マジカルリンリン7
「おぉっ!」
「む……少しはやるな、雑種!」
ギルガメッシュとアーチャーが刃をぶつけ合う金属音が響く。セイバーはわたしたちを守るための盾になってくれている。わたしはなおも魔力を流し込んで……駄目だ、ほとんど治癒に回ってない。血はやっと止まり始めたけど……間に合うか?
「何やってんだよ、ギルガメッシュ! そんな奴、吹き飛ばせ!」
むぅ、慎二うるさい、黙れ。ああもう慎二なんてどうでもいい、士郎だ!
……ってあれ、空から降ってくる影はなんだろう? ばさばさっていう羽音まで聞こえて……
「リン、セイバー!」
ぐしゃ。
空から降りてきたのは、真っ白なペガサス。見事慎二をクッションにして着地したその背中には、ライダーと彼女に抱え込まれるようにして桜が座っていた。2人とも変身済みで……あら、キャスターはどこ?
「リンリン、無事!?」
「わたしは何とか……でも士郎が!」
あ、来た来た。うわぁ、ローブが翼みたいになってる。で、3人並んだらハイポーズ。このギアス、本気で融通利かないんだから。そんなことしてる場合じゃないっちゅーねん!
「マジカルキャスター!」
「マジカルライダー!」
「マジカルチェリー!」
「冬木の平和を守るため! 邪悪の野望を砕くため! 我ら聖杯戦士、ここに推参っ!」
ほー、このトリオだと決め台詞は桜なのか。あ、いや、そうじゃないでしょうわたし! ここは遠坂のプライドなんてもんかなぐり捨てて、助力を頼むしかない!
「キャスター! こっち来て手伝って、士郎の傷が治らないの!」
「え? あ、はい!」
キャスターはいきなり呼ばれて驚いたようだけど、すぐに来てくれた。そして、懐から手早くいくつかの薬を出してくれる。
「魔力が治癒に働かないの。大丈夫かしら?」
「難しいですね……まずは血を増やします。失血死はそれで免れるはず……え?」
キャスターの薬が、皮膚から士郎の身体に染み込んでいく。これでもう大丈夫、と思ったのに、キャスターは眉をひそめた。ひょっとして……
「どうして? 薬効すらも魔力に変換されて吸収されている……」
――サイアクだ。わたしたちは士郎を治したいのに、士郎の身体がそれを拒否してる。何でよ……!?
- interlude -
身体が熱い。熱いのに冷えていく。
まずったかな……遠坂を守れたのはよかったけど、これじゃあ結局一緒だ。
せっかく桜やライダー、キャスターも来てくれたのに……あいつには勝てない。
ライダーの乗って来た白い馬が弾き飛ばされた。
桜の足元から這い出してきた蟲たちが炎の刃で焼き払われた。
キャスターが、幾本もの剣で串刺しにされた。わざと、急所を外して。
アーチャーと1対1の戦いを繰り広げながら、あいつは無数の剣を操っている。
ギルガメッシュ、と名乗ったあいつは強い。
勝てない。よく分からないけど、そんな気がする。
俺たちはみんな殺されて、セイバーと遠坂だけがあいつらのモノにされる。
ふざけんな。
セイバーも、遠坂もモノじゃないのに。
守らなければ。
だけど、今の俺が、どうやったらみんなを守れる――?
――夢を見ている。
俺は家の縁側で、親父と並んで夜空を見上げている。
ああ、これは夢だ。
5年前、親父が死んだ夜の記憶。
この頃には親父はほとんど外出もせず、布団に横になっていることが多かった。
そんなある夜、俺は親父と並んで夜空を見上げていた。
「爺さんは、正義の味方やめたのか?」
爺さん。
俺を拾った時はまだ30にもなっていなかった親父を、俺はそう呼んでいた。理由はよく覚えていないけど……爺さんと思ったから爺さん、なんだろう。それだけ老けて見えたのか……それとも、健康を損ねていたからか。
「ああ、やめた……っていうかね。大人になると、正義の味方の格好って似合わなくなるんだよ」
「そうか? 似合ってたぞ、犬耳犬尻尾」
ちょっと悲しげに親父が言うものだから、俺がそう答えてやったら親父、髪をコリコリと掻きながら照れてやがった。ほら、着けてないはずの耳と尻尾がぱたぱた振られる幻が見える。よく似合うぞ、親父。
「んまぁ、確かにいい大人が耳と尻尾着けて似合うってのも問題だけどな」
「いや、問題はそこじゃないんだよ、士郎……」
困らせたかな? そういや俺、親父を困らせてばっかだったような気がするな。魔術を教えてくれって頼み込んだ時も、同じ顔してたっけ。
「やっぱり、ああいう耳や尻尾は女の子の方が似合うし、男だったら大人より子供の方が可愛いと思うんだ」
「そっちかよ!」
拳握って力説した親父の胸元にべし、とツッコミを入れて、俺はびっくりした。親父の身体、こんなに細かったっけ?
「とても重要なことだと思うけどな、士郎。それに……僕が思い描いていた正義の味方になることは叶わなかった」
俺の頭をなでて、親父は悲しそうにそう言った。
親父の考えていた『正義の味方』……全てを救う、正義の味方。誰も傷つけず、みんなが幸せになれるように。だけど、そうなることは叶わない。だってそうだろう?
