マジカルリンリン9
  - interlude -


「はっ、はっ、たぁっ!」
「ふん、その程度で!」

 俺とアーチャーの打ち合いは、ずっと続いている。技量で『未来』に敵うわけがないから、俺はただひたすら無我夢中で剣を投影しては叩きつけるだけ。その全てを、アーチャーはこともなげに最初投影したままの干将莫耶でなぎ払っていく。あ、また払われた。形を維持できなくなった剣が、まるで何もなかったかのように消えていく。だけど、さすがに向こうの剣もこれで消えたようだ。

「このっ……投影開始っ!」

 これで何本目だったかな、干将莫耶。一方、あっちはやっと2度目の投影だ。参ったな、魔力だってこっちの方が消費が多いじゃないか。これじゃ、いずれ俺は――

「んな訳あるかっ! あんな日焼けサロンに通ったようなやろーに俺が負けてたまっか!」

 ええい、むちゃくちゃでも何でも良いから叫んで気合いを入れてやる。……あれ、アーチャーどうした? あ、まさか図星……なわけないよな、あの怒った顔は。

「誰が日焼けサロンに行ったか! これは剣の過剰投影で回路が焼き付いただけだ!」

 へぇ、そうだったのか。すると、アヴァロンの投影で無茶した俺の身体のどこか、肌が黒くなってるかもしれないな。うわ、気をつけよう。

「んじゃー、髪が真っ白なのは何だよ! 藤ねえに苦労掛けさせられたか!?」
「それも多少は……じゃなくって! これも過剰投影の反動だ! 確かに藤村大河や凛にはさんざん苦労させられたけどなっ!」

 やっぱり。遠坂にも、ってことはあいつになった俺も、遠坂と一緒に戦ったりしたことがあるんだろうか。きっとその後、魔術の師匠になってしごかれたりしたんだろうな。だって、俺がそうだから。

「ええい、口だけは良く回るな貴様っ! くだらんこと言ってないでさっさとくたばれ!」

 おっと! 両手の双剣をクロスさせて、アーチャーが振り下ろしてきた剣を受け止める。そのままの体勢から、足を跳ね上げて奴の腰に蹴りを入れた。よし、怯んだ!

「ぐ……機転も多少は利くかっ!」

 奴は剣を引きながら僅かに後ろへ下がり、双剣を消して長い両手持ちの剣を投影する。アーチャーが知っていて俺が知らない剣、きっと『正義の味方』として戦ってきたあいつが目にしたモノだろう。

「……衛宮士郎」

 何であいつ、俺を呼ぶ時フルネームなんだろうな。元々自分の名前でもあるのに……だけど、まぁ呼ばれたから「何だ」って返してみる。思いっきりあいつを睨み付けて。

「貴様、自分が何だか分かっているか?」

 そして、奴の問いに一瞬我を忘れた。
 自分が何か。
 何だろう。俺は、何か、忘れてる。

「何って……俺は衛宮士郎だ。投影くらいしか出来ないへっぽこの魔術師で、アヴァロンを身体の中に持っていて、親父の目指していた正義の味方を目指す人間だ」

「そうか。ではその中に、自らの意思だと断言できるモノはいくつある?」
「え?」

 自分の意思で、選んだもの。
 魔術師を目指したのは、俺を助けてくれた切嗣が魔術師だったから。
 アヴァロンが身体の中にあるのは、切嗣が俺を助ける為に埋め込んでくれたから。
 正義の味方になりたいのは――切嗣が目指して、なれなかったから。

 ごくりと、喉が鳴った。背筋を冷や汗が走る……アーチャーの言いたいことが、分かってしまった。

「――」
「やっと気づいたか。お前は、お前自身には何もないことに。お前と言う人間は、それ自身が衛宮切嗣のコピーであり偽者なのだ」

 アーチャーの言葉が、耳の奥にくわんくわんと響いた。アーチャー、お前はそれに気づいて、こころを削ったのか?

「もっとも、衛宮士郎と言う人間の有り様は最初から『複製』でしかあり得んがな。中身まで複製などというふざけた存在は、ここで消し去っておくに限る」

 吐き捨てるようなあいつの台詞。
 コピー、偽者、複製。
 俺自身には、何もない。
 だけど。

「――だから、何だよ」
「何?」

 そんなこと、心のどこかできっと分かってた。だから俺は、何も持てなかった。自分自身が欲しいものなんて、多分何もなかった。だって、俺は複製だったから……オリジナルが持ってないものなんて、持てないから。
 それでも。
 ちょっとだけ、欲しいと思ったものがある。
 同じ学校になった時から憧れていた、女の子。

「偽者だから何だって言うんだよ。例え俺の思いが誰かのコピーで偽者でも、俺は俺だ」
「……」

 アーチャーは俺の言葉を待っているかのように、微動だにしない。じっと俺をまっすぐに見つめている。

「だから、俺のこの想いだけは誰にも、お前にも否定させない」
「…………そうか。ならば、俺は全力を以てお前を否定しよう」

 そう言ったアーチャーの手から、剣が消える。とん、と軽く床を蹴り、男の身体がふわりと宙を舞って俺との距離を取った。『アーチャー』だから弓か、とも思ったけれど、低く流れてきたあいつの声に身体がびくりと震える。

「――I am the bone of my sword.」

 アーチャーの目は、ずっと俺を捉えたまま。

「Steel is my body,and fire is my blood.」

 見るが良い、これが『オレタチ』に許された力だと言っている。

「I have created over a thousand blades.」

 アーチャーの詠唱は、はっきりと俺の耳に流れ込んでくる。

「Unknown to Death.Nor known to Life.」

 聞くが良い、これが『オレ』の最大のチカラだと言っている。

「Have withstood pain to create many weapons.」

 だから、俺は目を逸らさない。

「Yet,those hands will never hold anything.」

 だから、俺は耳を塞がない。

「So as I pray,unlimited blade works.」

 たった今。
 シャンデリアのぶら下がっていた高い天井を、無数の歯車が軋みながら回っている暗い空に変えたそれこそが。
 城の玄関ホールだったはずのここを、剣が無数に突き立つ荒野に変えたそれこそが。

 エミヤシロウがたった一つ持っている、ホンモノのチカラだと分かったから――


  - interlude out -
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