マジカルリンリン7
瀕死の士郎を背に庇い、わたしはひたすらガンドを撃ちまくっていた。キャスターがわたしと士郎を庇い、ギルガメッシュの武器で串刺しにされてしまっている。武器を抜き取られ、地面に崩れ落ちた彼女の肩が動いているから、まだ死んではいない。まさか、セイバーとの交渉材料に……そこまで頭が回るなら、士郎を使っているわね。
ライダーはダメージを受けたペガサスを空に逃がし、蟲の数を半減させられた桜を庇うようにしてダガーを振り回している。アーチャーはさっきから、ギルガメッシュに斬り倒されては何度も立ち上がっている。
……負けたくない。ここで負けるわけにはいかない。わたしが慎二のモノに、セイバーがギルガメッシュのモノになるなんて冗談じゃない。仲間たちが死んじゃうなんて冗談じゃない。士郎を殺させるなんて、冗談じゃないわよこの金ぴか&勘違いプリンス!
「……っていうけど、きっつー……」
士郎に流し込んだ魔力、それにガンドの連打で、そろそろわたしの魔力も尽きつつある。いや、ポケットにはまだ魔力をこめた宝石がいくつか入ってるから、それを飲めば補充は効くんだけど。飲む隙があるかどうか、それが読めない。
「……ぅ……」
――へ?
一瞬、声が聞こえたような気がしてちらりと背後を振り返る……前に、わたしの肩を士郎の手が掴んだ。嘘でしょう、士郎、血も止まってないのに立ち上がってる……!
「士郎!? 駄目よ、寝てないと……!」
「――大……丈夫、だ。おれ、が、まもる……か、ら――」
そんなこと、言ってる場合じゃないでしょう? あんたが一番守られなければならないのに。聖杯とは何の関係もないのに巻き込まれて、聖杯戦士でもないのにこんな大怪我して。ほんと、馬鹿じゃないの!?
「アンタ馬鹿なんじゃないの? そんなので自分が守るなんて、寝言は寝てほざきなさい!」
必死で押し戻そうとする。今のあんたがわたしたちを守るなんてそんなこと、できる訳ないじゃないの!
「――シロウ!」
「ん? まだ生きておったか。死に損ないの雑種が」
「衛宮、いい加減お前もしつこいな」
やば。セイバーはともかく、ギルガメッシュと慎二がこっち見てる。わたしは何とか士郎の盾になろうとして、当人の腕に阻止された。
「おれが、まもる、から。どけ……とおさか……」
「どけって、あんたねぇ――!?」
ああしつこい、引っ込めへっぽこ、って続けようとして気が付いた。さっき、わたしやキャスターが士郎の身体を治そうとして送り込んだ魔力――それが、士郎の身体に満ち満ちている。よく分からないけれど、それはまるで何かの儀式を行う魔術師のようで。
士郎の身体は、このために、自分の治癒すらも後回しにしたっていうのか。
「――」
この短い数日でさんざん思い知らされたけれど、士郎は頑固者だ。これって言ったら頑として引かない。今だって、寝てればいいのに無理やり立ち上がって。
「ああもう、肩くらい貸すから」
止まらないなら、手伝うしかないじゃない。自分で立てないなら、わたしが杖になるしかないじゃない。ああもう、わたし士郎のこと言えないくらいのお人よしだー!
「とお、さか?」
「うるさい。何かするならさっさとやってよね」
あー、士郎の顔を見られない。多分、今わたし、戦闘服と同じくらい赤い顔になってる。同じくらい赤い色……と言えばアーチャーのコートだけど、あいつは……うわ、ギルガメッシュに脇腹やられた!
「う……ぐっ……!」
「ふん、偽者が」
ずるり、と倒れ込むアーチャーには目もくれず、ギルガメッシュがこちらを睨みつける。わたしと士郎の前には、大きく肩で息をしながら見えない剣を構えたセイバーが立っていた。キャスターは起き上がれず、ライダーもへとへとになって膝を着いてる。桜はそんなに怪我してないけど、蟲たちがほぼ全滅状態。で、わたしは魔力切れ寸前、士郎が死に掛け。もういっぱいいっぱいって感じかしら?
