マジカルリンリン6
「攻撃開始!」

 ギルガメッシュの右手が振り下ろされると同時に、生えてきた武器たちが一斉にこちらへと突進してきた。うわ厳しい、わたしの宝石の魔力爆発だけじゃ相殺しきれない! わたしはセイバーと目配せを交わすと、宝石を前方の地面に叩きつける。

「Explodierendes bewitchment,versetzt sie!」
「風王結界!」

 よし、セイバーの風王結界が同時に炸裂した! けど、その暴風の中を突っ切って、武器たちはなおも進んでくる……セイバーが一歩前へ出た。

「はぁあっ!」
「このおっ!」
「……っ!」

 セイバー、士郎、アーチャーの3人が同時に刃を振りかざす。ガン、ギン、ガキッと耳障りな音がして、突っ込んできた武器たちが弾き飛ばされる……よし、反撃なら今!

「Sechs,Entwicklung.Bewegung und bewitchment Explosion!」

 踏み込みながらとっておきの宝石を指でつまみ、呪文と共にギルガメッシュに叩きつける。よし、慎二ごと爆発の範囲内にばっちり入った! 桜ごめん、いくらあなたが許しても、わたしやっぱり慎二は許せない。

「凛! 気を抜くな!」

 ほんの僅か背後から、アーチャーがわたしを呼ぶ声がした。それとほぼ同時に、反対側の背後から腕を引っ張られる感覚。あっという間にわたしは、力の加減を知らない士郎の胸の中にぼすん、とぶつかった。

「遠坂、あいつ、あれくらいじゃ倒せてない!」
「あれくらいって……え、何ですって!?」

 あ、結構士郎って胸板厚いんだ……じゃなくって、慌てて士郎から離れながら喚く。ちょっとぉ、とっておきの宝石だったのに何て言いぐさよ、と反論しようとして、士郎の台詞に固まった。あれで倒せてなかったら、わたしじゃ勝てないって言うのに……
 ……言うのに、爆風が薄れたその場にギルガメッシュは平然と立っていた。片腕で慎二を庇い、ちっとも汚れてないジャケットを反対の手でぱんぱんと払う。そして……こちらをつまらなそうに横目で見た。

「は、今代の聖杯戦士とはこの程度か。そのような実力で我に刃向かうなど片腹痛いわ」

 そう言いながら彼は、肩の上の空間からひょいと剣を1本引き抜く。これもさっき飛んできた武器たちと同じ、名前のある強力な剣だろう。わたしには分からないけれど、士郎がちゃんと分かる。

「――デュランダル」

 ほら、名前が出てきた。知らない名前じゃないってことはつまり、それなりに有名で――強い剣、ってことだ。そして、それと同時に士郎たちが打ち払ったはずの武器たちが復活する。ふわりと浮かび上がり、こちらに切っ先を向けて。

「セイバーよ。そなたがどうしても我のプロポーズを受けないと言うのであれば致し方あるまい。力でそなたを打ち負かし、我がそなたの支配者となろう」
「いい加減にして下さい! わたしはあなたに支配されなどしない、だからわたしはあなたが嫌いなんです!」

 結局そこに戻るのか、あんたら。大体ギルガメッシュ、あんたの言ってることはプロポーズと違うって。それに、その自信満々な態度はどこから来てるんだか。きっとああ言うのがストーカーになるんだろうな。

「セイバーの言う通りだ。いい加減にしろよあんた、そう言うのをストーカーって言うんだぞ」
「ふん、このたわけと同意見というのは少々気に食わんがな」

 わたしの考えてることを口にしてくれた士郎とアーチャーが、セイバーと肩を並べるように割り込んだ。うぅ、この状態でセイバーを庇うべきなのは分かってるけどさ。少しはわたしのことも思い出して、ってちょっぴりジェラシー。

「何人邪魔をしようが無駄なこと! 行け!」

 今度は剣ごと、ギルガメッシュの右腕が振られた。って、剣が増えてるー! 反則よ反則ーって吼えてる場合じゃない、わたしがみんなを守らないと!

「この――Mein Denken schutzt Sie!」

 相手は剣だから、物理攻撃を防ぐ障壁を構築しなくちゃならない。ポケットに突っ込んである宝石を無造作に掴み出し、みんなの前方にばらまきながら呪文を唱えて思う通りのそれを作り上げる。せめてクッションになれば、士郎たちなら叩き落とせるから。

「はっ!」
「この、くっ!」
「……ち、拙いな……!」

 ガキン、ガッ、ガゴッ!
 うぅ、やっぱ防ぎきれないか。それでも襲い来る剣の速度は落ちてる……それらを、士郎・アーチャー・セイバーの3人が次から次へとはたき落としていく。やがて、最後の1本ががらんと音を立てて地面に落ちた。あーあ、凄い荒れよう。ごめん士郎、ちゃんと後で片づけるから。アーチャーが。

「何だよ、ギルガメッシュ! でかい口叩いておいて、そいつらも倒せないのか!?」

 あーうるさい。頼むから、あんた早くアンリ=マユ引退しなさい、それが身の為よ。味方のはずのギルガメッシュが、あきれ顔で睨んでるじゃないの。

「黙っておれ。そなたが欲しておるあの女ごと吹き飛ばしても良いのか?」
「……う、そ、それは……」

 慎二が口ごもった。それにしても慎二、あんたもまだわたしのこと諦めてなかったんかい! 2人揃ってしつこいったらありゃしない。
 ……士郎が慎二のこと、大事な友人だって思ってたんだから、元々は良い性格だったと思うんだけどな。桜に間桐の後継者の地位を取られたって思ったのかな――ううん、そう思うだろう。魔術師の家系がよそ者の娘を養子として受け入れるってのは、普通そういう意味だから。……きっと、そのせいで性格がひねちゃったんだ。でも、わたしも桜も悪いんじゃないわ。ひねたのはアンタが弱いからよ、慎二。

「……少しくらいなら痛めつけたっていいさ。あのセイバーと一緒で、なかなか自分の立場を分かってないみたいだからな!」
「自分の立場を分かってないのはお前だろ、慎二」

 ふん、と鼻息を荒く鳴らして偉そうに言った慎二に、士郎がため息をついて反論した。その横でうんうんと頷くアーチャー、あんたたちやたらと気が合ってるわね。そう言えば何となく風貌も似てるけど、生き別れの兄弟か何か?

