マジカルリンリン6
 玄関の引き戸ががらがらと開けられた。複数の気配がするから桜たちかな、と思ったわたしの予想に反して、飛び込んできたのは男2人の声だった。

「ただいまー。遠坂、アーチャーも来たぞー」
「失礼する」

 ……通信機使って話した時から思ってたんだけど、士郎とアーチャーって声似てるなぁ。士郎の方が若干高い声、かな。ま、身長が高い人って相対的に声が低くなるらしいから、アーチャーの声が低いのはあの身長のせいかもしれない。

「お帰りなさい、士郎。それとやっと顔見せたわね、アーチャー」
「シロウ、お帰りなさい」

 がばっと立ち上がったセイバーと一緒に、玄関先に顔を出す。セイバー、あんた変身したら猫耳猫尻尾のはずなのに、何で今犬耳犬尻尾の幻影が見えたのよ? もしかして、士郎の手にあるケーキのせいかしら?

「ただいま。あれ、桜とライダーはまだ帰ってないのか?」
「ええ、まだよ」
「……間桐桜とライダー? どこかに出かけているのか?」

 わたしと士郎のやりとりを聞きとがめ、アーチャーがわたしの顔を見ながら尋ねてきた。こいつ、複数人がいる所で質問する時は大抵わたしの顔見るのよね。士郎の方を見ることは滅多になし。何だろう、気に入らないのかな。

「間桐邸よ。明日から学校再開だって言うし、取りに行きたい荷物もあるって言ってたから」
「それと、偵察も兼ねてだそうです」

 ――おーい、アーチャー。何で縦線背負って額を押さえてるのかなー? ああ何だか、背景に人魂まで見えるようよ!? って、肩を震わせながら拳握っているのは何故?

「……この……大たわけどもがーっ! 敵陣にのこのこ出向いて連絡も無しに戻らないと言うことは、しっかりきっぱり罠にはまったと言っているようなものではないかーーーっ!」

 どかーん!
 み、耳が痛い……アーチャー、いきなりそんな大声出さなくても……って、えええ!?

「………………遠坂、ひょっとして、連絡が来るまで待つつもりだった?」

 士郎、その通りよ。セイバー、その非難がましい視線はやめて。……ああ、また出ちゃった、わたしの大事な時にうっかり癖。どうしよう、桜たちに何かあったら、わたしのせいだ。

「セイバー、ケーキと紅茶は桜たちが戻ってきてからでいいな。冷蔵庫に入れておいてくれ」

 おたおたしているわたしを差し置いて、士郎が手に持っていたケーキの箱をセイバーに渡した。こういう時の復活が、士郎は妙に早い。それに、また見てしまった、感情が消えた士郎の顔。怖い……けど、どこかアーチャーにも似たその横顔が、今は頼もしい。

「了解しました。アーチャー、あなたはどうしますか?」
「同行させて貰おう。状況が状況だ、少しでもこちら側の戦力が多い方が良いだろう?」

 持ってきた大きい鞄を玄関先にごとりと置き、アーチャーは不敵な笑みを浮かべてそう言ってくれた。そして……ふとその鋭い視線を、庭の方に移した。次の瞬間。

 カランカランカラン!

 鳴子のような音が、家の中に響き渡った。これは衛宮切嗣が生前に構築しておいた結界が放つ警報……この家の人間に対して殺意や悪意を持つ誰かが、この家の敷地内に侵入してきたという警告!

「ごめん! 士郎、アーチャー、先行お願い!」
「分かった。アーチャー!」
「了解!」

 わたしが男共に声を掛けると、2人はその意図に気づいて即座に庭へと駆け出していった。で、わたしは台所のセイバーの元へ駆け込もうとして、廊下でちょうどかち合った。よし、ここなら外から見えない。

「凛、先ほどキャスターと連絡を取りました。葛木と共に、間桐の家を見てきてくれるそうです」
「葛木先生?」

 さすがセイバー、こういう時の手回しは素早い。って葛木先生、一応一般人だと思うんだけど大丈夫なんだろうか? いやまぁ、ライダーの結界の中でも結構平気そうだったけど。

「……ま、いっか。やるわよ!」
「はい!」
『――Anfang!』

 速攻で変身の呪文を唱える。服が弾け、戦闘服に変化し、そして猫耳猫尻尾がぴこん。……何でも良いけど、こんな格好で人前で戦闘して、わたしは正義の味方ですなんて言って誰が信じるんだろうなぁ。
 変身完了、急いで中庭に出る。そう言えば室内で変身しちゃったから、土足で上がってたことになるんだ。ごめんね士郎、後でちゃんとお掃除します。
 で、庭で白黒の短剣をそれぞれ両手に構える士郎・アーチャーコンビと相対していたのは……

「やぁ、遠坂。相変わらず元気そうだな!」

 やはりというか何というか、前2回とはまたまた色の違う衣装の慎二だった。ああもう、しーつーこーいー。で、こちらもパターンですがびしっと決めポーズ。ちょっとは融通利かないのか、このギアス。

「冬木の平和を守る為!」
「邪悪の野望を砕く為!」
「聖杯戦士☆マジカルリンリン!」
「マジカルセイバー!」
「ここに見参!」
「おおセイバー、10年ぶりだな! またそなたの艶姿を見ることが出来て、我は嬉しいぞ! いや、そなたの美しさは時を経ようと全く変わりがないな!」

