マジカルリンリン8
  - interlude -


 音を立てずに忍び寄る黒い影、ことアサシン。その顔には髑髏の面を着けていて、表情がまるで分からない。投げつけるダークを双剣で受け止めるのが精一杯で、反撃をしようにも相手の位置が掴めなかった。

「カカカ……踊れ踊れ。鞘を顕現させる為の贄の舞じゃ、存分に踊れぃ!」

 くー、あの爺さんの口だけでも封じたい所なんだけどな。どうもあいつの口調は耳に障る……っと!

「そら!」

 ヒュン、と微かな風音を立てて、背筋を刃がかすった。俺にアヴァロンを投影させる為だろうな、いつでも俺の心臓を取れるはずの攻撃は急所を狙わない。けど、そんな攻撃で何時までも俺が黙っているか!

「たぁあっ!」

 こちらもダークを投影、投擲する。狙うはアサシンではなく、間桐臓硯その人。直属の手駒なら、主を狙われて黙っているわけがない!

「無駄じゃ無駄じゃ、そのような小技がワシに通用するか」

 ……へ? ちょっと爺さん、額にダークが刺さってるんだけど。何で笑ってられるのさ!? つーかアサシン、何で守らないんだよ!

「この身体はヒトにあらず。小僧、お主も桜の使役するモノを見たことがあろう?」

 そう言って、カカカと笑う老人の身体が一瞬、ぐちゃりと壊れた。その身体を構成していたモノは……桜の影に住んでいるのと同じ形の蟲たち。背筋に走った悪寒を、気力だけでねじ伏せた。

「――間桐臓硯。あんた、人間やめてたのか」
「肉体はヒトにあらず。しかしてこの魂は間桐臓硯としてこの世に生を受けた人間のモノに相違なし。故にワシはヒトじゃ」

 この世界には、人形師というのがいる。ヒトの魂を込めれば、その魂の通りの姿になって人としての人生を送れる人形を作る者。その人形と同じ事を、この老人は蟲たちを使って行っているのだろうか。

「そして、人とは己の不滅を願う者。故にワシはこの身体を得た」

 臓硯の身体が、ずぶずぶと崩れていく。ひとのからだを構成していたものが、本来の蟲の姿に戻っていって……俺の足に絡みつこうとする。咄嗟に飛び退いたその位置に、アサシンの長身がひらりと舞い降りていた。うわ、拙い。

「そうじゃ、何なら小僧の身体を食ろうてくれようか。さすれば鞘ごとワシのものになる……そうじゃ、それが良い」

 身体を食らう? 何のことだ、と聞くまでもないかもしれない。だって、桜の蟲たちは魔力や黒い影をむしゃむしゃと食べる。あいつらだって生きてるんだから、当然エネルギーをどこからか得なくてはいけない。

「――こいつらのエネルギー源は、人間か」

 ぼそりと呟いた俺に、老人は原型をほとんど止めていない顔でにやりと笑って頷いた。そりゃ、行方不明者なんてごまんといるだろう、いちいちマスコミも取り上げないくらい。その中の何人かが、蟲の餌になっていたのだろうか。

「お主の身体は良い栄養になろう。そして何よりも鞘を我が手にすることができる……アインツベルンの小娘が待っておると言うたのではないかな? カカカ、女子を待たせるとは愚か者よ」

 アインツベルン? イリヤの苗字を、何でこの爺さんが知っているんだ? それに待ってるって……確かに彼女は、言っていたけれど。

『じゃあシロウ、今度はあなたが目覚めたらわたしに会いに来て。わたしは待っているから』

 ――あ。

 イリヤ。ごめんよ。
 お前が言っていたのは、このことだったんだな。
 俺の中のアヴァロンが目覚めたら、城に来いって。
 気が付かなくって、ごめん。

「エミヤシロウ。その身体、我が主に捧げよ」

 う、一瞬気を取られた隙にアサシンにしっかり抱え込まれた。こいつ、俺よりずっと背が高い……つまり四肢も長いし、力もまぁある。だから、しっかりと絡め取られてしまうとこちらはろくに身動きが取れない。動けないだけだけど、今の状況では致命的だ。

