マジカルリンリン8
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 ついに出現した聖杯を導く秘宝・聖なる鞘アヴァロン。
 その持ち主である衛宮士郎を中心に、結束せよ聖杯戦士たち!
 見渡す限りの荒野。
 朝焼けの光の中に、そいつは立っていた。

 いや、立っているっていうよりは立たされている、に近いのかしら?
 だって、そいつの全身には剣や槍や矢が突き立てられていて。
 胸元を貫いてる槍がつっかい棒になって、倒れることができやしないから。

 それでも、白い髪のそいつは幸せそうに笑って――

「ああ、安心した」

 ――信じられないような台詞を吐いて、息を止めた。

 これは夢。
 わたしにとっては夢。
 だけど、あいつにとっては自分の最期の記憶。

 あーあ。
 あの馬鹿、まるで成長しないんだから。


第8話
―鞘を我が手に! グランドマスター・マキリ!―



「――あれ?」

 ぱち、とまぶたを開けると、そろそろ見慣れてきた天井が目に入った。薄明るくなってきてるから、もう朝なんだなーと分かった。

「……わたし、泣いてる?」

 顔の妙な感じに撫でてみると、どうやらわたしは涙を流していたようだ。多分、あの夢が原因なんだろうな。

「……参ったなぁ……まさかとは思うけど、そんなこと……」

 白い髪と、黒い肌のあいつ。わたしの知ってるあいつは皮肉屋で、どこか悲観的で、そして物事を引いた位置から見ている便利屋。なのに、夢の中で見たあいつは人懐こい表情で、自分から危険に突っ込んでいって、人助けして――そして、助けた相手に殺された。

「絶対混じってる、わたしの頭、ねるねるねるねみたく混ぜまくってるっ!」

 があーと頭を掻きむしる。大体、いくら容姿が似ていて使える剣が同じだからって、そんなわけないじゃないの!
 ――アーチャーが、士郎の未来の姿だなんて。

 今朝の起床は午前6時。これでもこの家じゃあ遅い方、っていうのがあれだ。朝の弱いわたしが頭掻きむしるくらい意識がはっきりしていたのはほんのつかの間で……二度寝の誘惑から必死に逃れ出た頃にはもう頭がぼーっとしていた。駄目だこりゃ、あーねむい。

「……おあよ〜……」

 無意識のうちにも、足はしっかり台所へ向かう。さて、今日わたしに牛乳を注いでくれたのは誰かしら。とりあえず一気に飲み干して、頭をクリアーにしてから確認しよう。

「目が覚めたか、遠坂? おはよう」
「んー、あ〜士郎〜、おはよ〜」
「姉さん、おはようございます」

 本日は家主手ずからだった模様。桜も一緒になって朝ごはんの支度中らしい。……ってちょっとおい。

「し、士郎!? あんた、もう起きて大丈夫なのっ!?」
「ああ。ゆうべはたっぷり寝たからな」

 いやまぁそうだけど。そりゃ、睡眠時間なんてこっちはほとんど無いに等しいのよね。昨日士郎が寝た後、全員総出で衛宮邸の修復と結界の再構築してたんだから。実はわたしよりキャパシティのでかい桜の魔力を融通しまくったり、ライダーに力仕事してもらったり。アーチャーが陣頭指揮に立っていたって言うのはどうなんだろうと思うけど、まぁ元通りに直せたからいいや。なお当人は、用事済ませたらとっとといなくなっていた。神出鬼没ね、相変わらず。
 で、目の前にエプロン着けて立ってる士郎の全身をじろじろと眺めてみる。うん、特に異常は無さそう。つーか、さすがアヴァロンの力と秘宝を誉めておこう。大体ガラスの修復も出来ない奴が、自分の身体の修理なんてできるわけもないんだから。

「それより、今日から学校だろ。ちゃんと朝飯食わないと」

 士郎の能天気な声で、わたしはやっとこさ現実に戻ってきた。いけない、ちゃんと言っておかなきゃ。

「――休むわよ」
「へ?」
「だから、学校休むの」
「誰が?」
「あんたと、桜と、わたし」
「……なんでさ」

 わたしが士郎と桜、そして自分を順番に指さすと、士郎はきょとんとした顔で尋ねてきた。それはこっちが聞きたい。あんた、何でこの状況でのうのうと学校行けるか。

「わたしは2-A、あんたは2-C、桜は1年。あんたに万が一のことがあっても、わたしも桜もフォローできないわよ」

 せめてわたしと士郎が同じクラスならフォローのしようもあるんだけど、と大袈裟に溜息をついてみせよう。ま、これで折れる衛宮士郎じゃないけれど。

「学校で誰かが襲ってくるって言うのか? そりゃ一度やってるじゃないか。悪の組織たるもの、そんなワンパターンじゃないぞ」
「それはTVの話でしょう? ギルガメッシュや慎二に、あんたがアヴァロン持ってるってバレちゃったのよ? なりふりなんて構ってられないわよ。大体、こないだの鮮血神殿みたいなことになったらどうすんの?」
「そんなの、俺が学校に行っても行かなくても同じことだぞ。ああいう結界張ってしまって、発動させたくないなら出て来い、って言われりゃ見過ごす訳には行かない!」
「それで学校のみんなが助かっても、いずれ冬木市のみんなが助からなくなったら同じことでしょうが!」 「やってみなきゃ分からないだろ!」
「少なくともあんたに任せたら危ないことだけはよーっく分かった!」

