マジカルリンリン8
 事件事故が多い今日この頃、さっさと帰宅しろと教師連中が口を酸っぱくして言っているせいもあってもう誰もいない教室に、わたしと桜は飛び込んだ。と、机の1つにぽつんと残された鞄。あれ、士郎のものよね、桜?

「先輩……っ!」

 ああ間違いない、桜がまっすぐ駆け寄った。わたしも桜に続き、その机に近寄ってみる。帰宅する準備はまったく出来ていないから、授業の合間に何かあって、士郎はここからいなくなったんだろう。桜の言う、アサシンとやらに連れ出されたと見るのが妥当だ。

「桜。どこに行ったか分かる?」
「いえ……お祖父様が潜んでいそうなのは家なんですけど、昨日行った時にはもぬけの殻でしたから」

 そうだ。桜は間桐邸には昨日行ったところなんだ。それで何の気配もなかった、とすると間桐邸の線は消える。だけど……何だろう、この違和感は。

「間桐の家に行くわよ、桜」
「え、でも」
「昨日間桐邸が空だったのは桜を誘い込む為の罠、だったとすれば? それに」

 わたしの提案にきょとんとしてる桜の顔を見て、指を立てて説明。これでもあなたの姉なんだからね、それなりに頭は働くのよ。それなりか、自分。

「一度放棄したアジト、と相手に思わせておけば相手はもう探りに来なくなるわ。それを考えに入れている可能性もある」
「――そう、ですね。お祖父様にとって間桐の家は、これ以上にない堅牢な要塞でもありますから」

 自分の家を要塞と言ってのけた桜。うん、間違いない……士郎はアサシンに連れ出され、今は間桐邸にいるはずだ。根拠も何もないけれど、これはわたしの確信。

「桜、ライダーに連絡して。わたしはキャスターに連絡入れるから」
「はい」

 学校を小走りに出ながら、通信機で二人に連絡を入れた。……士郎に繋ぎたい気持ちを抑え付ける。敵の手に落ちているならば、うっかり入れた連絡があいつの命取りになりかねない。ごめんね、待っていて。

『何ですって!? 凛、あなた何をやっていたの!』

 ……ああ、耳元でキャスターに怒鳴られた。だから悪かったってば、と通信機に向かって頭下げながら謝る。これ、日本人特有なのかなぁ。ああまた現実逃避。

「ごめん! まさか気配殺せる奴がいたなんて聞いてないからっ! とゆーかキャスター、あんた知らなかったわけっ!?」
『グランドマスターとなんて、顔合わせたこともありません!』

 なるほど。まぁ、ほいほい顔出す最高幹部なんておかしいわよねぇ。ってそれは置いといて。

「多分士郎は間桐邸なの、行けそう?」
『少し時間が掛かります。わたしの使い魔を先に送っておきますから、彼と連携して下さい! それでは!』
「使い魔ぁ? 彼ってちょっと!」

 あ、切られた。ってーか、『彼』なんて3人称使える使い魔ってことは動物? まあいい、それで桜は?

「終わりました。セイバーさんと一緒に向かうそうです」

 桜の言葉を受けて、うんと頷きながら通信機を制服のポケットに放り込む。それにしても走りながらの通信って、結構疲れるなぁ。

「おっけい、キャスターは使い魔送ってくれるって。急ぐわよ桜!」
「分かりました!」

 2人揃って足を魔力強化、ぐんとスピードを上げる。昼間だから周囲に人は多いんだけど、気にしてる暇なんてない。ええいあんたら、邪魔だどけ。はねるぞ。何人たりともわたしの邪魔はさせない……あら、これってわたしの前は走らせない、だったっけ?

 坂道を駆け上がっていく。一番上まで上がるとわたしの家、その少し手前に桜の家がある。手前の方、である間桐邸の門の前に、見知らぬ人影を認めてわたしは足を止めた。ちょーっと息が切れてるけど、そんなの無視する。そらすーはーすーはー、はい呼吸のリズムは元通り。

「遅かったな」

 やたら綺麗な顔をして、優雅な立ち居振る舞いをする彼が、一目で普通の人間じゃないとは分かった。だって、着てるものがどう考えたって時代錯誤な陣羽織だし、妙に長い髪を1つに束ねているし(これは微妙か)、手に携えているのはやたらと長い日本刀だし、それに……気配が、どこか希薄だったから。

「ええと、もしかしてキャスターさんの使い魔さんですか?」

 答えを出してくれたのは桜だった。彼女の問いに彼は涼しげな笑みを浮かべ、わたしと桜を見比べて、愉しげに言葉を流し出す。

「そういう事になろう。私は佐々木小次郎、マジカルキャスターに使役されし亡霊」

 ――あー、えーと。
 ササキコジロウってあれよね、巌流島。しかし、ありゃ複数の伝説諸説が重なった、ある意味架空の人物じゃ無かったかしら? だいたい巌流島の決戦の時、彼はお爺さんだったらしいんですけども。とゆーかヒトの霊使い魔にするかあの女ー! 反則だ反則ー!

