マジカルリンリン3
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 マジカルセイバー、そして新たにマジカルキャスターを仲間に加え、
 冬木の平和と聖杯を守るために今日も戦うのだ!
 柳洞寺でキャスターと戦ってから3日ほどが過ぎた。わたしの睨んだ通り、集団意識不明事件は原因のメドすら掴めないまま終息してしまい、ニュースでも取り上げることが少なくなってきた。被害者も順調に回復しているようだし、生徒会長様なぞは1日入院しただけで学校に復帰した。タフなものだ、うん。

「みんなー、朝ごはんができたぞ。取りにきてくれ、量が多いんだ」

 台所から衛宮くん……他人行儀なのもあれなので、今は士郎って呼ぶことにしている……が顔を出した。菜箸を片手に持ち、制服の上からエプロンを着けた姿がとんでもなく似合っている。反則よ反則。

「分かったわ。桜、手伝って」
「はい、分かりました」

 わたしと、テーブルを拭いていた後輩の間桐桜が腰を上げ、朝食を取りに行く。セイバーと一緒に自分の指定席に座って待っているのは、士郎の幼なじみで彼のクラスの担任教師でもある藤村大河先生だ。
 今朝のメニューは鮭の塩焼き、ふろ吹き大根、豆腐の味噌汁に温泉卵。旅館の朝食か、と思っちゃうような食事を、士郎たちはほぼ毎朝ちゃんと取っている。うん、桜のプロポーションが良いのはきっとそのせいだ。士郎の家でとった栄養が、みんな胸に行ったんだ。そうだ、そうに決まってる。

「それじゃ、いただきます」
『いただきまーっす』

 家主である士郎の挨拶に続くことで、この家の食事は始まる。豪快に食べる藤村先生、ひとつひとつこくこくと頷きながら丁寧に食べている割に目の前の食物の減りが尋常でないセイバー、ちょこちょこ食べてはうーんと考え込んで……きっと味付けのやり方を考えている桜、そして周囲の状況(主にセイバーのお茶碗の中身)に気を遣いながら食べている士郎。わたしは父さんが出て行ったあの日からずっと1人暮らしで、朝食なんて取る習慣もなかったけれど、こういうのもいいなぁ。今晩はわたしの担当だから、腕によりをかけなくちゃ。
 ――キャスターが仲間になった後、みんなで考えてわたしとセイバーは士郎の家に泊まり込むことにした。彼は間違いなくアンリ=マユからマークされてるし、そういつもいつもアーチャーが彼のピンチに行き会わせることなんてないだろうから。キャスターは柳洞寺の留守を預かるからって帰ったけども……うちの担任の葛木先生とらぶらぶ同棲中だとは知らなかったけどな。藤村先生も知らなかったし。
 で、その話をしたとたん桜が「わ、わたしも泊まります!」と手を上げた。藤村先生も「それならわたしもー。合宿みたいでいいよね」だって。さすがに、危ないから勘弁してとは理由をばらせない以上言えなかったし。
 それで士郎。あなた、自分以外は全員女性だっていうハーレム状態なのに、なんでげんなりした顔してるのよ?


第3話
―マジカルライダー登場! 戦慄の鮮血神殿!―



 そう、衛宮士郎。私立穂群原学園2年C組所属、元弓道部のエース。特技は機械の修繕、彼のおかげで瀕死状態から復活した学校の機器は数知れずとも言われている。運動部の盛んな我が校において文化系の部活に回す活動費の捻出は、彼の双肩に掛かっていると言っても過言ではない……とは生徒会長殿の言。んな大げさな。
 それはさておき――実のところ、こいつが一番の食わせ者だった。
 とりあえずわたしに黙って魔術師として居着いていたことは、キャスターを助けてくれたことで不問にした。甘いと言われるかも知れないけど結局ばれちゃったわけだし、何だかんだ言ってもこっちが彼を巻き込んだことには違いないしね。そこまではいい。最大の問題は、彼の魔術そのものだった。
 どこまでできるのかと思って、試しに目の前でガラスコップを割った。ガラスの修復は素材の特性もあって基礎中の基礎、と言っても良い。わたしはそれを士郎にやらせようとしたのだった……けど。

「わっ、何するんだ遠坂! ほらもう、危ないから触るな!」

 ちょっと違うでしょ、普通に割れ物を片付けるんじゃなーい! そうじゃなくって、と仕方なく目の前でわたしが修復してやると、士郎は目を丸くして一言。

「うわ、すごいな遠坂」

 ――衛宮切嗣。セイバーと一緒に戦ったっていう、先代の聖杯戦士の一人。あんた、士郎にどういう魔術の教え方したのよ?
 で、詳しく聞いてみたところが、士郎はやっぱり衛宮切嗣の養子だった。あの火事で焼け出され、彼に救われてそのまま息子になったのだそうだ。そして、魔術は無理やりに教わったせいもあって、元々芽のあった強化と投影……後は解析くらいしか使えないのだと言う。

「魔術回路も、最初はいちいち作ってたんだ。親父が死ぬ直前に、置き土産だって言って俺の身体の魔術回路を開いてくれた」

 大いに待て、そんなこともあんたの父親は教えてくれなかったんか。魔術を使うたびに魔術回路作ってたらはっきり言って身が持たないでしょうが。部屋の電気付けるのに、毎回毎回電線引っ張ってくるようなものよ?
 で、あまりにふがいないので、心の贅肉だけれどもわたしが士郎の魔術の師匠になることに決めたのだ。戦いに巻き込まれることがほぼ確実な以上、彼には自分で自分の身を守るくらいはしてもらう。わたしたちはボランティアでやってるんじゃないんだもん。いや、別に報酬がある訳じゃないけどね。

