マジカルリンリン8
「……フェリアちゃん」

 ん? 桜が横文字の女名前をちゃん付けで呼んだ、ってことは蟲の名前か。足元を見ると、影の中から例のモザイクかけたくなるような形状の蟲がひょこっと頭だけ出してぴこぴこ。あう、それはそれで情操教育には良くないような。形が違えば可愛い、とか思えるんだろうけども。

「え、アサシンさんがいたんですか?」
「アサシン?」

 蟲からどうやって聞いたのかは分からないけど、どうやら報告を受けたらしい桜の顔色が少し悪くなった。って、その露骨に暗殺者、な名称の対象者は誰よ。

「あー桜、まさかとは思うけどアサシンって、アンリ=マユの……」
「はい、コマンダーです。お祖父様の護衛を受け持ってましたから、表に出てくるとは思わなくて」
「先に言ってよねそんなことっ!」

 養子に行っても遠坂家のうっかり属性は不滅です。ああえらいこっちゃ、それじゃそもそも士郎は丸裸も同然じゃないかー! とゆーか、連絡はどうした連絡はー!!
 あー、やっぱり学校なんて来なきゃよかった。向こうさんをおびき寄せる為に撒き餌したようなもんじゃないの。ちくしょう、気分転換にはなったんだけどなぁ。

「それで桜、士郎は!?」

 周囲に人がいない、よって重い猫なんぞ被る必要はなしと判断して、わたしは本音を剥き出しにしてみた。目の前にいるのは妹だし、問題はないだろう。

「わ、分かりません! アサシンさんは、お祖父様――グランドマスター・マキリの直属の部下で……」

 グランドマスター。ランサーやアサシンたちコマンダー、慎二のようなマスターのさらに上の存在、要は最高幹部。その最高幹部の直属となったら、そりゃめんどくさそうな相手だ。しかも名称が『暗殺者』ときているからして。

「……にしても、あんたらつくづくベタなネーミングよね。マキリなんて、間桐の元々の名前じゃないの」

 溜息ついてそんな事を言ってみる。と、桜はすまなそうな表情になって顔を伏せた。

「済みません。お祖父様の持論で、『悪の組織はベタなネーミングとコスチュームがポイントじゃ』って……」

 最高幹部の趣味だったのか。桜はともかく、慎二のネーミングのベタさと衣装のダサさは間桐の血だったわけだ。って、だからそれどころじゃないだろう、わたし。

「ええい、ともかく士郎の教室に戻る! 行くわよ桜!」
「はい!」

 わたしは桜の返事を待つより先に、扉をぶち開けた。せめてあいつの教室に行けば、何か分かるかも知れないから。――しまったぁ、何で使い魔飛ばして警戒してなかったんだろう。待っていてよ士郎、助けるからね! えーい、何でわたしが士郎を助けに行かなきゃならないのかなぁ。確かにどっかの変身少女戦士ものじゃ、男性キャラがヒロイン属性だったけど。

「まぁ、士郎にはハマリすぎてるか」

 ぽんと思い描いたのは、校舎の屋上でセイバーにお姫様抱っこされてる士郎の姿。それを煩悩の奥に押し込めて、ぼそっと一言だけ呟いて、わたしは2-Cの教室に飛び込んだ。


  - interlude -


『入られよ、エミヤシロウ。門は開いておる』

 声だけが俺の頭の中に響く。「ああ」と頷いてみせてから、何度か尋ねたことのある間桐邸の敷地に足を踏み入れた。
 あの後、1時間目が終わってからトイレに行こうとして廊下に出た所で、今と同じように声が聞こえた。曰く、自分の言う通りに動かねば学校の敷地内に存在する命が1つずつ消えていくと。その時に発せられた殺気は本気のもので――仲間に連絡を取ることすら許されず、俺は言われるがままに学校を出た。そしてたどり着いたのが、慎二と桜の家であるここ、と言うわけだ。だけど……昨日桜とライダーが来た時にはここ、もぬけの殻だって言ってなかったか?

「……お邪魔します」

 いや、要は俺って拉致されてきたわけだから、挨拶も何もいらないんだろうけどつい。それにしてもこの家、相変わらず陰気な感じだなぁ。何となく人を寄せ付けないような……そんな感じがする。遠坂と同じく間桐の家も魔術師の家系だそうだから、その手の結界が張られているんだろう。

「……慎二……は、いないのか?」
『マスター・シンジは重症により、病院に入院しておられる。しばらくは動けまい……それより、食堂の位置はご存じであるかな?』

 うーむ、こういう形で慎二の現状を確認できるとは思わなかった。入院中なら、当分俺や遠坂と戦うこともないだろう。その間に事態が収束できればいいんだけどな。で、食堂か。食事を勧められたことがあるから、場所は知っている。ちょっと暗い室内だけど、歩くのに不自由はしない。

