マジカルリンリン9
「まぁ、士郎が知らないと言うのでしたら知らないのでしょう。それよりも、城までの道程は分かるのですか?」

 ミカンを剥いていたライダーが、セイバーと士郎を見比べながら尋ねてきた。眼鏡にミカンの汁が飛んでいるのはまぁご愛嬌と言ったところか。さりげにドジッ子? 後でちゃんと拭きなさいよ。

「わたしはよく覚えてないんです。途中でお腹がぺこぺこになってしまって……すみません」
「大丈夫だよセイバー、俺が分かるから」

 10年寝太郎していて、セイバーもボケたのかしら。おまけに腹減ったからって、正義の味方の言い分じゃないわね。一方士郎は自信満々に胸を叩いてみせる。士郎にアインツベルンの名を教えたイリヤスフィールとかいう少女に、行き道の目印を聞いたらしい。

「それなら、これから行きましょう。アインツベルンの森までは、ここからじゃタクシー使っても1時間ほどかかるのよね」

 ぐだぐだ話していてもしょうがない。わたしがぱんぱんと手を打って、結論を出してみよう。……はい桜、意見があるなら言っちゃってね。何かわたし、学校の先生みたい――藤村先生みたいのじゃなくって、普通の。

「それでも、結界があるって事は入口までしか行けないってことですよね。先輩の話を聞いていると、そこからお城までだいぶありそうです」
「休憩取れそうな場所はあるけど……結構時間かかりそうだしな。弁当作って持って行くか」

 士郎、力いっぱい主夫な発想ね。でもまぁ、その意見にはわたしも賛成。何しろほら、セイバーがまたもや犬耳犬尻尾全開モードだもの。すっかり餌付けされてるなぁ。

「猶予はそんなに取れないわよ」
「ならおにぎりにするさ。みんなで作れば早くできる」

という士郎の意見を受けて、そこから1時間ばかし全員でおにぎりターイム、となってしまった。それなりに時間がかかったのは……まぁ、途中でご飯がなくなるのを予測して追加を炊いていたからだけど。その間におかずとお茶も準備して、士郎込みで6人なのでタクシーを2台呼んで森へと向かった。うぅ、資金がきついよぅ。

 で、話は最初に戻る。
 士郎の言った通り、急に木々が減ったかと思うとその中にかつては人が住んでいたらしい住居跡がばんと出現した。……あ、この荒れ具合だと、結構最近まで住んでいたんじゃない?

「ほら、この辺なら休憩するのにちょうどいいだろ」

 そう言って士郎が示したのは、住居跡の中にある広場みたいなところ。そこにビニールシートを敷き、お弁当とお茶を並べる……いや、これじゃあ本気でピクニックしてるみたいじゃないの。

「腹が減っては戦ができないのですよ、凛」

 ど真剣な顔して力説しないでセイバー、あなたの気持ちは分かるけどそれじゃあ、腹ぺこ騎士としてみんなに認識されちゃうわよ……もう遅い?

「お茶揃ったな。じゃあ、いただきます」
『いただきます』

 いつも通り、士郎の挨拶で始まるちょっと早目の晩ご飯。さっそく両手におにぎりなセイバーもどうかと思うけど、何か楽しいからいいや。イリヤだっけ、ごめんね、ちょっと待っててね。セイバーの言うとおり、腹が減っては戦ができないんだから。

「この卵焼き、キャスターの味つけだよな。どうやったんだ?」
「ああ、これは昆布だしよ」

 さっそく味付け談義に入ってる士郎とキャスター。あ、こっちのお漬物も確かキャスター謹製よね。どれどれ。

「ふむ、この歯ごたえはなかなか。塩味もぴしっと決まってて美味しいわ」
「お褒めに預かり光栄ね、凛」

 ちくしょう、和食に関しては士郎と桜に続いてキャスターにも遅れを取ってしまってる。いいもん、わたしは中華で勝負だ。士郎の家のコンロ、さりげに火力が強めのものなので中華料理を作るのにも良い環境なのだ。

「先輩、そっちの鮭のやつ取ってください」
「おぅ。あ、お茶お代わり」

 ――う゛ー。こうやって見ると士郎と桜、ホントに仲の良い夫婦に見える。そりゃ1年半は前から桜は士郎の家事を手伝っているわけだし、すっかり家族の一員になってしまってるから……過ぎちゃったことはしょうがないけれど、わたしがもうちょっと早く士郎ときちんと知り合っていたら、少しは割り込めたんだろうか。

