女は俺を真っ正面から見据えて――とても楽しそうに嘲笑った。

「あら、誰が『人』の処遇だなんて言った? 私は、私が手に入れた『モノ』の処遇を考えているところよ」
「――っ!」

 って、俺をモノ扱いかよ。もっとも、彼女に身体の運動機能を奪われて身動き一つ取れない俺は、ある意味モノなのだろう。彼女は、自分のお気に入りの玩具を眺めるようにゆっくりと……ゆっくりと俺を舐め回すように見つめる。何だろう、このねっとりした、それでいて空っぽな視線は。

「安心なさい。いずれにせよ、あなたは命尽きるまで有効活用させて貰うわ。このコマンダー・キャスターがね」
「そこまでにしたらどうだ」

 突然、俺の背後……多分、塀の上だろう……から声がかかった。と同時に風が巻き起こり、俺の目の前を一瞬白いモノがよぎる。その場にいたキャスター、と名乗った女性はほんのわずかな刹那に俺から身を離し、最初に出現した位置までいつの間にやら戻ってしまっている。

「な、何者!?」
「通りすがりのお節介焼きだ。アーチャー、とでも呼んで貰おうか」

 俺の隣にさっきの声の主であろう、誰かが立った。ふと視線を移してみると、俺よりだいぶ背の高い、白い髪と黒い肌の男だった。黒い軽装鎧の上から纏った赤い外套が目を引いた……あれ、身体が動く。

「今の一撃で、奴から繋がれていた魔力の糸を切った。身体はどうだ?」
「あ、ああ……あ、ありがとう」

 助けられたことに礼を言いながら、手を持ち上げて指をわきわきと動かしてみる。うん、大丈夫だ。全身の魔力回路にも異常なし。

「下がっていろ、今のお前では奴には太刀打ちできん。おっつけ、凛たちも来るはずだ」

 そう言いながら、俺とキャスターとの間に滑り込むように動くアーチャー。ちらりと肩越しに俺を振り返るその顔に、一瞬頭痛を覚えた。おかしいな、特に身体に異常はないはずなんだけど。

「凛? あ、遠坂のことか?」
「そうだ。――コマンダー・キャスター、昨今の集団意識不明事件は貴様の仕業だな?」

 俺には一言だけで答え、彼はキャスターに視線を固定するとそう言った。その言葉に上がった事件なら、ここのところ俺もニュースでよく見て知っている。あれが、彼女の仕業?

「あら、そこまでばれていたの? しょうがないわね」

 くすくす、という笑い声と共に流れ出てきた言葉が、アーチャーの質問に対する肯定の返答だった。ぎり、と目の前の男から音がして、アーチャーは両手に構えていた短剣を握り直した。右手は黒、左手は白の一対の剣。……なぁ、剣使いで『アーチャー』って何だよ。通称なら変だろ、やっぱり。

「まあいいわ。まともに戦っては私も勝ち目がない――あなたもまとめて、人形にさせて貰うから!」

 ある意味開き直った態度で、キャスターはすっと右手を挙げた。その手にぽう、と魔力の光が宿る。恐らく呟かれたであろう呪文は、ほんの一瞬。それだけで、彼女はアーチャーの周囲の空間を凍らせる、という大技を成し遂げてみせた!

「くっ!」

 ばきり、と凍り付いた空間の中で、アーチャーが歯がみするのが分かった。俺のいる所までは凍り付いていないものの、急に周囲の気温ががくんと低下したような気がする。

「――」

 ふと、アーチャーが俺に対して何か言ったような気がした。多分、さっき言ったのと同じ「下がっていろ」だろう。だけど、親父の遺志を継いで正義の味方を目指している俺が、この状況で引ける訳がない。遠坂が来てくれるなら、せめてそれまでアーチャーを守らないと。幸い、そのための力も僅かながらある。見本は……たった今、アーチャーが見せてくれた。

「――投影、開始」

 アーチャーを回り込むように動きながら、もう何度も言い慣れた呪文を口にする。と同時に体内のどこかにある撃鉄ががちりと落ち、俺の身体が魔術回路を使う為のものに書き替わる。

「な……あなた、魔術師!? その魔力量で!」
「ほっとけ。良いんだよ、どうせ俺にできることなんてこれしかないからな――投影終了」

 確かに、何でも出来るような魔術師であれば俺の身体の魔力貯蔵量なんて何の足しにもならないだろう。けれど、俺は一つの魔術しか使えない……だから、この量でも十分だ。ほら、俺の両手には、今アーチャーが持っているモノと同じ白黒の双剣。これが俺の魔術。

「投影魔術ですって? まぁ、ますます面白いわ……あなたは私専用の、投影魔杖にしてあげましょう!」
「ふざけるな! 俺も、こいつもモノじゃない!」

 再び、キャスターの手から光が放たれる。それが空間を凍らせる前に、俺は身をかがめて地面を蹴った。そのまままっすぐに彼女へと迫ろうとして……

「お馬鹿さん」

 すっと目の前に突き出された掌に点った光が、俺を捉えた――


  - interlude out -



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