マジカルリンリン8
「あ〜、遠坂さん。おはよーございます〜」
「おはようございます、三枝さん。蒔寺さんと氷室さんも」
士郎や桜と別れて自分の教室に入る。席に座ると、とことこと三枝さんがやってきた。付き添うように、後ろからクラスメートの蒔寺楓、氷室鐘の両名も一緒だ。この3人は蒔寺&氷室コンビが陸上部員、三枝さんがマネージャーということで行動を共にしていることが多い。横から見ていても、それなりにバランスが取れていると思う。蒔寺とは休みの日に店を冷やかしにうろつく仲だ。ちょっと趣味が被ってるかもしれない。
「おはよう。遠坂嬢、先日のガス漏れ事故では世話になったようだな」
「いいえ。わたしは単に、運よく軽症で済んだから」
氷室さんの挨拶に、にこやか〜に微笑んで答える。新都の意識不明事件もそうだったらしいのだけど、対外的にはガス漏れ事故と言うことになっているようだ。で、わたしと士郎が救急と警察に連絡……したことになってるのね。ま、外部の人間が気づいて連絡したにしては軽症の人間が多いから、なんだろうけど。つーか綺礼が連絡したなんて絶対怪しいと思われるし、あの腹黒神父。
「遠坂さんがほんとに何とかしてくれたから、助かりました。ありがとうございますっ」
ぺこんと頭を下げられて、わたしは思わず苦笑い。実際にあったことを知らないでの発言だからね……鮮血神殿を何とかしたのはわたしじゃなくて士郎、なんだもの。
「遠坂、それで今朝は何故にあ・の・衛宮とご一緒に登校してきたのかな? 悪友としては興味津々なんだけど」
ち。こら蒔寺、そこツッコムところじゃない。それに、今朝は桜も一緒だったのに、何で士郎ばかりチェックされるんだ? つーか貴様、いつ見た。
「朝会いましたので、そのままお話しながら登校しただけですけれど?」
「ふーん。あたしゃまた、衛宮の家で同棲中かと思ったけど」
鋭い。まぁ、同棲というよりは合宿で、士郎は大家さんなんだけど。つーか同棲なんてらぶらぶなもんじゃない、桜はライダーと組んで士郎の寝込みを襲いかねんし、そのライダーは何でも吸血種だそーでこれまた寝込みに乗り込みかねない。セイバー……はどうだろう、彼の養父の戦友であるからしてどっちかっていうと母親的立場のような気がする。藤村先生にも『士郎の貞操は守る』と言ってるし。葛木先生とらぶらぶなキャスターは論外なので……うわぁ、それでも前途多難。いいや頑張れ遠坂凛、わたしの辞書に敗北の文字はない。
「……遠坂嬢?」
「とおさかさ〜ん……おーい」
「あー駄目だ、朝っぱらからあっちの世界に行ってるよ」
……あれ、今何か聞こえた?
- interlude -
俺にしてはわりとのんびりした時間に教室へ入る。くるりと室内を見回すと、そこそこの出席率っぽい……慎二の席はやはりというか空いていた。昨日、ペガサスに蹴っ飛ばされたような記憶が朧げながら頭の隅にあるから、今頃は家か病院で寝込んでるんじゃないだろうか。いい加減に懲りてほしいんだけどな、俺は慎二とは戦いたくないんだ。
「おはようでござる、衛宮殿」
「あ、おはよう……へえ、昨夜は時代劇か」
「よく分かったでござるな」
そりゃ後藤くん、お前さんの口調は前夜見たTV番組に影響されるからな。物まね特番の翌日なんかは多重人格かってくらい口調がコロコロ変わって面白いんだけど。
「……そういえば、物まねの時なんてよくあれだけ使い分けられるよな。どうやってんだ?」
ちょっとした興味から、そんなことを聞いてみた。おい、俺がわりとどうでもいいようなこと質問したからって、そんなに目を丸くするなよな。
「むむ。どう、と申されても……」
ふむ、と考え込む後藤くんの仕草もやはり時代劇っぽい。変身ヒーローものの時は凄かったんだよな、遠坂たちの決めポーズにもノリが似ていて。振り上げた手が俺の顔面を直撃して失神しかけた、なんていう事は黙っておこう。
「そうであるなー。頭の中に楽屋があってのぅ、例えばコロッケと波田陽区とヒロシに待っていて貰うのでござるな。で、出番がきたら1人ずつ呼び出しを掛ける、と言うたところかの」
