マジカルリンリン8
「!?」
セイバーが息を飲む音が聞こえた。そのくらい、小次郎の太刀筋は静かで、それでいて無駄がなかった。あんなに長い刀を、戦うには十分な広さがある訳じゃないこの食堂で、あんなに綺麗にターゲットである臓硯目がけて正確に振るうことができるなんて。
「む……?」
すっと老人の胸に一筋の線が走る。そこからずるり、と小さな身体が上下2つに裂け、上半分が滑って床の上に落ちた。身体を分断された蟲たちが、体液をまき散らしながらじたばたもがいてる。
「投影開始!」
そっちに気を取られてた隙に、士郎のかすれた声が響いた。次の瞬間、彼の喉を押さえていたアサシンの手首に士郎が創り出した短剣らしいものが突き立てられる。ひっ、と声なのか息なのかわからない音を立てて、アサシンは士郎を放り出した。
「シロウ!」
即座にセイバーが風のごとく突っ込んだ。倒れ込む士郎を左手に抱え、自分の背後にくるりと回しながら右手で構えた剣をアサシンに向けて突き刺すように繰り出した。ええい、本気でヒロイン属性ね衛宮士郎、それはものすごく問題があるぞ。とゆーかそれはわたし相手にしてよ、お願い。
「間桐臓硯……いいえグランドマスター・マキリ! 今日が初対面だけど、最後にしてやるわ!」
小次郎がすっと身を引く。うん、分かってるじゃない。その横から足を踏み出して、もういっちょ小粒のルビー軍団をまき散らす。わたしの魔力もおまけしてやろう、燃やし尽くしてやる!
「Die Flamme der Reinigung,conflagrate die Gemeinheit!」
ごめんねワンパターンでー、とか思いながらルビーを叩きつけ、魔力を形にする。再び燃え上がった炎は、さっきよりは勢いが強い。うん、これなら灰にできるかな?
「カカカ、その程度の炎でワシを滅ぼせると思うてか? まぁ今日の所は小手調べ、この辺でワシは退散するとしようかの」
「そう簡単にお約束展開に持ち込んでやるかーっ!! Funf!」
ここまでお約束が続けば、わたしだって最高幹部がとっとと逃げ出す事くらい予想できる。アゾットと一緒に持っていたとっておきの宝石を、炎の上からさらに叩きつけてやった。ほうれ燃えろ燃えろ、炎よ燃えろ火の粉を巻き上げ天まで……さすがにそれは拙いけど。
「ぬぅ……ここまで蟲を減らされては、ワシも再生に時間がかかるのぅ」
まだ生き延びるつもりかこの蟲爺、ともう一度宝石を叩きつけようとした瞬間、肩に熱い痛みを感じた。しまったぁ、アサシンのこと忘れてたぁ。セイバーの攻撃をかいくぐり、わたし目がけて投擲された短剣をまともに食らっちゃったんだ。この一瞬の隙が、臓硯に逃げる暇を与えてしまったようだ。
「お約束はお約束というものじゃよ、カカカカカ――アサシン、行くぞ。影共よ、そやつらを食ろうてしまえ! 鞘の主だけはワシの下へ持って来よ!」
臓硯が多数の蟲に分裂し、ざぁっと消えて行く。くう、これでも滅ぼせないなんてふざけんな! おのれ間桐臓硯、次に会ったら絶対ぶっ飛ばす! ――って、影?
「遠坂! 大丈夫か!?」
「凛!」
士郎とセイバーが同時にわたしを呼ぶ。ええい、鞘と剣だから相性が良いのは分かるけど何か悔しい。と、それどころじゃないわね。
わたしたちの周囲は、しっかり黒い影に取り囲まれていた。士郎はわたしに駆け寄って、アサシンの短剣を食らった側をガードしてくれている。セイバーと小次郎はわたしたちの背中を守ってくれている。……わたしも頑張らなくちゃ。
「――聖杯戦士よ。次に会うことがあればその生命、貰い受ける。影ごときに滅ぼされるでないぞ」
む、かっこいい台詞吐いて消えやがったな、アサシンめ。言われなくても影になんかやられてたまるか。とりあえずは自分の傷に治癒魔術掛けて、と。へー、毒刃じゃないのね。
「士郎、わたしは大丈夫だから、ここを切り抜けることだけを考えて。あんたが奪われたら、わたしたちはおしまいなのよ」
意図的に感情を消して言う。だって、感情を出して言ったらわたし、何を言うか分からない。だから、顔も見てられない。ちくしょう、わたしって弱いんだ。
「何言ってんだ。みんなで帰るぞ」
だのに、士郎はしれっとそんなこと言いやがった。ええい、士郎がこんなこと言ってるのにわたしが弱気でどうする。そうよ、みんなで帰ってとっとと昼ご飯を食べるのよ、ああお腹空いたって今頃思い出した、まだ昼ご飯食べてないじゃないの!