 ――はて。
 今の声はどちら様? と慎二の方を見てみると、その横に金ぴかがいた。いや金ぴかなのは髪の毛だけだ。赤い目をして、黒いライダースーツを着た青年が慎二の横に立っている。その顔を見たセイバーがげ、と似つかわしくない声を上げた。うわ、足が一歩引いてる。

「マジカルアーチャー。あなた存命だったんですか……叩っ斬ったと思っておりましたが」
「何を言うかセイバー。そなたが我のものになるまで、我は何度でも蘇る。言うたであろう、I'll be backと」

 ……あーセイバー。今、彼のこと何て呼んだ? ほら、士郎も奇妙な顔してこちら振り返ってる。

「『マジカル』アーチャー?」
「私と似た呼称なのは気に食わないな」

 それもあるけどね、アーチャー。

「――あの男はマジカルアーチャー。10年前の聖杯戦士の1人であり……自らの意志で我らを裏切り、アンリ=マユの前身となった悪の組織に組みした男です」
「え」

 10年前の……父さんや士郎のお父さんや、セイバーと一緒に戦っていたはずの、先代の聖杯戦士。
 父さんたちを裏切った……って?

「ふん。せっかく聖杯などという力が出現するのだ、己の手に掴もうと欲して何が悪い。それもこれもセイバー、そなたがあまりに魅力的すぎるからだ。どうだ、我のプロポーズを受ける気になったか?」
「10年前に何度も何度も何度も申し上げましたが、お断りです。わたしにだって、夫となるべき相手を選ぶ権利くらいあります!」
「ほぅ。で、その相手に相応しいのはそこな2人の雑種か? こんなあばらや住まいの貧乏人より、我の方がそなたをずっと幸せに養ってくれようぞ」
「あなたはいつもそうです、金かねカネと! ついでだから言っておきますが、わたしはあなたのような態度XLかつ我と書いてオレと読ませるような傲慢な男を夫に迎える気は毛頭ありません! と言うか、わたしはかかあ天下希望ですっ!」
「ふむ。我は亭主関白を希望でな、そこら辺の相違は結婚してからおいおい」
「だからあなたと結婚なんかしません!」

 えーっと。
 慎二も含めてわたしたち、ほったらかしなのはまあいい。とりあえず、2人の会話から分かったこと。
 慎二と一緒にいるあの男は先代の聖杯戦士で、父さんたちを裏切った。で、彼はセイバーらぶらぶで、多分一緒に戦っていた時から何度もプロポーズしていたんだろう。でもあの態度だから、セイバーは断り続けていた、と。

「こら、ギルガメッシュ! いい加減に戦えよな。全員倒したら、マジカルセイバーはお前の好きにすればいいって言っただろう!」

 いい加減に業を煮やしたのだろう、慎二がいらいらしながら叫んだ。いや、こっちもその方がまぁ助かるというか。人んちの庭で痴話喧嘩はやめて欲しい。ってわたしの家じゃないけれど。で、ギルガメッシュ? エクスカリ『ぱ』ー使ってみたり、60階建ての塔上ってみたりするんだろうか。

「ふむ。確かにそういう契約であったな、マスター・シンジ。では改めて名乗るとしよう」

 ああ、一応聖杯戦士らしい。ギルガメッシュ、と呼ばれたマジカルアーチャーは、金の髪をさらりと掻き上げてすっと自然体。いいなぁ、わたしや桜みたいなぶってるポーズじゃなくって。

「冬木の力を受ける為。我が手に力を受ける為。聖杯戦士マジカルアーチャー……ギルガメッシュ見参!」

 ……ぴこんと金の髪から飛び出した犬耳とお尻から伸びたふさふさの尻尾。ついでに言うと、最後のトドメがどっかの黒いバイク乗り仮面ちっくなポーズでした。例え裏切っちゃっても聖杯戦士を名乗る限り、このポーズと耳&尻尾から逃れることはできないんだー、とほんの一瞬だけだけど遠い目になってしまった。

「気をつけて下さい、彼は強い」
「……そのようだな。まともな変身をしていない癖に、威圧感が桁違いだ」

 セイバーが油断なく見えない剣……エクスカリバーを構え、アーチャーが短剣を持ち直す。あら、隣に並んでいる士郎と構え方がまるで一緒だ。士郎に合う型と言われてアーチャーを連想したのは、間違いなんかじゃないってことか。

「ふん。まずは雑種共の力量を見極めてやろう……行け、我が武器たちよ」

 ギルガメッシュがすっと右手を挙げる。と、彼の背後の空間でいくつもの歪みが生じた。そこからにょき、にょきと何かが生えてくる……え、あれって武器の柄? しかも、何か1本1本が己の存在と力を主張している……!

「――ハルペー、ダインスレフ、ゲイボルク」
「グラム、方天戟、ヴァジュラ……」

 士郎とアーチャーの、苦々しげな声が重なる。2人が挙げているのは多分、ギルガメッシュの背後から生えてきた武器の名前だと思う……けど、何で分かるの? っていうか、ゲイボルクってランサーの使ってるあの赤い槍の名前よね。でも、あいつはランサーじゃない。
PREV BACK NEXT