「ここでいいのか?」
『是。中で魔術師殿がお待ちだ』

 声の主が頷いたような感じがした。俺はそっとノブを回し、ずっしりとした木の扉を開く。屋敷の大きさに見合って結構広い食堂なんだけど、厚いカーテンを閉め切ってあるせいか重苦しい空気が漂っている。食卓の一番奥……入口から見て奥だから、上座になるのか。そこに、老人が1人座っていた。パッと見た目は普通の、身体の小さいお爺さんといった感じの老人は、俺の顔を見てにぃと笑った。背筋がぞっとする……さっきの声が言った魔術師とは、どうやらこの老人のようだ。

「ふむ、良く来られた。あまり遠出をできん身なものでな、少々無礼を致した」

 少々かよ、学校のみんなを人質に人を拉致っておいて。だけど、間桐の家にいると言うことは桜や慎二の身内であるだろうし、うっかり失礼なことは出来ないかな。

「……」

 言葉で返事をせずに、老人を見つめる。視線がきつくなるのは仕方ないことだと思って貰おう、自分が何をやらかしたのか分かってるんだろ? あ、このやろ、カカカとか笑いやがった。

「……さすがは魔術師殺しの息子よ。招いた家の主にろくな挨拶もできんと見える」
「脅して強制的に連れてこさせるのは招く、とは言わない」

 前言撤回、失礼なんか知ったことか。老人の言葉に、一応の正論を以て反論してみる。「それもそうじゃの」と笑みを浮かべたまま鷹揚に頷く老人の立ち居振る舞いは、どこか慎二と似ていた。うん、やはりここの家の人間か。

「ワシは間桐臓硯、という。慎二と桜とはワシの孫に当たるのぅ」
「……衛宮士郎だ。どうせ俺の素性は知ってるんだろ?」

 慎二の祖父、ということか。名乗られたので、一応こちらもきちんと返す。全身の感覚が、目の前の老人は敵だとびりびりしている。だから、敬語を使う必要などない。

「うむ、よう存じておる。衛宮切嗣の息子であり、鞘をその身に隠し持つ者……こちらの用件も、既に分かっておろうな」

 再びカカカ、と実に楽しそうに笑って、マトウゾウケンと名乗った老人は粘ついた視線を俺の全身に向ける。おいジジィ、俺はそっちの趣味はないんだぞ。ってそうじゃなくって。

「その鞘、だろ? 悪いけど、あんたらに渡す気はさらさらないぞ」
「そう言うと思うたわ。じゃが、この家に入った時点でお主は我が手に落ちておると知るが良い」

 そんな分かり切ったことを口にして、臓硯が鷹揚に手を振るった。次の瞬間、ゴゴゴ……と地の底から響くような音がした。それと同時に部屋全体が小刻みに震え始め……って、何で食卓と椅子が沈み始めるんだ?

「クカカカカ、クライマックスシーンに家具は邪魔じゃからのぅ。これも悪の組織幹部の心得じゃ」
「いや、そんな心得いらねーから」

 思わず手の甲でビシッとツッコミを入れてしまった。その間に『邪魔な家具』は完全に床へと沈んでしまい、食堂はそれなりに広い空間となる。湿っぽい空気の匂いがぐんと増し、俺は思わず身構えかけて……その動作を途中で強制停止させられた。
 ぴたり、と俺の首筋に冷たい感触が触れる。視線だけを動かして刃の正体を見極める――ダークか。暗殺には最適な、小さな刃。俺の背後にいつの間にか入り込んだダークの持ち主には、殺気どころか気配すら感じられない。だけど、こいつが学校で俺を脅迫して、ここまで連れてきた張本人のようだ。

「コマンダー・アサシン。名の通り、ヒトを殺すことに長けたワシ直属の手駒じゃ」
「魔術師殿、ご命令を」

 楽しげに刃の主の正体を語る臓硯と、あくまで主人の命令を待つ暗殺者。ふぅ、いきなり首でも切られていたら反撃なんて出来ないところだった。どうやらこいつら、昨日の再現でもしたいらしいな。俺の魔術回路は既にセットされている――後は、隙をうかがうだけだ。
「出来るだけ苦しめよ、アサシン。最終的に死んでも構わぬ……そこまで痛めつけねば、鞘とて表には出まい」

「御意」

 低く呟かれた一言。首筋に冷たい線が走ったと思った瞬間、反射的に身を投げ出す。線が走った部分が熱くなる……急所を外して斬られたな。即座に魔術回路に乗せてある設計図を引きずり出す。

「投影開始!」

 両手に出現するは白と黒の双剣。黒い刃が陽剣干将、白い刃が陰剣莫耶。アーチャーが愛用し、何故か俺の手にも馴染む一対の短剣を構え、ノーモーションで投げつけられたダークをギリギリの所で受け止めた。アーチャーなら切り払えたかな、ちくしょう。

「クカカカカ……良い、足掻くが良いぞ。お主のその足掻く意志こそが、『持ち主を守護する』鞘を顕現させることになる――!」

 臓硯の高笑いが、薄闇に沈む食堂の空気を振るわせる。ふざけんな、お前らの思い通りになるもんか!


  - interlude out -
PREV BACK NEXT