「……すみませんサクラ、高菜をいただけますか」
「はい、どうぞライダー。姉さん、里芋どうですか?」
「――あ、ありがと。貰うわ桜、これあなたが?」
「はいっ!」

 ぱく、と一口。ふむ、きちんと味もしみている。やはり桜だ、士郎の味付けとは微妙に違うな。でもまぁ、これは合格だろう。

「うん、美味しい」

 満足げに頷いてみせると、桜は嬉しそうにやった、とガッツポーズをしてみせた。くっそう、今から挽回、できるかな。

「もふもふもふ、ふむふむ……これはタラコ、ですね。もふもふもふ、ふんふん」

 頷いたり、中身を確認したりと忙しそうだけどセイバー、あんたそれ10個目よね? まーよく入ること入ること。それを見ている士郎は、何だか幸せそうだ。そりゃそうよね、ほんとに美味しそうに食べてくれるんだもの。料理人冥利に尽きるわね。……その幸せな顔、わたしにも少し分けて欲しいな。

「……これで桜が咲いていれば、花見よねぇ」

 ぽつんとわたしが呟いた言葉に、一番に反応したのは妹だった。そりゃ、あなたも桜だもんねぇ。

「そうですね。あ、そうだ」

 ぽん、と彼女の手の平が合わされる。綺麗な柏手の音が響き、みんなの視線が桜に集中した。その中心で、桜はにこにこ笑って言った。

「桜が咲いたら、みんなでお花見しませんか? 今みたいにお弁当作って、お茶とシート持って」
「ああ、いいなぁそれ。よし、その時はちゃんとした花見弁当作ってやるからな」

 士郎、あんた家事は義務だからとか言ってたような気がするけど、気のせいかしら? でもまぁ、士郎が喜んでいるのならわたしも文句はない。……士郎が嬉しいなら、わたしも嬉しい。いいじゃない、こんな気持ちになったって。


 - interlude -


「……お、お弁当タイム……? えらく余裕ぶっこいてるじゃないのっ!」
「イリヤスフィール様、落ち着いてください」
「……卵焼き、おいしそう」
「リーゼリット、あんたものんきなこと言わないでっ!」

 超巨大モニターに映し出された衛宮士郎一行の現状を目の当たりにして、イリヤスフィールががおーと吠えている。やれやれ、怒るとこうなるのは魔術師一族に共通か? いや、衛宮切嗣の怒ったところはさすがに見たことがないのだが。

「ほらそこ! 何がおかしいのよ!?」
「君の怒り顔だ、と答えたらどうするのかね?」

 おっと、矛先がこちらに向いてしまったな。私はそんな顔をしていたのだろうか。感情なんて、ほとんど忘れてしまったようなものなのに。

「無礼な発言は控えなさい」

 イリヤスフィールに仕えている白い衣のメイドの1人が、私の発言をたしなめてきた。まぁ彼女たちにとっては仕えるべき主だろうが、私にとってはただ目的を同じくする相手、なだけのことだ。

「特に無礼を働いたつもりはないのだがね。そう思われたのなら詫びよう」
「セラ、アーチャー、嫌い?」

 メイドのもう片方が、不思議そうに相棒を見やる。セラ、と呼ばれた最初のメイドは、私をちらっと見てから目を閉じた。まぁ、好かれようとは思っていないのだが。

「好みの問題ではありません。イリヤスフィール様に無礼がないように注意しただけです」
「そう。でも、アーチャーの紅茶も美味しい」

 リーゼリットという名を持つマイペースな方のメイドが、嬉しいことを言ってくれる。……何だか、これでは昔と変わりがないような気がするな。

「むー……」

 一方、半ば無視されたかたちになったイリヤスフィールはむくれ顔。が、すぐに表情を戻すと私を真っすぐに見つめてきた。

「それじゃあ、シロウは任せていいのね?」
「ああ。君に会うに相応しくなければ、この手で排除する」
「分かったわ。――思いっきりやっちゃって。リーゼリット、セラ、お迎えの準備をして」

 私の言葉に、彼女は深く頷いた。二人のメイドに声をかけると、ぽんと彼女にしては大きめの椅子から飛び降りる。白いスカートをくるりと翻して私に相対し、まるで雪の妖精のような冷たい笑みを浮かべて、イリヤスフィールは優雅に礼をしてみせた。

「では、これより最終試験に入ります。聖杯戦士と鞘の主が、器を預けるに相応しいか。どうぞ、見極めをお願い致します……英霊エミヤ」
「承知した。イリヤスフィール=フォン=アインツベルン」

 私も胸元に手を添え、頭を下げた。これよりは彼らが聖杯を承けるための、聖なる儀式――少なくとも、このシステムを造り上げた者たちはそう思っているだろう、ふざけた茶番劇。

「くだらないお芝居に付き合わせて悪いわね」
「いや、全くだ。慰謝料を請求したいところだな」

 イリヤスフィールが肩をすくめる。お互い、しょうもない事に巻き込まれたものだ。だが……この猿芝居の巻き添えを食ったのが衛宮士郎とあらば、私には多少なりと意味もできよう。

「ほら、来たわよ。三文芝居の役者が」

 わたしもだけどね、とぺろっと舌を出したイリヤスフィールに、少しだけ苦笑してから私は部屋を出た。さて……あれは、私の知るあれと志を同じくするのだろうか?

 ならば、滅ぼさねばならん。


 - interlude out -
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