例えば銀行強盗が人質を取ったとする。その人質を無傷で助けられたとしても、救えない者はいる。即ち、人質を助けられてしまった銀行強盗が。
でも俺は、そんな正義の味方になりたかった親父に憧れていた。自分を助けてくれた人を目標にしていた。
だから。
「……爺さん」
俺は親父の顔を見上げた。「何だい?」と見つめ返してきた親父に、俺は精一杯笑って見せて、言った。
「あんたの夢は、俺が叶えるから。……耳と尻尾はいやだけどな」
そうしたら親父は、俺の顔を真っすぐ見て、ほんとにうれしそうに笑った。
「そっか。うん、耳と尻尾は妥協してあげよう。可愛いと思うんだけどな……でも、嫌がってくれてありがとう」
と、訳の分からない感謝の言葉を吐いて。
そして。
「――ああ、安心した」
ゆっくり、息を細く、長く吐き出しながらそう言って、それきり親父の呼吸は止まった。
――夢を見ている。
俺は忍び込んだ土蔵の、青いビニールシートの上で丸まって寝ている。
俺を捜しにきた親父がそれを見つけて、ぼんやりとその脇に佇んでいる。
まぁ分かっただろうと思うけどこの時、実のところ俺は目を覚ましていた。
だけど、近づくなと言われていた土蔵の中に入ってたことを叱られるのが怖くて、寝たふりをしていたんだ。
……それじゃあこの光景は、誰が見ていたんだろうか。
「あーあ……ここには来るなって、何度も言ってるのになぁ」
親父は困ったような、でも怒っていない顔で呟きながら髪をガリガリと掻く。それからゆっくりと膝をついて、寝たふりをしている俺の頭をそっと撫でた。
「やっぱり、対だから引き合うのかな」
しょうがないな、って口調でそう言ってから、俺を抱き上げてくれた。そのまま俺は部屋まで連れて行かれ、布団に放り込まれた。で、出掛けに親父は俺の方を振り返って、一言。
「寝たふりをする時はね。呼吸は規則正しくした方がばれないもんだよ」
……かなわないなぁ。
――夢を見ている。
赤い世界、黒い太陽。太陽からどろどろと融け落ちてくる何か。
俺は立ち上がることもできず、焼けた大地の上に仰向けに寝っ転がってそれを見つめていた。
これはあの日の記憶。
10年前、俺が生命以外の全てを失った大火災の日。
セイバーが言っていた、前回の聖杯を巡る戦いの終結の日。
この赤い世界のどこかで親父――切嗣が命令し、セイバーが聖杯を壊し、遠坂の父親が亡くなった。
不意に、視界が暗くなった。
ぼんやりとした風景の中に入ってきたのは、銀色の犬耳を生やした切嗣。
泣きそうな顔をして、それでも俺が辛うじて生きてることに気づいて、嬉しそうに犬耳がぴこぴこ震える。――どうも、ケモノ耳はシリアスにはそぐわないぞ、マジカルガンナーこと衛宮切嗣。
「ああ、良かった。生きてて、くれた」
まるで俺を見つけたことが最大の奇跡であるかのように――後から考えたらその通りだったんだが――喜びの感情が詰まった台詞。それから切嗣は、着ていたコートの中から何かを取り出した。1メートルはないだろうけど、長い棒……っていうか、細長い板とかそんな感じのもの。表面の装飾は結構凝ってた、ような気がする。
「ごめんよ……今の僕には、君しか助けられない。君のお父さんも、お母さんも、近所の人たちも、お友達も助けられなかった」
切嗣は、まるで教会で懺悔をぶちまけるかのように言葉を吐き続ける。その手に持たれた板みたいな何かが、少しずつ光を放ち始めた。
「その代わり、僕が君を全力で守るから。許されるなら、僕が君のお父さんになってもいい……親が子を守るのは、当たり前のことだからね」
光がどんどん強くなる。そのうち、俺は自分の身体が温かくなっていくのに気づいた。光っている何かが、俺の身体を温めて……ああ、だんだん身体が楽になってくる。
「僕のお守り。君にあげるよ。これがきっと、君を助けてくれるから」
泣きたいのを耐える表情で呟いた切嗣が、俺の身体をそっと抱き上げる。小さな身体を抱きしめてくれた切嗣の腕が、温かかった。
親父に貰ったお守り。
あれから10年、俺を守り続けてくれていたお守り。
今度は、俺が使う番だ。
遠坂を、桜を、セイバーを、アーチャーを、ライダーを、キャスターを。
守るんだ。
ほんの数日しか知らない。
ほんの数日しか一緒に暮らしてない。
だけど分かる。
ろくな力もない俺を仲間だって受け入れてくれて、一緒に飯を食って、一緒に出かけもした。
こんな良い仲間、無くしたくなんかない。
やってみせる。
そうでなきゃ、あの日俺だけが救われたことが、無駄になっちまう。
俺を全力で守る、と親父は言ってくれた。それから5年間、親父は俺の心の支えになってくれた。
今度は俺が、みんなを全力で守る番だ。
まだ、全てを救う正義の味方なんて力はない。
手が届くだけしか救えない。
それなら、全力でみんなを救おう。
良かった。
俺、まだ出来ることがあるじゃないか――
- interlude out -
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