マジカルリンリン7
魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
その彼女たちの前に現れた、先代の聖杯戦士・ギルガメッシュ。
彼の攻撃から凛を守り、衛宮士郎が倒れた!
目の前に、士郎が倒れている。
胸に、何本もの剣を突き立てて。
顔をのけ反らせ、はぁはぁと荒い息をついて。
時折がふっと、真っ赤な血を吐いて。
まだ、生きてる。
辛うじてだけど、生きてる。
誰か、士郎を助けてください。
この人を、わたしのまえから連れて行かないでください。
――違うでしょう、遠坂凛。
誰かじゃない、士郎を助けるのはわたし。
欲しいのは力だけ。
士郎を助ける、力が欲しい。
第7話
―アヴァロン出現! 立てマジカルセイバー!―
- interlude -
「間桐の家はここか」
「そうですわね。宗一郎様、どうぞお気をつけ下さいまし」
「うむ。急ぐぞ」
私と宗一郎様は、間桐桜の家の前に立っていた。結界が張られており、常人であれば中に入ることはおろか近づくことさえも忌避するであろうその洋館の門扉を開き、宗一郎様と共に私は周囲へ視線と魔力を張り巡らせながら入って行く。
『サクラとライダーが、マトウの家から戻ってきません。こちらは敵の襲撃を受けています。キャスター、マトウの家を探っていただけませんか』
セイバーから切羽詰まった声での一報を受け、私は間桐邸へと向かうことにした。宗一郎様は私とセイバーの会話をそばで聞いており、何も言わずに同行してくれたのだ……って言うか、そもそも宗一郎様と2人で買い物の途中だったのだけれど。おのれリンリン、このツケは高くつくと思っておきなさい。
……宗一郎様にとってみれば間桐桜は自分が勤務する学校の生徒であり、その生徒の危機に教師は動くべきだ、と思っているのだろうか。敵対する相手もまた同じ学校の生徒……それも、間桐の長子であることを知ったら、果たして宗一郎様はどうなさるおつもりだろう。
「……魔力の残滓は……こちらね」
呆れるほど気配というもののない家の中を、私は迷うことなく進んで行く。やがて、突き当たった先は……一見ただの壁にしか見えない、隠し扉だった。
「キャスター、この奥か?」
「そのようですわ。解呪します――!」
一般の人間とは思えないほど敏感な宗一郎様の感覚が、隠し扉を捉えていた。私は1つ頷いて、扉にかけられた施錠封印を解き放つ。それから、ゆっくりとその扉を開いた。
「桜、ライダー……いるのでしょう? お迎えに上がったわよ」
扉の向こうの空間は闇、闇、闇。その中に向かって言葉を投げかけると、ほどなく返事があった。
「キャスター……ですか? 入らないで下さい、この中では魔力を吸い取られます!」
ライダーの言葉に、思わず私の足が止まる。私は魔術師、魔力を奪われては手足をもがれたも同じだ。しかし、そうなると中の2人は……?
「2人は中だな」
「はい」
宗一郎様のお言葉に頷く。……と、私の横を擦り抜けて彼が中に足を踏み入れる。すたすたと闇の中に進んで行った宗一郎様のお姿が見えなくなってすぐ、下の方で何やら声がした。
「――え、葛木……先生?」
あの声は桜、どうやら無事のようね。で、いくらかのやり取りと音の後、宗一郎様が戻ってこられた。右肩の上にライダー、左の脇に桜を抱えて。ああ、羨ましい……そんなことを言っている場合ではなかったわ。
「申し訳ない、キャスター。助かりました」
「礼はセイバーに言って欲しいわね。彼女からの連絡がなければ、ここには来なかったわ」
かなり顔色の悪いライダーの言葉に、あまり感情を交えずに返す。どうも彼女とは、息が合うような合わないような……士郎に言えば、きっと喧嘩するほど仲がいいんだよとか言われそうだけど。いや単に虫が合わないだけよ、きっとそう。
「……セイバーさんが? 何か、あったんですか?」
床にへたり込んだ桜が、不思議そうに見上げてくる。あなた達からの連絡が途絶えたことも『何か』のうちでしょう? その位分かりなさい。
「衛宮の家が敵襲を受けたそうだ」
宗一郎様が、無表情のままそうおっしゃった。平坦な言葉で綴られたその意味が、2人の顔色を一層悪くしたのはほんの一瞬後。
「何ですって!?」
