マジカルリンリン9
 はー、やっと森が途切れた。おのれイリヤスフィールとかいう小娘、足が太くなったらどーしてくれんのさ。損害賠償を請求するーっ……と喚きたくなったんだけど、自分の目に映った光景に声を飲み込んでしまった。いやはや、言葉で聞くのと目で見るのとではえらい違いだわ。
 森の中に、どんと広い草原が出現していた。で、その中に静かに佇んでいる城。どーん、って擬音がぴったり合うような、威風堂々たるその高さ、雄々しさ。既に日は暮れ、空は夕焼けから夜へとその色を変えつつあるけれど、その中にあってあの城はますますその存在を主張している。これが、アインツベルンの城――!

「まぁ。なかなかの規模ね」
「……昔見たことのある神殿と同じくらいかしら……」
「素敵なお城ですね。うわー」
「さすがに、映像と実物とじゃ迫力が違うなぁ」

 前に来たことがあるセイバーは平然としたもの。で、各自の感想はまぁ置いておこう。問題はその正面入口であろうでっかい扉の前に、白い衣装を着た……どうやらメイドらしい女性が2人、かしこまって並んでいることだった。はて、城主がよこしたお迎えかしら? あ、近づいてきた。

「ようこそおいでくださいました、聖杯戦士の皆様」

 どこか大人っぽい顔をした方のメイドが、深々と一礼する。やはり彼女たちは出迎えか。で、もう片方は何も言わずに相棒をちらっと見て、それから一礼。
 ……でかい。どこがとは言わないけど、なんだあのボリュームは。隣の挨拶してくれた彼女が可哀想になるくらい、でかい。ちくしょう、それ分けろ、それなら桜に勝てる。……中に、肉まんとかあんまんとか中華まんとか入ってるんじゃなければ、の話だけれども。

「こちらの用件は分かっておられると思います。城主への目通りを願いたい」

 す、と一歩前に出たのはセイバー。んー、彼女の態度から察するに、この2人は前回の時にはいなかったようね。まぁ、10年前と同じスタッフが残留してるかどうかなんてわたしは知ったこっちゃないけれど。

「先代の聖杯戦士様ですね。ならば、こちらからの条件もご存じかと思われますが」
「承知の上です。他言が無用であると言うことも」

 セイバーの言葉に、一同に緊張が走る。しまったぁ、秘宝の前には試練が待っている、ってのもものすっごくお約束だったわよねぇ。士郎が「ああ、やっぱり」って顔を手で覆ってる。そうなると……。

「……あなたたちが手合わせしてくれる、とか?」
「わたしたち、ただのメイド。バトルは、バーサーカーの担当」

 キャスターの問いには、胸がでかい方のメイドが片言の日本語で返答してくれる。それと同時に彼女たちの背後の扉が開き、その中からのっそりと何かが、出てきた。

「――」

 うわ、あのメイドとは違う意味ででかい。黒い肌、黒いざんばら髪。身長は多分、2メートルは超えてるだろう。全身これ筋肉と言わんばかりの堂々たる偉丈夫。その手には、黒曜石を削り出して作られた巨大な剣が握られている。

「今回の門番はこのバーサーカーにございます。聖杯戦士の皆様ならば、彼を破り器を入手するなど造作もないはず」
「……受けて立つわ」

 ふん。こいつを倒さなければ、聖杯の器は手に入らないんでしょ? だったら、ここで尻尾を巻いて逃げる理由なんてないわ。ちらりと仲間たちに視線をやると、全員大きく頷いてくれた。ま、当然ね。
 ――と、大きい胸のメイドがとことこと士郎の前に歩み寄ってきた。こら士郎、あんたも男だってのは分かるけどそんな胸ばっかり見るんじゃない。あー悔しい。

「え、な、なに?」
「キミ、エミヤシロウ?」

 片言の、ぶしつけな質問。それに士郎が「ああ、そうだけど」って答えると、そのメイドはがっと士郎の腕を掴んだ。そのまま同僚とバーサーカーの横を通り過ぎ、扉の中へ入ろうとする。

「え? ちょ、ちょっと士郎!」
「衛宮士郎様には、別の試練を受けて頂きます。双方が試練をクリアしない限り、ここに赴いた目的は達せられないとお考え下さい」

 胸が薄い方のメイドが、無表情のまましれっと言ってのけた。ちょっと待て、士郎に別の試練ですって?

「遠坂、みんな、俺なら大丈夫だから」
「……士郎?」

 ああもうこの馬鹿、引っ張られていきながらその笑顔と自信は何? そのまま扉の中へと消えていく士郎に、わたしはちゃんと返事を返すことができなかった。駄目ね、わたし。ここは任せなさい、必ず迎えに行くからとか何とか答えるべきだったんじゃないの?