「セイバーよ。傷だらけになりながらなおも気高くあるそなたは実に美しい。ぜひぜひその剣を収め我が胸へと飛び込んでこい」
「胸に飛び込む時は、我が剣の切っ先から突っ込ませていただきます」
「むぅ、素直でないな。だがそれもまた愛情表現と」
「だからあなたはストーカーなんです。ギルガメッシュ」
まだやってる。いい加減にしてよね、と口を挟もうとして、先に口を開いたのは士郎の方だった。
「いい加減にしろ。セイバーも遠坂も、モノじゃない。お前なんかに……渡さない」
「ほう、よく立った」
士郎の姿をまるで嘲笑うかのように見つめてから、ギルガメッシュはふんとつまらなそうな顔をした。
「で? その後は何があるのだ?」
「何やってんだよ! ギルガメッシュ、とっとと衛宮なんてやっちまえよ!」
「兄さん、あなたもいい加減にしてください!」
うるさいなぁ慎二。とうにギルガメッシュがあんたのことなんて無視してるって事実にも気づかないなんて。視界狭窄ってやつかな? 桜、そっちの相手頼んだ。
「失せろ。お前に、こいつらは任せられない」
士郎の身体に満ちた魔力が、右手へと収束して行くのが分かる。投影をするつもりなんだろうか? だけど、ギルガメッシュに勝てそうな武器なんて、わたし知らない。
「たわけ、雑種が。誰が貴様の許しを得るか」
「ギルガメッシュ!」
セイバーが剣を振り上げた。渾身の力と共に振り下ろされたそれを、ギルガメッシュの右腕に握られた剣が受け止める。えーっと、あれはさっき出てきた剣だな……グラム、だったっけ?
「下がって見ておれ、セイバーよ」
「ぐぁっ!」
奴が剣ごとセイバーを押し戻す。小さくて軽い彼女の身体は、ぽんと跳ね飛ばされて士郎の家の柱にぶつかった。ああ、これで士郎の家が壊れたらどうしよう、なんて考えてるのは余裕じゃなくて、現実逃避。
「我にはセイバーだけおれば良い。失せよ、雑種共」
グラムが光を放つ。灼熱を帯びた光が一直線に、わたしと士郎へと襲いかかってきて――
――金色の光が、わたしたちを包み込んだ。
「え……?」
わたしの横から伸ばされた、士郎の右腕。その手の中に、何か剣のようなものがある。あ、いや、剣じゃないや。それは剣よりもっと厚手で、豪奢な装飾が施されていて、でよく見ると細長い入れ物……って、それ鞘って言うわよね。
「鞘?」
その単語にたどり着いた時に、思い出した。
先の戦で失われ、セイバーが探していたもの。
衛宮切嗣が隠匿していたもの。
大災害から衛宮切嗣に救われ、その息子となった士郎。
『わたしには、隠されし聖なる鞘『アヴァロン』を捜し出すという役目があります』
『アヴァロンとは、それを所持する者を全ての災厄から守護し、傷を癒す力を持ちます』
……どおりで、家捜ししても見つからない訳だ。
きっと、衛宮切嗣が見つけた時の士郎は、今みたいに瀕死の重傷で。
そのひとは、死にかけた子供を助けるために、聖なる秘宝の力を使ったんだ。
士郎の身体の中に、アヴァロンを埋め込んで。
「何っ!?」
グラムの攻撃を阻まれて、ギルガメッシュが後退する。その瞬間、白と黒の短剣がくるくると回転しながら奴のライダースーツを切り裂いた。一瞬遅れて、その胸元で雷光がばちりと弾ける。
「士郎、リンリン!」
「ごふっ!?」
うむ、さすがの金ぴかも不意打ちには弱いっぽい。たまらず腹を抑え、2歩3歩と下がって行く。キャスターが半身を起こして手を突き出しているのが見える……そっか、雷光はあんたか。ありがと、助かった。
「セイバー、今だ!」
膝立ちになって短剣たちをキャッチしたアーチャーの声が響くと同時に、士郎の手の中から鞘が消えた。それはギルガメッシュに向かって突っ込んで行くセイバーの手の中にあって。
どごっ!
――見事にあのスカシた野郎の顔面を捉えていた。おー、めりこんでる鼻血が出てる。続けて腹に2撃、3撃。こう抉り込むように打つべし打つべし、回転も入って大ダメージだろう。うわー、剣の鞘って鈍器になるんだー。
「だ・れ・が・あなたのモノですか? ほら言ってごらんなさいギルガメッシュ!」
がしげしごすごすどす。
……セイバー、鬱憤が溜まってたのかも知れないけど、何かキャラが違うよう。援護に入ろうとしたアーチャーが、ぽかーんとその光景を眺めている。いや、あんたの気持ちはよく分かるけどさ。
PREV BACK NEXT