マジカルリンリン9
「……くくく……ああ、済まない。今の力量で衛宮切嗣の跡を継ぐ、などとふざけたことを抜かしているのであれば、この場で即刻抹殺するところであったのだがな」
「? お前は、親父の跡を継いだんじゃないのか?」

 その言い方、何か引っかかる。だから、まっすぐに奴を見つめて、尋ねてみた。と、アーチャーの表情が一変する……あれは、後悔?

「継いだ、と言えば継いだ事になろう。私は――オレは、切嗣の理想に憧れた。故にその意志を継ぎ、『全てを救う正義の味方』となるべく修行を重ね……成った」

 自分を『オレ』と呼んだアーチャーの言葉に重なるように一瞬、目の前にいろんな光景がよぎった。戦場に飛び込んで双方の武器を潰していく姿。火事に見舞われた小さな村で、被災者の救出に全力を挙げる姿。そして――助けたはずの人たちからやりすぎだ、もう少しやりようがあっただろうと非難を浴び、それでも何も言わずに去っていく後ろ姿。

「だが、全てを救うなど出来るわけがない。それを知りながらオレはそれでもその目標を目指した」

 また別の景色が浮かぶ。ほんの百人かそこらの人たちを必死で助けようとして、自分の力じゃ敵わなくて。

『死後を預ける。その報酬を今、ここに貰い受けたい』

 ――『オレ』は世界との契約を交わした。死んだ後、自分がどうなるとも知らずに。

「お前が『お前』になってから見たのは……絶望か」
「その通りだ。オレは世界の奴隷、掃除屋として数多くの惨状に立ち会った。世界が壊れてしまわないよう、患部を切り捨てるために」

 人間が病気になった時、進行を防ぐ為にまだ健康な部分をも切り落とす。それと同じ事を、こいつは『世界という人体』の上で行ってきた。それ自体は世界にとって必要なことだったのだろうけど、でも。
 胸が苦しい。また垣間見えた光景。世界の奴隷として、己の意思もなくただ取り残された人たちを手に掛け、全てが終わった後のほんの数瞬だけ取り戻された意識の中に積み重なるのは……後悔の念。
 『オレ』は耐えられなかった。全てを救いたかった男が、まだ助けられるはずの人を、世界を救う為に切り捨てる。世界の奴隷にされたこいつが、自分の所業に耐えられるわけもなかった。こころはどんどん削れて……早く消えたいと、それだけを願う。それすらも世界には聞き入れられず、アーチャーはただこき使われるだけで。思いも、記憶すらもどんどん削れていった。その果てが、今目の前にいる、俺とは纏う色の違う男。

「それで、元凶である俺を殺したかった?」
「ああ。貴様がかつてのオレと同じような考えの持ち主であったならば、聖杯がどうの以前にその首を切り落としていた」

 俺の問いにアーチャーは吐き捨てるように答えて、それからふっと目を閉じた。何を考えてるかなんて、俺に分かるわけもないけれど……何故か、安心しているように俺には思えた。アーチャーの言う『かつての衛宮士郎』とこの俺とは、違うってことなのかな。

「だが、今といずれの違いはあるにせよ、貴様はオレへの道を歩もうとしている。ならば貴様は滅ぼされなければならない。衛宮士郎――鞘の主よ」

 目を開いて俺を見つめるアーチャー。その手には、もう何度も見慣れた白と黒の夫婦剣が握られている。俺も頷いて、同じ剣を自分の手の中に創り出した。俺たちにできること、これしかできないこと。

「ふざけんな。親父が望んで、俺が進むと約束した道だ。お前なんかに止められてたまるか」
「ではこのオレを退けてみよ。オレを倒さねば貴様に生きる道はなく、凛たちも聖杯を手に入れることは出来ないぞ」
「望むところだ。お前の後ろでイリヤが待っているんだろ、とっとと先に進むぞ!」

 俺の叫びと同時に、だんと音をさせて床を蹴る。次の瞬間、俺の干将にあいつの干将がぶつかる感触が伝わってきた。うわ、やはり重い……だけど、負けないからな!


  - interlude out -


「■■■■■■――!」

 どこが『造作もない』相手なんだこのちちなしメイドーっ!! と悪態をつきつつわたしとライダーが双方に飛び離れる。次の瞬間、奴の吠え声と同時に振り下ろされた大剣がざっくりと大地を抉った。

「たぁあっ!」

 セイバーが力任せにフルスイングした見えない剣も、その大剣でがっしりと受け止められる。そこへ、キャスターが光の矢を撃ち込む。

「――っ!」
「■■■!」

 うわー、まるで効いてないし。というか、どうもほとんどの攻撃が無効化されていませんか、あんた。

「ふむ。Aランクより低い攻撃は無効化されるようですね、リン」
 ああっライダーが冷静に分析してるしっ。って、Aランクって言ったらセイバーのエクスカリバーとか、あの辺のぶっちゃけ必殺技ってことにならない? 仕方ないな、とわたしは虎の子の宝石を手の中に収めておく。何とかして目の前でぶちかませば、あるいはいけるかもしれない。

「かといって、むやみに必殺技撃つ訳にもいきませんよねぇ。必ず殺すから必殺、なんであって」
「確かにそうね、桜」

 さらに、例えばエクスカリバーを撃つにしてもちと問題がある。うっかり城に向かって撃ったら、その城も破壊しかねないからだ。いや城なんてどうでもいいんだけど、中に士郎がいるんだから。

「シロはいいけどシロウはだめ、ですよね」
「……ライダー、座布団没収」
「申し訳ありませんサクラ、精進致します」

 そこのちちでかコンビ、何だじゃれの採点してるのよ。まったく……え、目の前に、バーサーカー!?