「凛!」

 ばたん、という扉が閉じる音と、セイバーがわたしを呼ぶ声にはっと現実に帰る。1人残されたメイドはすすっと邪魔にならない場所まで下がり、城の前の広場にはわたしたちとバーサーカーだけが残される。
 ……やらなくちゃ。あいつの力量がどれほどのものか分からないけど、ここまで来て手ぶらじゃ帰れない。聖杯の器を手に入れて、士郎と一緒に帰るんだ。アインツベルンがなんぼのもんじゃい、こっちは遠坂と間桐の連合軍だ舐めんな。

「……セイバー、キャスター、ライダー、桜。行くわよ」

 だから、わたしは意図的に深呼吸をしてから、くるりとみんなを見回して声を掛けた。

『はいっ!』

 みんなも一斉に頷いてくれる。そして、キャスターがすっと右手を掲げた。さすがに『狂戦士』であっても、男に裸は見せたくないもんね。よろしく、キャスター!

「――っ!」

 口の中で一言呪文が呟かれると同時に、眩しい光が放たれる。その光に紛れて、わたしたちは変身コマンドを唱えた。

『――Anfang!!』


  - interlude -


「キミはこっち」

 メイドさんの1人に、強引に扉の中へと連れ込まれた。吹き抜けの、多分玄関ホール……だと思うんだけど、そこは小さな家なら丸ごと入っちまうんじゃないかってくらいに広かった。正面には大階段があって2階へと続いている。そして、階段の最上部に、奴がいた。いつも見る時とは違う、赤い外套と黒の軽装鎧。白い髪と黒い肌の男。ゆっくりと階段を下りてきながら、そいつは俺を仇敵みたいに睨み付ける。

「待っていたぞ。衛宮士郎」
「お前が俺の試練か。アーチャー」

 今朝見た夢のせいか、そいつがそこにいることを不思議とも思わなかった。いや、夢のせいだけじゃないな。最初に会った時から、心のどこかで分かっていたんだろう。

 こいつを見ると、脳の奥底から襲ってくる頭痛。
 初めて見たはずなのに、妙にしっくり馴染んだ干将莫耶。
 俺の家を陣頭指揮して直した、奴の記憶。

 ま、当然か。
 あいつは俺なんだもんな。
 何がどうなってこうなったのかよく分からないけれど、それでも未来の俺が今の俺の目の前にいる、ということだけははっきりと理解できている。ほらあれだ、結構長く続いたバトル漫画でこんなネタがあったよな。

「そっか、だからお前、髪オールバックなのか」
「誰がスーパーサイヤ人だ、たわけ」

 うん、やっぱり俺だ。何も言ってないのにちゃんとネタを分かってる。そうこう言っているうちにアーチャーは階段を下りきって、俺と距離を置いて対峙する。しかしこいつ、背が高いな。俺、そこまで成長できるんだろうか? よかった、これでちびちびって虐められずに済む。主に藤村組の若い衆に。

「……衛宮士郎。貴様の理想は何だ」

 距離を置いたまま、アーチャーが不意に尋ねてきた。そんなの、俺に聞かなくても知っているだろうに。だから、ちゃんと言葉に出して言ってやった。

「正義の味方になる。誰も悲しませず、みんなを救う、正義の味方に」
「夢物語だ、届かない理想だ。それを分かっていてもか」

 そんなこと、今更言われるまでもない。切嗣が、そう遺して死んでいったんだ。それに、今の俺にそんな力がないなんて分かり切ったことだから……だから俺は、胸を張って言う。

「分かっていても、だ。今は無理だろうけどいずれはそうなりたい、そう思ってちゃ駄目なのか?」

 そう答えると、アーチャーはハ、と一瞬目を見開いた。あれ、期待してた答えと違うのか? いやまぁ、未来の俺の考え方なんて今の俺に分かるわけもないけれど。

「今の俺には、そんな力はない。だけど、この内にあるもので遠坂や、セイバーやみんなを守れるから」

 ぽん、と自分の胸を叩く。この中に切嗣が埋め込んだ、10年間俺を守っていてくれたお守り……聖なる鞘アヴァロン。これのせいでこんな戦いに巻き込まれたのは事実だけど、でもこいつは俺に出来ることを教えてくれた。

「だから、今は聖杯戦士のみんなを守る。あいつらの味方だ」
「――く、貴様は面白い事を言ってくれる」

 いや、俺、お前のウケを狙ったわけじゃないんだけどな。だけど、俺の答えはアーチャーにとって愉快なモノだったんだろう。ええい肩を震わせるのはやめんか、何かむかつく。
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