マジカルリンリン8
 ヒュン、ともシュッ、とも取れる微かな音。その音だけを残し、小次郎の長刀が影を『同時に』3方向から狙って繰り出された。ってええーっ!?

「キシュア・ゼルレッチ!?」

 多重次元屈折現象。うちの大師父の名前を冠したぶっちゃけとんでもない現象を、この亡霊くんはさらりと見せやがってくれました。そう、あの刀は時間差で3回斬りつけたのでも、刀自体が3つに分裂したのでもない。1本の刀が、まったく同時に、3方向からの斬撃をかましてくれたんである。は、は、は、反則だ反則ーーー!

「――――――!!」

 さっき聞こえた声と同じ、か細い悲鳴を上げながら合体黒い影は消え去っていった。そりゃまぁ、逃げ場がないように繰り出された刃なんだから逃げられるわけもなし。で、やっぱり聞いたことのある声だ。

「……小次郎殿……今の技は、一体?」

 茫然とした声で、セイバーが問う。それはわたしも聞いてみたい、あんたどうやってあんな技会得したのよ!?

「ふむ……ただ、燕を斬ろうと思っただけだ」
「ツバメ? ああ、だから『燕返し』なのか」

 士郎が感心したように頷く。いや問題はそこじゃないってば。

「ただ、燕というものは素早く飛び、なかなか捉えることが出来ぬ。故に私は来る日も来る日も修行を重ね……そして会得したのが今の技だ」

 マジかーい!! ただ修行して修行して修行しまくったからって、多重次元屈折現象なんてもんを使えるようになるなんて……一念岩をも通すって言うけれど、そういうもんなんだろうか。

「それよりも聖杯戦士、そして鞘の主よ。無事か?」

 うわー、士郎並みかそれ以上にマイペースだ、こいつ。それはともかく、わたしとセイバー、そして士郎の様子を見比べてみる。わたしは肩をやられたけど治療済みだし、セイバーは無傷だし、士郎は影に飲み込まれたけどこれまた無傷。うん、無事だ。良かった。

「ええ、大丈夫です。小次郎殿、あなたのおかげだ」
「ほんとう、小次郎のおかげよ。ありがとう」

 ここは素直に礼を言っておこう。だって、士郎を失わずに済んだ。この際鞘がどうだなんてことじゃない、わたしは士郎を助けに来たんだもの。

「俺も大丈夫……みたいだ。ありがとう、助かったよ」

 そう、士郎を助けに来たんだ。それというのもこいつが連絡も何も無しでこんな所までのこのこ出てきたのが悪い、ああ悪い!

「そうね。それで衛宮くん、これは一体どういう訳なのかしら?」
「え?」

 冷や汗をかきながら、士郎がわたしを見る。わたしはとびっきりの笑顔を見せて差し上げながら、左手を銃の形に構える。ほほほ、とりあえずは大人しくして貰おうじゃないの?

「わー遠坂、話を聞けっ! これには訳がっ!!」
「話なら後でちゃんと聞いてあげるから、安心しなさい♪」

 こら、腕だけで後ずさりするな。狙いが狂うじゃないの――わたしのこの手が光って唸る、あんたにかませと輝き叫ぶ。食らえ士郎、お仕置きガンドアターック!!

「り、凛っ!?」
「聖杯戦士殿?」

 セイバーと小次郎の声なんて聞こえませーん。あー、士郎の「うぎゃああああああ!」って悲鳴が心地良い〜。うーむ、わたしSなのねぇ。

「姉さん、いくら何でもやりすぎです!」

 今度はわたしが怒られた。ここは士郎の家の居間。床の上に正座させられて、桜のお説教が懇々と続いている。いや、確かに影に飲まれた直後の士郎にガンド撃ち込んだのは悪かったかもしれないけど……だって、士郎が悪いんじゃないの。わたしの言いつけも聞かずに。
 ちなみに士郎は、自室でキャスターの解呪と診察を受けている。小次郎に門番をやってもらって、セイバーは小次郎の剣術に触発されたのか道場にこもってる。で、わたしに説教している桜はというと、既に昼食の下準備済み。うー、お預けはきついのよぅ。

「アサシンさんは、その名前の通り暗殺者なんです。気配を消して、公衆の面前で一人だけ殺しちゃうなんてこともやろうと思えばできるんです。だから、先輩はみんなに迷惑かけたくなくて、連絡も取れなかったんでしょう!?」

 うぅ桜、士郎のことになると急に舌が回るなぁ。この時だけ強気っぽいし……さすがわたしの妹。でも、こちらにも言い分はあるわよ、桜。

「だったら、今朝わたしが学校休むって言った時に賛成してくれればよかったじゃないの。外に出ればそれだけ危険が増すのは、昨日のあれで分かり切ったことでしょう?」
「う、そ、それは……」

 ほら口ごもった。こういう時に反撃できないのが桜の弱い所ね。

「はいはい、それくらいになさいな。桜、手早く昼食を作ってしまいましょう」

 キャスターが士郎を伴って入ってきた。むぅ、あっちにとっては助け船になったか、桜はほっとして「はい!」と元気よく台所へと向かう。キャスターも一緒に台所に行ってしまい、居間にはわたしと士郎が残された。

「遠坂、怪我大丈夫か?」

 士郎がひょい、とわたしの顔を覗き込んでくる。わたしは「大丈夫よ」と頷いてみせてから、自分の横にある座布団をぽんぽんと叩いた。素直に座り込む士郎の顔を、今度は逆にわたしが覗き込んでやろう。

「士郎こそ、ほんとに大丈夫だったの?」
「ああ、キャスターも太鼓判押してくれた。どこにも異常はないってさ」
「それならいいんだけど」

 黒い影の下から意識のない士郎の姿が現れた時、わたし一瞬頭が真っ白になった。このまま目を覚まさなかったら……そう思ってしまった。思うだけで顔には出さない、意地でも出してやらないけれど。だって、顔に出したり言葉にしたりしたら、本当になりそうで怖いから。

「――あのさ、遠坂」
「え、何?」

 おずおずと士郎が呼びかけてくる。慌てて嫌な想像を振り払い士郎の方に向き直ると、彼はじっとわたしの顔を見つめていた。

「昨日、あんな騒ぎになってすっかり言うの忘れていたけど、言わなきゃいけないことがあったんだ」
「何それ。重要なこと?」
「ああ」

 わたしの簡潔な質問に、簡潔な言葉で答えてくれる士郎。そうか、それならちゃんと聞かなきゃいけないな。わたしは姿勢を正し、士郎の方を向いて座り直した。っと、絶対領域は駄目よ、士郎。

「聞くわ。何?」
「アインツベルンって、知ってるか?」

 質問に、質問を返された。だけど、その言葉の意味の重要性を、わたしは知っている。この冬木市に聖杯の恩恵をもたらした魔術の名門、その名前の意味を。

「知ってるわ。続きはみんなが揃ってからにしましょう、お腹も空いたし」
「分かった。じゃあ、ちょっと手伝ってくる」

 わたしが答えると、士郎は小さく頷いて立ち上がった。そのまま台所へと向かっていく。もうちょっとしたら昼食が出来上がり、セイバーもここに戻ってくる。士郎の話は、食事をしながらみんなで聞けばいい。だって、アインツベルンの名前が出てきたって言うことは、いよいよ聖杯の出現が近づいたってことだから。
 そして、士郎に危険が迫るってことだから。

 冬木市の平和を守る為、アンリ=マユの野望を砕く為。
 聖杯戦士☆マジカルリンリン、今ここに見参!
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