「――■■■■■■!」
「くぁあっ!!」

 うわ、まずっ……胴体掴まれた! くくく……こら締め付けるな、これでもウェストは57キープしてんのよ! これ以上締まるかってんだーっ!

「姉さん! く、フェリアちゃんっ!」

 桜の悲鳴と同時に、彼女の影に擬した蟲の大群がぐぐっと突き進んでくる。先端がバーサーカーの足に到着したと同時に、お食事開始。うわー、むしゃむしゃいってるよ、えぐーい。

「■■■!!」

 さすがに、バーサーカーもちょっとてこずってるっぽいけど。でも蟲たちも何か困ってるみたい。そうよね、何しろ食っても食っても減らないんだもん、こいつの身体。……ぐー、くるひぃよう……!

「……出ろぉぉぉぉぉぉ、ペガサァース!!」

 ぱちん!
 突然、指を鳴らす音が草原に響いた。今のはライダーだな、いくつネタ持ってんのよ彼女。って、ホントに空の彼方から飛んで来たしペガサスっ!

「ヒヒヒーン!」
 そのままペガサスは、バーサーカーの頭目がけて体当たりをかます。おお、空中で轢き逃げとはやるな、お主。で、ほんの僅かながら力が緩んだところで、わたしは手に持ったままだった宝石を叩きつけた。

「Vier!」

 全力で宝石に込めた魔力を解放した。どぉん、と響く音がして……さすがに虎の子使っただけあって、太い腕から力が抜ける。その腕を蹴り飛ばし、わたしはやっとこさその拘束から脱出できた。あー、これで少しウェスト引き締まったかしら? いや違うでしょ、ってきゃあ受け身取れないっ!

「リンっ!」

 あ、受け止めて貰えた。顔を上げると、眼鏡をかけたままのライダーの顔がある。浮遊感があるのは……きっと、ライダーがペガサス……流星号に騎乗しているからだろう。うーん、これじゃあライダーが白馬の王子様ね。

「わたしの必殺技を使います。防御力は上がりますが……念のため、リンは魔術で防御壁をお願いします。その後は流星号にしっかり掴まっていて下さい」
「え? うん、分かった」

 ライダーの言葉に、反射的に頷く。よく分からないけれど、ライダーが必殺技を使うというならそれに乗ってみるのも一興だ。

「Mein Denken schutzt Sie!」

 ライダーと流星号の前面を覆うように防壁を展開する。それから、言われた通り白い馬の首筋にぎゅっとしがみついた。と、ぐんと押しつけられるような感覚……ああ、ペガサスが上昇したんだ。ここから見ると、バーサーカーと彼を取り巻く形になっている聖杯戦士たちの配置がよく見える。セイバーは何とかして城を背後にしようと動きたいようだが、バーサーカーと鍔迫り合いの最中だから無理。桜はセイバーの動きたい位置にいるんだけど、あの子はそう言えばろくな攻撃方法を持ってなかった。新しいアゾット剣でも手に入ればなぁ。そして彼女をフォローするように、キャスターが次々と攻撃魔法を放っていた。あまり威力がないように見えるのは、よほどの大技じゃないと効かないのが分かってるから節約中、とみた。そこへ、上空からライダーが大声を張り上げて注意を促す。

「必殺技を使います! わたしの進行方向から逃れなさい!」
「ライダー!? ――は、はい!」

 今いるライダーの位置から見て、進行方向にいるのはセイバー。必死でバーサーカーの大剣を跳ね上げると、横っ飛びして距離を取る。素早く跳ね起きて剣を構える辺りはさすが、と言った所か。

「行きます……騎英の手綱――!!」

 うわっ!
 いきなり天馬が加速、上空からぐんと下降して突っ込む。狙うは……バーサーカーそのもの!

「■■■■■■――!!」

 バーサーカーも馬鹿じゃない。自分に向かって突っ込んでくるライダーとペガサスに対し、巨大な岩の剣を振り上げる。その2つが真っ正面からぶつかり合い、ぎしぎしと嫌な音を立てて軋む。くぅ、確かにこりゃわたしの防壁も必要だわ……このパワーですら、バーサーカーとはほぼ拮抗状態だ――!

「負けない……負けるものか!」

 わたしの背後、ぎゅっと手綱を握りしめながらライダーが叫ぶ。わたしだって同じ気持ちだ、こんな所で負けてたまるか!

「流星号、頑張ってっ――!」

 わたしの叫びがかき消されるくらいの、激しい振動がわたしたちを襲った。あー、相討ちかなぁ、これは?
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