マジカルリンリン2
「……………………あれ?」

 至近距離でばっちり目にしたであろう、衛宮くんも妙な声を上げた。目を丸くしてるんだろうな、きっと。キャスターもはっとして、慌ててフードで顔、じゃなくって猫耳か、を隠した。そして、懐から何やら妙な形の短剣を取り出す。

「魔力で編まれた防御盾など、私の敵ではないわ! 破戒すべき全ての符!」

 とす、と軽い音がした刹那、衛宮くんを守る為にわたしが展開した魔力防壁が霧散するのがはっきりと分かった。何よあの短剣、魔術を無効化するの!? 反則よ反則!

「シロウ!」

 セイバーが魔力防御を失った衛宮くんを押しのけるようにして、キャスターに切り掛かった。今度はフードが、マントごと吹き飛ばされてしまう。……やっぱり。耳と同じ色の猫尻尾もあったわね、今。

「な……キャスター、あなたは!」
「わ、私はアンリ=マユのコマンダー・キャスター! あなたたちとは不倶戴天の敵!」

 ――これって、いわゆるお約束、という奴なのだろうか。さすがに聖杯戦士が2人だけってことはないだろう、とはセイバーが現れた時に何となく予想が付いてはいた。相手が組織なのにこっちが個人なんて、そんな不利な戦いを家の先祖がするとは思えなかったし。

「……凛、君も気が付いたようだな」

 今までどこに行っていたと思ってたら、どうやら周囲の坊さんたちを叩きのめしていたらしいアーチャーが戻ってきた。何でアーチャーって通り名を使っているのかが不思議なくらい剣の扱いに長けている彼は、どうやら木刀で全員を相手にしたらしい。何でやねん。

「う、うん。キャスターって、ひょっとして?」

 背の高い彼の顔を見上げて尋ねてみる。と、小さく頷いて彼は口を開いた。言葉はあまり使わなくても、彼はわたしの言いたいことをちゃんと分かって答えてくれる。それが、少し嬉しい。

「恐らくな。さて、どうする?」
「どうするって……どうしよう?」

 そう、問題はそこだ。お約束である以上、解決方法が存在すると思って良い。ただ、どうすればいいか方法が分からない。解呪に適した宝石はさっきアーチャーに使っちゃったし、今日は宝石の手持ちが少ない。

「何か、解呪に使えそうなものなんて……ない、よねぇ」

 困った。かといって、力ずくで殴り飛ばしてなんて方法が効くとは思えない。わたしは本当に困った顔をしているのだろう、そんな感じで距離を置いてキャスターと睨み合っている衛宮くんとセイバーを見つめる。

「……呪いを解けばいいんだな?」

 不意に、声が漏れた。衛宮くんの声だ、と意識する間もなく、わたしは「そうよ」と答えを返す。その一言が聞こえたのか、彼はちらっとだけこちらを見て、任せてというように頷いてくれた。

「ならば、何とかなる。えっと、援護頼む」
「え?」

 衛宮くんが、セイバーに小声で指示するのが何故かはっきりと聞こえた。慌てて彼の方を振り向いたセイバーの目の前を、再び男の子としては小さな身体が疾走する。その手には……さっきキャスター自身が使ったのと同じ、くねくね曲がった刃を持った短剣。いつの間に手に入れたのだろう。

「な――!!」

 焦りながらキャスターが放った魔術は、衛宮くんを追うように併走するセイバーによって弾かれる。そして、伸ばされた衛宮くんの手が、キャスターの肩をしっかりと掴んだ。

「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してくれ」

 衛宮くんが口にしたであろう言葉を、わたしの隣に立つ剣士が呟いた。一瞬遅れて、衛宮くんとキャスターがぶつかり合った所から光が放たれる。あんまり眩しくて目を逸らしそうになったけど、わたしはじっと見つめていた。目を逸らすわけにはいかないって思っただけだけれども。
 キャスターの全身から、黒い影のようなもやのような、実体のない何かが吹き飛んでいった。黒く染まっていた猫の耳と尻尾が、彼女の髪と同じ薄紫に染まって……ううん、戻っていく。そして、ゆっくりと目を開けた彼女の表情には、それまで浮かんでいた邪悪なものは欠片も残っていなかった。

「――私はキャスター……聖杯戦士、マジカルキャスター……ここに参りました」

 すっと跪くように屈み込んで、深々と一礼。それから、目の前に立っている衛宮くんににっこりと微笑んでみせた。う、何かムカツクのはどうしてだ、わたし。

「あなたのおかげで、私は黒い影の呪いから解き放たれました。礼を言います、剣の担い手よ」
「え、あ、ああ……呪いが解けて、よかったな」

 ってーか衛宮士郎、あんたもにへらとするんじゃなーい! おっかしいな、何故わたしはこうも怒っているんだろう。ああ父さん、何か他にもギアスが掛かっているなら教えなさい!

 で。

「それで、集めた魔力は戻せたら戻す。新たに収集することはなるべく控えてね。いい?」
「はい、はい。申し訳ありません」

 わたしたちは柳洞寺から離れて、衛宮くんの自宅に押しかけた。人がいなくて、この人数(わたし、セイバー、キャスター、アーチャー、衛宮くんで5人)が入っても狭くならない家で、わたしの家は論外だから。彼の家の居間で、今回の事態の収拾を付けるための会議を開いた。いくらアンリ=マユに操られていたからと言っても、キャスターが冬木市の住民から魔力を吸い上げていたことやそのせいで意識不明事件なんてもんが起きていたのは事実だし。死者が出てなくてよかった、とは思うけど。

「お寺のみんなは、同様の事件の被害者ってことで病院に連絡を入れたから。わたしたちが口をつぐんでいれば犯人は分からないだろうから、キャスターも安心して良いわよ」
「……まことに、大変なことをしでかしました……宗一郎様にも何と詫びたらよいか……」

 何でも柳洞寺では家事のお手伝いをしているとのことで、キャスターが手ずからお茶を淹れてくれた。平謝りに謝っているキャスターを見ていると、何だかこっちの方が悪いような気がしてきた、ってダメじゃない。

「だから、大丈夫だよ。一成たちも病院で引き受けてくれるんだしさ」
「それならば、今まであなたがアンリ=マユで入手した情報などを提供して下さい。あれを滅ぼし、聖杯がその手に渡らないようにするのが我ら聖杯戦士の役目なのですから」

 セイバーがきっぱりと言ってのける。彼女とアーチャーのおかげで話が進んでいるようなモノだ。わたしはどうしても感情的な物言いになりがちだし、事情聴取があるので引き留めた衛宮くんはさっきからキャスターの援護に回っているからね。

「はい。私の知っていることであれば、すべてお話しいたします」
「ふむ、まぁ彼女のことはこの辺りでいいのではないかね? それよりも、部外者の問題が先だろう」

 アーチャーがぽんと手を打った。彼の言葉に、全員の視線が一点に集中する。つまり、モグリの魔術師でありキャスターを呪いから解放した、衛宮士郎その人に。

「え、俺?」

 自分を指差してキョロキョロと周囲を見回す衛宮くんに、わたしはとびっきりの笑顔を見せてやった。これはムチの前のアメ、わたしにもこれくらいの慈悲はあるのよ。

「では、これから被疑者衛宮士郎に対する事情聴取を始めます。あ、黙秘権は無しね♪」

 げ、と露骨に顔を歪めた衛宮くんの顔に、わたしはわざわざ持ち出してきた懐中電灯を当ててあげた。本当は電気スタンドが良かったんだけどな。さ、覚悟しなさいね。


 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!


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