「はー……結構器用だな」
後藤くんの説明に、素直に感心する。だって、頭の中にまるで違う人間がいるってことだろ? そんな器用なこと、俺はとても無理だ。とゆーか、コロッケもやはり頭の中にいっぱい他人が待ち構えていたりするんだろうか。五木ひろしとメカ五木とちあきなおみと……うわぁ、想像したくねぇ。
「慣れれば簡単でござるよ。良ければ伝授つかまつるが」
「あ、い、いいよ。好意だけ受け取っとく」
後藤くんの申し出に、慌てて両手を振って拒否した。悪いけど俺、そういうのに慣れる気ないから。
「む、そうでござるか。それは残念……何奴!?」
うわ、いきなり何だっ……と驚いた瞬間、後藤くんが感じたであろう気配を、俺も感じた。だから振り返ったのだけど、そこには後藤くんの突然の大声にぴたりと動きを止めたクラスの連中がいるだけで。
「だれ……って、クラスの奴以外誰もいないじゃないか」
「おかしいでござるな……確かにたった今、剣呑な気配を感じたのでござるが」
「きっと気のせいだよ。TVの見過ぎ」
おかしいなー、と首を捻る彼に気のせいだ、と言い含めつつ、俺はぞっとした。
だって、今感じた気配は俺に対して意図的に放たれた、本当に微かな殺気、だったから。
- interlude out -
さて、お昼になった。今日は半日で終業、っていうかそもそも土曜日じゃないの。何で月曜日まで休校にしないんだろ、士郎と一緒で融通効かないなぁ。
その士郎はというと、特にガラスを割ることも悲鳴を上げることもなく本日の学校は円満に終了した模様。友人の顔を久しぶりに見て気分転換にはなったかな?
「姉さん、来ました」
「あ、桜。それじゃ行きましょうか」
「はい」
わたしは教室の入口に立った桜に手を振って、そのまま廊下に出た。2人で教室まで士郎を迎えに行って、そのまま帰宅する心づもりである。
「学校付近の霊脈は結構ダメージ食ってるわね。ま、しばらくはあんな結界展開できないからいいけど」
これが出席した主目的、である土地の調査結果を思い起こし、ちょっと溜息をついてみる。ひどく痛め付けられてしまったこの土地では、しばらくあんなでかい魔術の行使は無理だろう。つーかやってみなさい、わたしがしばく。
「姉さん、そんなしかめっ面してたら怖いですよ」
「あら、わたしそんな顔してた?」
「はい、さっきから」
そうか、下校時間の学校の廊下で誰もわたしに近寄らないのは、わたしが怖いからなのか。ええいこのへっぽこ共め……もっとも、声を掛けてきたら掛けてきたでえらい剣幕で追い返しちゃうんだろうな、わたし。
「衛宮先輩、いますか?」
士郎の教室はわたしの隣の隣だから、すぐに到着する。で、桜はやっぱり慣れてるのか、入口から顔を覗き込ませて士郎を呼んで……あれ、何その変な顔は。
「む。また貴様か、遠坂」
「あらごめんなさい、柳洞くん。今日は間桐さんの付き添いよ」
ひょこっと顔を出したのは我が不倶戴天の敵、とわたしを呼んでいる柳洞一成その人。そういや、こやつは士郎と同じクラスで親友だったな。と、こら親友殿、士郎は一緒じゃないの?
「で、衛宮くんは?」
「ふむ……1限目にはおったのだがな。2限目から姿が見えなんだ。早退かと思ったのだが鞄はあるしな」
――やられた!
「桜! 上!」
「はい! あ、すみません、ちょっと用事が! 鞄は後で取りに来ますから!」
藤村先生が憑依したのか? と周囲が驚くような叫びを上げつつ、わたしと桜は同時に走り出した。柳洞くんのあっけに取られた顔が視界の端をよぎったけど、そんなもん構ってられるか。あんたの親友のピンチだ、このくらいは許してよね。
で、階段を乱暴に駆け上がり人のいない屋上に飛び込む。人前で魔術は使えない、士郎がいる場所も分からない。となれば、眺めの良いここで何とかするのが一番だ。視力強化して周囲を眺めるけど、何も目につくものはない。当たり前だ、1時間目終了後にいなくなったのならもう3時間は経ってる。見える場所になんかいるわけない。
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