 士郎の言い分も分からなくはないんだけど……やっぱりこーなっちゃった。ああ、何でこう朝っぱらから口論になるんだろう。だけど、一度口から出た言葉を取り消すことはできないしね。

「あの、先輩、姉さん」

 桜の言葉で、わたしたちの口がぴたっと止まった。そう言えば桜は慎二の義妹ってこともあるし、士郎より状況が分かっているはずだ。意見を聞くとしよう。

「なに? 桜」
「ええと……今日は午前中だけだそうですから、偵察も兼ねて行ってみた方が良いんじゃないでしょうか。葛木先生もおられますし、この家に閉じこもってばかりは良くないと思うんです」

 く、抜かった。桜は士郎の味方でわたしのライバルだった。って何の。つーか桜、あんたは『偵察も兼ねて』昨日自分ちに閉じ込められてたそうじゃない?

「ほら、桜もこう言ってることだし。危なくなったら、通信機でも何でも連絡するから」

 ああ、桜という味方を得て士郎が勢いづいた。駄目だこりゃ、もうどうにも止まらない。ま、最後の言葉に期待することにしましょ。

「ほんとに何でも、ね? ガラス割ってでも、悲鳴上げてでもいいから絶対に何とかして知らせなさい」
「……はい」

 よし言質取った、これで良し。それに、実のところ学校の様子はわたしも気になっていたのだ。結界の後始末やら地脈の乱れやら……綺礼の奴、うまくやったんでしょうね?

「お、衛宮、遠坂、間桐、おはよう。何かな? この組み合わせは」

 うわー……何で校門入る前にあんたの顔見る羽目になるのよ。こっちも極厚の猫被って、いつもの挨拶と行こう。

「おはようございます、美綴さん。単に一緒に登校しただけですけど、何か?」
「おはよう、美綴」
「美綴先輩、おはようございます」
「うん、おはよう。……衛宮と間桐はまぁ分かるんだけどねぇ、遠坂凛がそこに交ざっている意味をあたしゃ知りたいねぇ」

 あはは、と明るく笑うこいつは美綴綾子。わたしのライバルっちゃーライバルで、現在弓道部主将。元弓道部員の士郎や現部員の桜と知り合いなのはそのため。士郎の腕を惜しんでいて、ことあるごとに戻ってこーい戻ってこーいと怨念飛ばしてるらしい。

「特に意味も何もありません。それじゃ衛宮くん、間桐さん、行きましょう」

 意図的に視線を合わせないように、士郎と桜の手を引っ張りながらさっさと歩み去ろうとした。と、綾子の奴、「まぁまぁ」とわたしの肩に手を掛けてくる。ええい何よ、人の恋路を邪魔する綾子は流星号に蹴られて地獄にお行き。むぅ、語呂が悪い。

「で、遠坂は衛宮に決めたのかな?」

 わたしにしか聞こえない声で、ぼそりと呟いた綾子。わたしは視線を合わせずに、こちらも奴にしか聞こえないように一言で返答。

「まだ仮決定よ」
「よし、ならこちらの挽回もありだね。それじゃ」

 意味ありげににやっと笑って、綾子はさっさと校舎に向かう。えーい、何であいつと『どっちが先に男を捕まえるか』なんつー賭けしたんだろ。ちくしょう、相手見つけたのは良いけど士郎だからなぁ、打って返ってくるのが遅いぞきっと。

「遠坂、美綴と仲良いんだ」

 当の士郎はこっちの気も知らずに、のほほんとそんなことを聞いてくる。こういうところが長所でもあるって、分かっちゃいるんだけどなぁ。

「まあね。ある意味綾子とはライバルだから」
「バレンタインのチョコレートの数、去年競ってましたっけね」
「……桜、思い出させないで……」

 桜は笑いながら言うけど、わたしにはいまいち笑えない。大体女子校ならともかく、何で共学校で女同士がバレンタインチョコの数競わにゃならんのだ。しかも男子ナンバー1の慎二より多かったってどういうことよ〜、慎二共々凹んだ凹んだ。と、そういえば目の前に男が1人いたわね。

「そういや去年って、士郎は貰ったの?」
「ああ、まぁ少しは」

 わたしの質問に、ちらっと桜に視線をやってから士郎は頷いた。あっそうか、1年前なら桜はもう士郎とは知り合ってたんだっけ。ちくしょう、出遅れは挽回が厳しいなぁ。

「わたしもプレゼントしたんですよ」
「後……藤ねえからチロルチョコだろ、クラスメートや美綴から義理がきて……ああそうだ、一成と慎二からも貰った」

 ちょっとこら、最後の2人は何だ。穂群原学園は男子校でもありません!
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