「偶然のタイミングか、向こうがこちらの動きを知って仕掛けたのかは分からないけどね」
ほら桜、いきなり立ち上がっても立ちくらみがするだけよ、まったく。しかし、確かに彼女の思いも分かる。のんびりしている時間はない……こうしている間にもセイバーやリンリン、そして士郎が危険に晒されているかもしれないのだ。相手はアンリ=マユ、どんな手を使ってくるかも分からない。
「……ここからはお前たちだけで行け。私は買い物の続きがある」
皆の顔を見渡して、宗一郎様がおっしゃる。そういえば私たちは買い物の真っ最中だった。ああ、結婚間近なほのぼのカップルの休日はどこへ……アンリ=マユ許すまじ。
「ああ、申し訳ございません宗一郎様。後はお任せしてよろしいでしょうか」
「そのつもりだ」
私が頭を下げると、宗一郎様は無表情ながら僅かに頷いて下さった。そして、そのままクルリと背を向けるとさっさと先に行ってしまわれた。お買い物袋、玄関先に置きっ放しでしたっけ。後はよろしくお願い致します、宗一郎様。
宗一郎様のしゃきっと背筋を伸ばした後ろ姿が見えなくなってから、私は2人を振り返った。先程から魔術回路の回転が始まっているのだろう、奪われた魔力も少しずつ元に戻りつつあるようだ……が、さて。
「……さて。桜、ライダー、魔力が少ないようですが戦えますか?」
「平気です。先輩のピンチにぼやぼやしてたら、姉さんやセイバーさんにかっさらわれます!」
「サクラに全く同意です。幸いわたしは吸血種ですから、その気になればその場で魔力補充は」
「先輩は渡しませんよ、ライダー!」
――あー、頭が痛い。魔力云々より前に解決すべき問題じゃないのかしら、これは?
- interlude out -
「――う……」
わたし、どのくらいぼうっとしてたんだろ。ほんの少し漏れた呻き声に顔を上げると、士郎の身体から武器たちが引き抜かれたところだった。持ち主……ギルガメッシュが、手の一振りで武器を引き上げたらしい。げふっ、と湿った声を上げて、士郎が血を吐いた。
「ふん。雑種の分際で我に刃向かうから、こういうことになる」
つまらなそうな顔でちらっとこっちを見てから、あいつはやっぱり呆然としたままのセイバーに視線を移した。あーそーよね、あんたにとっちゃわたしたちなんて人の恋路を邪魔する連中なんだろうな。つーかそこ、しっかり間合いを詰めてるんじゃない!
「……しろう、士郎っ……!」
いけない、士郎を助けなくっちゃ。わたしは動かない身体を無理やり動かして、士郎とギルガメッシュたちの間に割り込んだ。悔しいけど奴に背中を向けて、士郎の顔を覗き込む。
――生きてる。うっすらと目を開けて、浅くて激しい息をして、無理やりにでも立ち上がろうと、身体に力をこめてる。心臓がとくんとくんと動いてるのが分かる!
「セイバー、アーチャー! 士郎はまだ生きてる!」
「――え?」
「何?」
わたしの叫びに、セイバーとギルガメッシュが同時に反応した。次の瞬間ぐしゃっと音がして、セイバーの身体がヒラリと宙に舞う……おーい。
「お、我を踏み台にしたぁ!?」
「おや、何か踏みましたか」
わたしと士郎をかばうようにふわりと降り立ったセイバーが一言。ギルガメッシュ、あんたよほど嫌われてるのねぇ。で、こちらに来ようとしたあいつの前には、赤い背中が立ちはだかった。
「退け、雑種」
「退かせたいなら、力ずくで排除してみることだな」
「ふん、我に敵うと思うてか」
アーチャー対決なのはいいけどギルガメッシュ、顔面に赤い靴跡ついてるわよ。それが真っ正面にいるもんだからアーチャーってば、肩震わせてる。うん、分かる分かる。
「何をしている、凛。そいつを看取りたいのか?」
「あ、ごめんっ!」
いけないいけない、わたしが士郎を治さなくちゃ。急いで口の中で呪を編み、士郎の中に……あれ?
「ちょっと、何で治らないのよ?」
わたしの魔力は士郎に流れ込んでる。だけど、治癒魔術として効果を発揮するはずのそれは……何の反応も示さない。いやわたし治癒魔術得意分野じゃないけれど……ってだめじゃないの。士郎の傷を治さなきゃ、士郎が死んじゃう……!
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