 時間になったので、わたしと士郎は並んで学校へ向かった。藤村先生と桜は、顧問と所属部員である弓道部の朝練があるのでわたしたちより早く出た。セイバーは士郎の家に詰めてもらって、何かあったらアーチャー謹製の通信機で連絡を取ることになっている。3日のうちに士郎も含めた分、に予備まで作ってくれたアーチャーにはホントに感謝。ところでアイツ、それから顔を見ないんだけど、どこほっつき歩いているのやら。
 学校の校門前に到着した時、わたしは露骨に嫌な気分になった。横を見ると、士郎が「うわ、何だこれ」ってしかめっ面してる。そうか、士郎も解析はできるから、今の学校の異常にわたしほどじゃなくても気が付いた訳だ。ともかく、ここで突っ立っててもしょうがないので校門を通る――うー、気持ち悪い。
 で、通り抜けた所で士郎に尋ねてみた。

「士郎。あんたどう感じた?」
「……ん、何か気分が悪い。普通に立っていてもくらっとくる感じ」

 訂正、やっぱりこいつはものすごくふがいない。それは、かなり敏感だけど一般人の範疇よ。

「学校全体に結界が張られてる。まだ起動はしてないけどね」
「結界? 柳洞寺にあったのとは違う感じだけど」

 くるり、と周囲を見回して士郎が言う。ふぅん、そういうことは分かるんだ……そうか、こいつは直感が物を言ってるってことか。わたしとは違うタイプね、でも相性は良さそうって何の相性よ、わたし?

「そうね。あっちは言わば守りの結界、こっちは罠の結界だから」

 わたしも士郎と同じように周囲を見回しつつ言う。足を止めることはなく、靴を履き替えて廊下へ入った。わたしに話しかけたそうな視線もあったけど、猫を被った笑顔で弾き返してやる。ちょっと、この楽しいひとときを邪魔すんな……ってあれ? えーい変身してない時までかかるギアスなんて詐欺だわ詐欺! ああいけないいけない、猫被らなきゃ。

「安心しなさい、この分だともうしばらくは自然発動しないわよ。その前に何とかして基点を破壊すれば問題はないわ」

 露骨に顔色を変えた士郎に、耳元で囁きかける。そう、この結界にはまだ発動するだけの魔力が貯まりきっていない。仕掛けた人物……まずアンリ=マユだろうけど、そいつが魔力を流し込むなり何なりして無理矢理発動させなければもう2〜3日は保つ。……危ういけれど。

「基点……結界の基礎か。運動場の隅に仕掛けてあった奴なら、一応壊しておいたけど」
「は?」
「だから、一応壊しておいた。誰か分からないけど、妙な物仕掛けてるところ見ちまったから」

 ――なるほど、あんたがアンリ=マユに目を付けられた発端はそれか。それから3日の間に基点を仕掛け直して、只今発動準備中、ってことか。
 やれやれ、士郎は結構厄介事を引き受けてしまうタチのようだ。だから、生徒会長殿があんな風に心配面を向けつつこちらにやってくるのもむべなるかな。やば、あいつの口調も伝染ってる。

「この女狐、ついに衛宮をたぶらかしたか。貴様の教室はあちらだろう、さっさと去れ」
「朝一番からすごい剣幕ですこと、柳洞くん。わたしは別に、衛宮くんをたぶらかしたつもりはありませんわよ? ね、衛宮くん」

 まったく、開口一番からそれかい。それならこちらもそのつもりで対応するだけだ。ただ、さすがに朝っぱらから全力対決は面倒だから士郎に振ってやろっと。あ、動揺している。

「え? あ、ああ、まぁそう、だな、うん。それより一成、体調はもう何ともないのか?」
「む? うむ、既に完調である。衛宮や藤村先生には心配を掛けた。喝」

 さすがは衛宮士郎。ちゃんと話がずれてるし、って多分本人そのつもりはないのだろうけど。と、予鈴が鳴り響いた。2-Cは担任があれだから良いけど、うちの担任の葛木先生は何事にもきっちりしてるからそろそろ行かないと。

「それでは、失礼致しますね。また後程」
「来るな、疾く去れ。行くぞ、衛宮」
「あ、分かった。遠坂、またな〜」

 こら、士郎。親友殿が顔真っ赤にして怒ってるぞ、だからその暢気な顔はやめなさい。――らっきー、と思ってしまう自分がどうも恨めしい。ほんとにわたし、どうしたんだろう。

「何にやにやしてんだよ、遠坂。キモいぞ」

 溜息をつきながらそんな事を言う声が、わたしの耳に届いた。知ってる声なので、そちらの方を向きもせずに「何かご用かしら?」と返してやる。

「別に……こないだから衛宮の家に住み込んでるんだって? 何だよ、俺がダメであいつはいいのか?」

 あんたのそう言う所が嫌いなのよ、と口にしそうになるのをわたしは飲み込んだ。間桐慎二――士郎の家に食事を作りに来ている間桐桜の兄で、多分士郎は知らないと思うけどわたしと同じ魔術師の家系の後継者。

「そうよ、とはっきり言って欲しい? わたしは男を見る目は人並みに持っているのよ、お生憎様」

 うりゃ、っと思い切り見下した視線で見てやろう。こいつ、女は誰でも自分の魅力で落とせると勘違いしてるから。わたしに言わせればまだまだお子様、何でこんなのに引っ掛かる女が多いのかよくわかんない。

「は、そうかい。ごめんなさいって謝るなら今のうちだぜ」
「わたし、あなたに謝罪するようなこと何もしてませんもの。それでは」

 ぷ、顔引きつらせてる。造形自体は悪くはないのにさ、そんな意地悪そうな表情してちゃ駄目よね。さぁ、教室に急ごう。こいつが動くのはまだ先だと思う……多分。
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