「佐々木さん、ですか。わたし間桐桜と言います」

 こら桜、しれっとごく当たり前の自己紹介をするな気が抜ける。つーか佐々木小次郎も「ふむ、桜と申すか。典雅な名だ」って何キザな返しをしてるか! って桜、あんたは佐々木さんって呼称で決定?

「姉さんもちゃんと挨拶しないと。あ、こちらわたしの姉です」
「……遠坂凛よ。凛、でいいわ」

 妹に紹介されて、渋々自分の名を告げる。そこのキザ男、何感心したような顔をしてるか。

「凛、とな。良い響きよ、実にそなたに相応しい名だ。親御さんは娘の本質を良く見抜いておられたようだ」

『それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に似合っている』

 ――。
 何で、アーチャーと初めて会った時のあいつの台詞が脳内に響くんだろう。いやまぁ、こいつらキザな物言いはそれなりに似てるけど。恐らく今朝の夢が原因だな、おのれ。

「……っと、それどころじゃなかったわね。えーと、わたしは小次郎って呼ばせて貰うけどいい?」
「随意に」

 コジロウ、って呼んだ時何故か吠える猛虎が脳裏に浮かんだけれど無視する。別にここはサッカーコートじゃないし、荒海でもないし。それに和服の袖まくりはタスキでもなくちゃ……だから違うってば。

「中の様子は分かるかしら」
「先ほど、中で殺気を感じた。しかし、私はそなたらを待てという命しか受けておらんでな」
「戦力の逐次投入は致命的なポカだもんね。特に敵のアジトだし」

 うう、冷静に判断できる自分が頼もしいというか情けないというか。むやみに突っ込んでも士郎を助け出せないのは分かってるけど、恋する乙女心はそう簡単にいかないわけで。

「リン、サクラ!」
「お待たせ致しました!」

 さすがに昼日中の空に流星号は拙いと踏んだのか、セイバーとライダーは自転車の2人乗りで突っ込んできたって、今のスピードは半端な自動車より出ていたぞ。それにその自転車、士郎が愛用してる初号機じゃなかったっけ?

「これが一番速度を出せると判断いたしましたので」

 しれっと言うライダーの視線は明後日の方向を向いていた。そうか、乗ってみたかったんだな、このカスタマイズチャリンコに。士郎、お気に入りだからってこれには乗せてくれないもんなぁ。ああ悔しい、わたしも初号機になりたい。何のこっちゃ。

「ライダー、桜、士郎のいそうな場所分かる?」

 わたしは間桐の家の造りはよく知らないから、知っている2人に話を振った。2人は顔を見合わせて、桜の方が口を開く。

「拘束されたなら地下室だと思います。そうでなければ食堂、かな? 一応応接室みたいなものですし」
「あの気配は地下では無かった。ならば食堂であろうな。位置は把握してある」

 先に気配を感じていたらしい小次郎が口添えをしてくれた。なるほど、士郎もそれなりに抵抗してると見た方が良い。だけど、状況が状況だけに士郎は不利だ。早く行かないと、――桜、どうしたの? 顔色が悪いわよ。

「……ご、めんなさい……わたし、お祖父様には……」
「サクラ?」

 ライダーが彼女の顔を覗き込む。……そうだ、桜はこの家の人間に、この家の中でひどいことをされてきたんだ。どちらか片方ならそれなりに我慢も出来ようが、それが両方揃うとなると……。

「分かった。中にはわたしとセイバーが行く。小次郎、ついてきて」
「承知した」
「分かりました。ライダーは桜を、キャスターが来たらその後はそちらで相談して下さい」
「はい」

 うむ、皆話が早い。桜はライダーに任せることにして、他は士郎救出に突入だ。と、その前にライダーにもう一言言い添えておこう。

「いい? わたしたちがもし捕まったりしたら、あんたたちは即逃げなさい」
「分かりました、リン」
「え、で、でも!」

 ライダーはわたしの言葉に頷いてくれたけど、桜は納得のいかない顔をしている。そりゃわたしがあんたの立場でも納得できないでしょうけどね。

「桜。今の状態であんたが来ても、わたしたちを助けられるとはとても思えない。でも、あんたはわたしの妹だから……きっと逆転の可能性があるはず。それを信じて言ってるの」
「――はい」

 よし、頷いた。本気でわたし、桜を信じてるから。だって、わたしの可愛い妹なんだもの。

「それじゃライダー、桜、後は頼んだわよ。セイバー、小次郎、突入開始」
「先陣は任せよ。では参る」
「行って参ります」

 泣きそうな顔の桜をなるべく見ないようにして、小次郎・わたし・セイバーの順で間桐邸の玄関をくぐる。むぅ、これはある意味不法侵入か。ま、いいや。士郎を拉致ったあんたらが悪い。

 ……あ。変身するの忘れてた。こうなりゃ公開ストリップかしら?



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