「だぁかぁらぁ、マスター・シンジだって! いい加減にしろよ衛宮、お前俺のこと馬鹿にしてるんだろ!」
「いや、そう言うつもりじゃないけど」

 うん、慎二が激昂するのは分からなくもない。士郎、マイペースすぎるんだもの。だけど、感情に任せて荒れたらそっちが不利よ? そうでなくても数だけならこちらが有利なんだから。ああ、そう言えばキャスターと葛木先生、桜とライダー助け出してくれたかなぁ。葛木先生ごめんなさい、多分訳も分からずに巻き込んでしまいました。

「あああもういいよ! ギルガメッシュ、その男2人は生かしておく必要ない、殺っちまえ!」

 あ、慎二が爆発した。つーまーりー、士郎とアーチャーは殺しちゃってわたしとセイバーを2人で山分けってこと? こらふざけんな、こっちにも選ぶ権利が……これはさっきセイバーが言ったっけ。

「良いのか? グランドマスターからはアヴァロンの発見を優先しろと言われているのだろう?」
「そんなもん、邪魔者がいない方が探しやすいだろ!?」

 ――アヴァロン。衛宮切嗣が隠匿した、聖杯を導く秘宝。それ故にこの家は狙われ、士郎は巻き込まれた。あいつらに渡すわけにはいかないけれど、かといってわたしたちもどこにあるのか知らない。唯一のヒントは、切嗣がセイバーに遺した『君なら見つけ出せるところに隠しておいた』って言葉……だけど、セイバーにも在処は分からない。だって言うのに。

「了解した。だが……まずはセイバー、そなたの力の無さを思い知るが良い」
「なっ……!」

 よりにもよって、奴はそのセイバーに刃を向けた。庇おうとした士郎とアーチャーが、どこからともなく飛来した武器たちに叩きのめされ、地面に倒れ伏す。そして、わたしもセイバーもボロ切れみたいに弾き飛ばされた。ってめちゃくちゃ強いじゃないのこいつ! うぅ、顔から地面にぶつかったよぅ……女の顔を何だと思ってるんだあんたわ〜!

「う……シロウ、アーチャー――凛っ!」

 あー……セイバーの声が聞こえるよぅ……ごめん、身体ひどく打っちゃった。うまく動けない……。

 ――ダメじゃない、わたし。この程度で負けちゃ。
 桜と引き離されたあの時も。
 父さんを見送ったあの日も。
 魔術刻印を継承されたあの手術の後も。
 わたしは泣かなかったし、負けなかった。

 遠坂の後継者をなめんなよ。
 もう誰も奪わせないんだから。
 士郎も、アーチャーも、セイバーも、桜も、ライダーも、キャスターも。

 あんたらなんぞに奪われてたまるかコンチクショー!!

「くっ、Fixierung,EileSalve――――!!」

 無理矢理上体を引き起こし、左手を突き出す。わたしのこの手が光って唸る、あんたら倒せと輝き叫ぶ! 食らいなさい、必殺ガンド乱れ撃ちーーーっ!

「な、小娘がっ!」
「と、遠坂!? お前まだ、そんな力がっ!」

 ふ、吼えろ避けろアンリ=マユ! この遠坂凛ことマジカルリンリンに敵うと思うてかーっ! あんたら、ガンドの呪いの餌食にしてくれるわっ!! 頼むから倒れろ、倒れてっ!

「く……凛、危ない!」
「――え?」

 セイバーがわたしの名前を叫ぶのが聞こえた。その声に急に頭が冷えていく……ふと顔を上げると、視界に入ったのはこちらを向いて整然と並んでいる、十数の切っ先。

「……っ!」

 わたしが詠唱を始めるより早く、たくさんの刃たちは動き始めた。拙い、ギルガメッシュの奴、わたしを串刺しにするつもりか……っ! ってーかそれだけ刺されたら死ぬ、いくら何でも死ぬってば!

「凛!」

 アーチャーがわたしを呼ぶ声が聞こえる。うわぁ、大ピンチの時って光景がスローモーションに見えるっていうけど、本当だぁ。ゆっくりゆっくり、鋭い先端がわたしの身体を突き刺そうと進んでくる。駄目だ、動けない――避けられない。いくら魔力強化されてるこの戦闘服でも、これだけ食らっちゃ無駄な抵抗よねぇ。
 あーあ、わたしの人生短かったなぁ。最期にわたしが見た光景は、切っ先が突き出て赤い血に染まった白いシャツの背中で……っておい、それってちょっと待って!

「――――しろ、う」

 わたしに血が付かないように、先端が届かないように。

「……とお、さか……」

 必死で足を踏ん張って衝撃に耐えていた士郎が、わたしを肩越しに振り向いて。

「よかった、まにあ……た――」

 ホントに嬉しそうに笑って、そのまま地面に崩れ落ちた。胸元に突き立てられた武器が、まるで墓標みたいで。

「士郎……っ!」

 わたしのかすれ声と。

「シロウ!」

 セイバーの悲鳴が、音の消えた空間に響き渡った――。
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