「それもそうね。士郎、とっとと帰ってお昼ご飯食べるわよ。迷惑料代わりにちゃんと作りなさいね!」
「おぅ、任せろ」
投影開始、と士郎の声が耳に届いた。多分いつものオセロカラーな短剣だろうな、とは推測がつく。わたしもアゾットを構え、足を一歩踏み出した。
「それじゃ、行くわよ士郎、セイバー、小次郎!」
「おう!」
「行きます!」
「承知!」
三者三様の返答が戻ってくる。と同時に、5振りの刃が多数の影目がけて振り下ろされた。続けざまにざしゅ、ざしゅっと布を裂くような音が響いて、影が次々に斬り払われる。つーかこんな雑魚でわたしたちを倒せるかと思うてかー!
「凛、あれを!」
影の数が半分くらいまで減ったところで、セイバーが何かに気づいたように部屋の奥を指さした。そちらを見てわたしと士郎の口から同時にげ、と下品な声が漏れる。
そこに残った全ての影がしゅるしゅると一つにまとまり、何かアップグレードした姿になってしまったのだ。ひらひらと布みたいに揺れている触手……なんだろうなぁ、それも数が増えてる。
「……いや、合体はある意味お約束だけどさぁ」
げんなりした様子の士郎に、わたしもはぁとため息をつく。しかぁし、合体した相手は当然パワーアップしているというのもこれまたお約束なわけで。
「遠坂っ!」
「え?」
いきなり、わたしは突き飛ばされた。咄嗟に伸ばされたセイバーの腕に抱きとめられたわたしが、慌てて元いた方向を振り返ると――
「シロウっ!」
セイバー、耳元でうるさい。だけど、わたしも同じ気持ちになった。だって、合体黒い影ががばぁと大きい布みたいに広がって、わたしを突き飛ばしてバランスを崩した士郎の上に覆いかぶさる瞬間を見てしまったから。拙い、士郎が連れ去られる!
「……へ?」
だけど、それはほんの一瞬のこと。どこからかきゃあ、というか細い声が聞こえたかと思うと、影は何かに怯えたみたいにざざっと後ずさった。士郎は……意識を失って床に倒れている。ぱっと見たところ、外傷はないようだ。良かった。……今の声、聞き覚えがあるなぁ。誰だろう。
「シロウに何をしたか、影よ!」
わたしよりセイバーの方が、立ち直りが早かった。わたしの身体を放し、剣を大きく一振り。影の触手が数本切れたけれど、刃が届くより先に向こうが避ける。
「凛はシロウを! 小次郎殿!」
ぼけっとしていたわたしに、半ば怒りの含まれたセイバーの声が届く。あ、そうだ、士郎を守らなくちゃ。慌てて立ち上がり、身体を投げ出すように倒れたままの士郎のそばに駆け寄った。
「士郎……士郎っ!」
頬を何度か軽く叩いたら、士郎は目を覚ました。う、こうやって見ると士郎、結構『男』だなぁ。眉毛はしっかりしてるし、目元もそこそこきりっとしてるし。ちょっと頬は丸いかな、って思うけど、それもこれからだんだん男らしくなっていくんだろう。そして。
――アーチャーの顔が、士郎に重なった。
「あ……え、とおさか? 俺……」
「良かった。大丈夫みたいね」
軽く頭を振りながら上体を起こす士郎の背中を支えてやった。むぅ、見た目よりずっと筋肉が付いてる。くそう、今からでも良ければ唾つけておこう。ぺたっと。
「あ、ああ――」
何度か目を瞬かせていた士郎の視線が、何かを見つけてぴたりと止まった。それはわたしの背後、黒い影を相手にしているセイバーと小次郎の方向をまっすぐ見つめていて。
「?」
振り返ったわたしも、ぽかんとしてしまった。
こちらからだと黒い影の向こう側にいる小次郎が、黒い影に背を向けて構えていた。その長い日本刀を構えた姿はものすごく絵になっていて、薄暗いこの空間の中ですら淡い光を放って見える。セイバーは影とわたしたちの間に入って盾になってくれているんだけど、やっぱり彼の動作に意識を奪われているようだ。
「秘剣――」
涼やかな声が、あまりにもそぐわない空間に響く。影がその声に含まれたものに気づき、後ずさろうとした瞬間、刀が閃いた。
「――燕返し」
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