マジカルリンリン7
「……えーっと、セイバー?」
わたしの肩に掴まったままの士郎の間抜け声。多分、今アーチャーがしてる同じ表情なんだろうな、と何の根拠もなくそう思った。やっぱりあんたら、生き別れの兄弟か何かでしょ?
「げふ……セイ、バー……この痛みもまた、愛情の裏、返しと……愛い奴、め……」
――いい加減に嫌われてると言うことに気づけ。ストーカーの実例を目の前で見せつけられると、どうも気力が減少する。つーか鼻血拭け。
一方セイバーは……あー、こめかみに青筋が立ってる。その彼女がすっと右手を掲げると、ごおっと風が吹いて金の剣が姿を現す。左手に持ったアヴァロンに、セイバーの剣が収められ……はぁ、その剣の鞘だったんだ。それでセイバーが探し出す役目、とそう言うことなのね。
で。
セイバーは鞘に収められた剣を大きく振りかざし、やっとの事で起き上がったギルガメッシュへと力一杯振り下ろした。
「はぁあっ! 光になれぇぇぇぇぇっ!!」
ああ、た〜まや〜って感じで吹き飛ばされていくギルガメッシュ。空に1つ、きらーんと光る星になりました――ところでセイバー、アンタの剣は黄金のハンマーかいっ!! まぁ、とりあえず危機は去ったから良いか。
「う、嘘だろ!? ギルガメッシュがやられるなんて……!」
あ、いけない。毎度のことだけどすーっかり忘れてた。慎二どうしよう? 放って置いても特に害は無さそうなんだけど、お仕置きの1つもくれてやらなければ気が済まない。ってこら、こそーっと逃げ出そうとするんじゃない。
「シンジ、待ちなさい」
じゃら、と重い金属音がした。と同時に鎖が伸び、慎二の身体をぐるぐる巻きにする。どうやらライダーのダガーに付いてる奴みたいなので、任せることにしよう。一番言いたいことがあるのは、あいつの配下にされていた彼女だろうし。
「ら、ライダー!? この、放せよ、放してくれよっ……!」
「泣き言は聞きません……が、放しては差し上げます」
ライダーは泣きの入った慎二に冷たく言い放ち、そのまま力任せに上空へと振り上げた。彼女の言葉通り、空中で鎖から解き放たれた慎二の身体が、くるくると舞う。
「流星号流星号、応答せよ流星号!」
おもむろに通信機に話しかけるライダー。何だそれは、とわたしがツッコミを入れるより早く、空の彼方から飛来したのはペガサス。ってライダー、何で漢字名かつどっかで聞いたような名前なのか聞きたいんだけどいいかしら?
「うわあああああ!」
「人の恋路を邪魔するシンジは――我が子に蹴られて地獄にGO!!」
己の末路を感じ取って恐怖に引きつる慎二と、にやりと黒い笑みを浮かべて親指を下に向けるライダー。そしてわたしたちの視線が集まる中で、見事にペガサスの後肢による蹴りがクリーンヒットした。すぱこーん、という微妙に間の抜けた音を置き去りにして、自称マスター・シンジの姿はギルガメッシュの後を追い、空の彼方に消えた。ああメーテル、また1つ星が消えるわ、ってメーテルって誰。
「――は」
わ、いきなりわたしにのし掛かるな士郎……って、そう言えば士郎、身体の怪我は!?
「士郎!」
慌てて身体の向きを直し、ほとんど意識のない士郎の身体を支える。ギルガメッシュの剣に刺された身体は血に染まって、普通なら即死なんじゃないか、ってくらい損傷している。それで生きているのは、アヴァロンが守ってくれてたからなんだろう。そう言えば、ライダーを正気に戻した時もえらく早く傷が治ったな。
「――何、これ」
士郎の身体を見下ろして、わたしは息を飲んだ。ぎちり、ぎしぎしと骨軋むような音を立て、傷口の隙間から見えたものは――鱗のように並ぶ、無数の剣の切っ先。
「……え?」
今見えたのは幻だったのか。目を瞬かせる間にそれは消え失せていた。その代わり、驚異的とも言える早さで肉体組織が回復を始めている。血管が繋ぎ合わされ、筋肉繊維が絡み合い、皮膚が再生されていく。いくら何でも、このスピードは洒落になっていない。これも、アヴァロンの力?
