マジカルリンリン9
 魔術師遠坂凛は聖杯戦士マジカルリンリンである。
 冬木の地を守り、悪の組織アンリ=マユを滅ぼすため仲間たちと共に戦っている。
 出現したアヴァロンを狙い、衛宮士郎を捕らえんとするアンリ=マユ。
 その時士郎の脳裏をよぎったのは、アインツベルンを名乗る少女の言葉だった。
  - interlude -


 見渡す限りの荒野。
 朝焼けの光の中に、そいつは立っていた。

 いや、立っているっていうよりは立たされている、に近い。
 何故なら、そいつの全身には剣や槍や矢が突き立てられていて。
 胸元を貫いてる槍がつっかい棒になって、倒れることができやしないから。

 それでも、黒い肌のそいつは幸せそうに笑って――

「ああ、安心した」

 ――親父とまるっきり同じ台詞を吐いて、生きることを止めた。

 これは夢。
 俺にとっては未来に起こり得るかもしれない夢。
 だけど、あいつにとっては自分の最期の記憶。

 ふざけんな。
 こんなの見せられたって、俺の夢は変わらない。
 俺は、正義の味方になるんだ。

 ――そんな夢を、見た。


  - interlude out -


第9話
―アインツベルンの森! 衛宮士郎への試練!―



「シロウ、休憩はまだでしょうか」

 何やらでっかいリュックサックを背負ったセイバーが、先頭を歩く士郎に声をかけた。セイバーがばてた様子はないので、多分お腹が空いたんだろうなー。何しろあの荷物の中身、全部食料……ぶっちゃけおにぎりの山なんだもん。

「もうちょっとで古い家のあるところに出るよ。そしたら、そこで一度休憩しようか」

 士郎もリュックを背負ってる。で、セイバーを肩越しに振り向いてそう答えた。士郎の横には、ちゃっかり桜が水筒をぶら下げて並んでる。ふん、わたしがしんがりなのはみんながわたしを信頼してくれてるからよ。羨ましくない、桜が羨ましくなんかないぞー。ちくしょーたまには代われ。

「わ、分かりました。もう少しなのですね」

 ちょっとセイバー、背後から見ているわたしにもあんたの顔が崩れまくってるって分かるのはどういうことかしら。その少し後、わたしの斜め前を歩いているキャスターがはぁ、と溜め息をついた。まぁ、彼女はどう見ても体力ないからなぁ、このメンツの中じゃ。

「よかった、もう少しで休憩なのね」
「魔術師も体力は必要でしょう。鍛えなさい」

 キャスターの横を歩いているライダーが、何となく冷たい声でぼそりと呟く。ええいあんたら、仲間同士で喧嘩は……するな、とは言わないけど後にしなさい。

「そうね、ライダーは体力だけが取り柄ですものね。繊細な私とは違うでしょうよ」

 キャスターも言葉の売り買いするな。ただでさえ歩き詰めで体力も気力も減退してるんだ、そのうえ機嫌まで悪くさせないで。しょうがない、水を差すぞ。

「ねぇ士郎、その家まではどのくらいあるの?」
「ん? ああ、もう少しだよ……ほら、あそこ」

 わたしの質問に前を見た士郎が、前方を指さした。森の中はほとんど日が差さないけれど、士郎の指が示す方向からは淡いオレンジ色の光が見えてくる。うわー、もう夕方なんだー。

「さぁシロウ、急ぎましょう。休憩ですおにぎりです!」
「え? わ、ちょっとセイバー! ってわっ、桜までっ!」
「そ、そうですね急ぎましょう先輩!」

 こらー食欲魔神、ちゃっかり士郎の手を握るな引っ張るなーっ! 桜、便乗して腕を組むなーっ!! えーいやっぱり最後尾なんて引き受けるんじゃなかった、出遅れまくったちくしょー!