「カカカ。さて小僧、どこから食ろうて欲しい?」

 床に広がる蟲たちの絨毯の中から、老人のしわがれた声が嬉しそうに尋ねてきた。


  - interlude out -


「ワンパターンだけど、そこまでよアンリ=マユ!」

 小次郎の案内で食堂に突入するなり、目に入ってきたのは黒い影……とちょっと違う何かにしがみつかれた士郎の姿。その前の床には……うわー、蟲の大群。何よこれ、と思う前にわたしはポケットから小粒のルビーを取り出した。むぅ、放火って罪よね確か……しょうがない、不可抗力だ。

「Die Flamme der Reinigung,conflagrate die Gemeinheit!」

 呪文を唱えながらルビーを叩きつけた。炎が燃え上がった瞬間、セイバーと視線を交わして別のコードを唱える。炎の中から出現する変身ヒロイン、何か良い感じじゃない?

『――Anfang!』

 服が消え、再構成され、猫耳猫尻尾はもう良いから、と思いつつはいポーズ。炎はうまい具合に蟲を焼き、ああそうでもない、じぶじぶと消えていく……ち、この家湿気多いわ。良くカビないわねっ!

「冬木の平和を守る為!」
「邪悪の野望を砕く為!」
「聖杯戦士☆マジカルリンリン!」
「マジカルセイバー!」
「ここに見参!」

 いい加減にパターンだなぁ。今度こういう時はセイバー以外とペアを組もう、って違うでしょうわたし。

「カカカ……来よったか、聖杯戦士よ」

 焼けなかった蟲たちをかき集めた中から、にゅうと老人の姿が現れる。こいつがグランドマスター・マキリ……間桐臓硯、実質上の間桐当主。アンリ=マユの最高幹部とは知らなかったわ。それに、不死に近い長寿とは風の噂に聞いていたけれど――蟲で肉体を構成しているなんて。

「遠坂! セイバー!」
「動くな。エミヤシロウ」

 影のような男……多分、こいつは桜が言っていたコマンダー・アサシンだろう……に抱え込まれた士郎が、わたしたちの名を呼ぶ。と、その喉元にアサシンの右手が掛けられた。ぐい、と軽く絞め上げられ、苦しそうに顔をしかめる士郎……こら、わたしの弟子に何すんだ。

「シロウ!」

 セイバーが見えない剣の切っ先をアサシンに突きつけた。小次郎は油断なく、臓硯の方に注意を向けている。で、わたしは……臓硯を真っ正面から睨み、アゾット剣をそちらに向けた。

「士郎を放しなさい。でないと、屋敷ごと焼き払うわよ」
「そちらこそ、武器を収めよ。そうでなくば、鞘の主の生命は保証できんなぁ?」
「収めたところで、助ける気なんてさらさらないでしょうが」

 相変わらずえらそーに下卑た笑いを浮かべる臓硯を、負けるもんかと睨み付けてやる。ここで一歩も引く気はない。一歩どころか半歩でも退けば、士郎は殺される。殺されなくても……戻ってこない。冗談じゃない、取り返してやるんだから。

「一の太刀は私に任せよ、聖杯戦士」
「小次郎?」

 膠着状態かなーと思った時、1人その場にそぐわない格好をしている小次郎が音もなく前に進み出た。手に携えた長ーい日本刀を、静かに鞘から抜き放つ。あ、士郎、自分の状況忘れて見惚れてるでしょ。あいつ、さりげに剣とか刀とか好きっぽいのよねぇ。そう言えば投影するのも刀剣ばっかだな。

「コジロウ? ほほう、魔女が喚んだつまらぬ亡霊か。カカカ、亡霊風情に何ができる?」

 こらジジイ、人の口調真似るな。気分が悪いってーの、とわたしが歯がみした、ほんの一瞬。
 風が吹いた。
PREV BACK NEXT