「シロウ!」
「姉さん! 先輩はっ!?」
セイバーと桜が駆け寄ってきた。わたしがほら、と士郎の姿を見せてやると、2人もその治癒速度に息を飲む。……あれ、セイバー。剣がまた見えなくなってない?
「セイバー。鞘は?」
「消えました。どうやらあれは、士郎の投影により浮かび上がったもののようです」
「そっか」
それなら、アヴァロンはまだ士郎の身体の中にあるんだ。だから、傷の治りも早い。ちょっと安心した――士郎を死なせずに済む。
「……リンリン」
その呼び方はキャスターね。顔を上げると、すぐそばに彼女の顔があった。あれ、あんた傷は?
「まさか、さっきの光で治っちゃいましたーなんて言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかなんです。安直で申し訳ありません」
ご都合主義万歳。っていうか、アヴァロンを体内に持つ士郎よりアンタの方が治りが早くてどうするんだ。
「衛宮士郎らしい、能力発現だな」
これまた光で治っちゃいましたー、らしいアーチャーが腕組みしつつ呆れた顔で呟いた。それは何だ、つまり士郎は自分より他人の方が大事ってこと?
「――あ、れ……俺、いったい……」
何か士郎をけなされたようで気分が悪い。アーチャーを睨み付けようとして、腕の中から漏れた声にわたしははっと見下ろした。ぼんやりとだけど、士郎が目を開けている。わたしの顔を、何だか眩しそうに見上げている。
「士郎、もう大丈夫だから。あんたのおかげで、あいつらは退散したから。みんなも無事よ」
よいしょ、と士郎の上半身を抱き起こし、わたしたちの周囲に集まってきた皆の顔を見せてやる。セイバー、桜、ライダー、キャスター、アーチャー、そしてわたし。ね、無事でしょう? あんたのおかげよ。
「いや……それは、助かる、けど――俺の身体、いったい」
「いえ、あなたの傷が癒されるのは当然です。シロウ」
士郎の疑問には、彼の前に跪いたセイバーが微笑んで答える。うん、あれがセイバーの剣の鞘なんなら、彼女が答えるのは至極当然だ。
そして――これもまた当然、というようにセイバーは腕を伸ばした。士郎の頭をきゅ、と抱きしめる。こら桜、顔伏せてくすくすごーごーと呟くのはやめなさい。迫力ありすぎるから。
「やっと見つけました。シロウは、わたしたちの鞘だったのですね」
いい子いい子、って感じで士郎の頭を撫でるセイバー。そのうち、すーすーと安らかな寝息が聞こえてきた。うん、秘宝を投影するなんていう大仕事をなし遂げたんだもんね。いいよ士郎、お休みなさい。ゆっくり休んでちょうだい。
――さて。
この大荒れに荒れまくった庭と、戦闘の余波受けて大破してる家。どうやって直そうかな……ね、アーチャー? こらそっぽを向くな。全員、後片付け手伝って貰うからねー!
冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!
- interlude -
ふぅ。
やっとわたしも、カタチを得ることができました。
彼女には感謝しなくっちゃ……まさか、自分からやってきてくれるなんて思ってませんでしたからね。
くすくす。
蟲さんたちには可哀想なことをしたかな?
でも、いらないものは邪魔ですもんね。
彼女のところにはいくらか残ってるんでしょうけど、まあいいや。
さてと。
お祖父様、いつまでそこにおられるんですか?
彼女はもう、お祖父様の役には立ちませんよ。
ですから、こちらに来て下さいな。
兄さんも、彼女も、わたしのための踏み台なんでしょう?
くすくす。
秘宝の在処も分かっちゃいましたし、そろそろ動いてもいいですよね?
聖杯も彼もわたしが貰っちゃっていいんですよね?
あの人には、彼は渡さない。
望まれて、恵まれて、愛されたあの人なんかに、彼までは渡さない。
わたしが、全部奪っちゃいます。
秘宝も、聖杯も、先輩も。
- interlude out -
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