「ライダー、あなたとは一度ゆっくりと話をつける必要がありそうね」
「そうですね、キャスター。ですが、とりあえずは休戦にしませんか。士郎のおにぎりを食べそびれかねません」

 一方、喧嘩していたこの2人もこれでおしまい、士郎たちの後を追って駆け出した。それでいいのか、あんたら。

「遠坂ー、何してるんだ、早く来いよ!」
「え? あ、ごめーん」

 いけないいけない、本気で出遅れてるじゃない、わたし。それこそ士郎お手製のおにぎりを食いっぱぐれかねない。そーれレッツゴー!
 ――で、わたしたちが今どこで何しているかというと。
 ここは冬木市の郊外にあるアインツベルン家所有の森。わたしたちは道を教わったと言う士郎の案内で、その奥深くに立っているという城まで行く途中なのだ。単なるピクニックじゃなく、『聖杯の器を受け取る』という目的のために。

 話は本日のお昼ご飯直後にまで遡る。士郎がアインツベルンについて話があるって言うから、幸い全員集合していた聖杯戦士のみんなにその話を振ることにしたのだ。いや、幸いって士郎のせいなんだけれども。

「アインツベルン?」

 桜がきょとんとした顔で、わたしが口にした微妙に長い苗字を繰り返す。どうやら桜は、間桐の娘になってからろくな魔術教育を受けてなかったらしい。ちくしょう妖怪蟲爺、何宝の持ち腐れやってたのよ。

「では、いよいよ聖杯の器を入手する時がきたのですね」

 こちらはセイバー。何しろ聖杯を巡る戦いに参加するのは2度目だ、何が起こるのかはちゃんと分かっているらしい。うん、ラッキーと思っておこう。ああ士郎のお父さん、こんな可愛い子残しておいてくれてありがとうって違うでしょわたし。

「聖杯の……器?」

 ライダーとキャスターが、一瞬顔を見合わせる。うむ、これについては父さんの日記が残ってる。きっちり説明しておかないとね。

「そ、器。アインツベルンの一族は、聖杯出現の時期が近づくとそのための器を造るんだって」
「聖杯って、その器のことじゃないんですか?」

 桜、初歩的な質問ありがとう。こちらも頑張って、初心者向けに答える努力をしてみる。ごめんね、わたし天才だから。

「器だけならただの器よ。この場合の聖杯ってのはね、その器にこの地のマナを満たしたものを言うのよ」

 参考資料、父さんの日記。いやほんとにありがとう、結構詳しく書いてあるから説明するのも楽だ。ひょっとして父さん、わたしや桜のために書き残しておいてくれたのかな。

「なるほどな。伝説で一番有名な聖杯だって、その中に聖者の血を満たしたからこそ聖杯と呼ばれるようになった訳だし」

 士郎はちょっとは勉強しているらしい。桜もその話を聞いてなるほど、と頷いている。……士郎の話だからって鵜呑みにするのはどうかと思うわよ、お姉ちゃんは。

「そういうこと。で、その器を持ってアインツベルンの使者が城にやって来る。城を囲んでいる森は結界によって閉ざされていて、その結界の中に入るための鍵がアヴァロン……でいいのよね、セイバー」
「はい。アヴァロンにはもう一つ重要な役割がありますが、それは聖杯の力を発動させる時の役割ですので説明はその時に」

 いやー、やっぱり先代が一緒にいるって言うのは心強いわ。こちらの知識や資料の不足を経験で補って貰えるもんね。いや、頼り過ぎはよくないんだけど。
 ふと、セイバーが不審げな顔をして士郎を見た。何だろう、この『何でわたしが説明しなきゃいけないんですかー!』と言いたげな表情は。

「……あのですねシロウ。その役割などは、アヴァロンが出現した時点であなたの記憶の中に知識として刻み込まれているはずなのですが」
「へ? いや、まったくの初耳だし、記憶探ってもそんな知識出てこないぞ」

 ほんとにそう言いたかったのか、セイバー。だけど、そりゃわたしも初耳だ。つーか、士郎が分かってるなら自分で説明するはずよね。けど、当の士郎は狐につままれたような顔をしてる。

「士郎、ほんとに何も知らないのですか?」

 キャスターがお茶を注いで渡しながら問いかける。士郎はああ、と頷いて、そのお茶を一口含んだ。

「忘れてるのかなって思って今もういっぺん記憶をさらってみたけどさ、セイバーが教えてくれたこと以上は俺、知らない」
「――おかしい、ですね」

 セイバーの可愛い顔が曇る。むぅ、可愛い子は眉ひそめても可愛い。いや、わたしそっちの気はないはずだけど。

「前回アヴァロンの所有者となったのはキリツグですが、アインツベルンの森に行く時点では既にこの知識は持っていました。というか、今わたしがお話しした知識は全部キリツグから聞いたものです」
「親父かー。だけど、親父からもそんな話はまるで聞いていないしさ」

 ふーん、そうなんだ。さすがに父さんの日記にはそこら辺までは書いてなかったし。そういやあの日記、何ページか破れていたけれど何でかな。
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