マジカルリンリン10
「ま、それはそれとして。パワーアップの話じゃったな」
「あ、そうですそうです。で、どう言ったタイプのパワーアップなんでしょうか」

 例えば新しい武器、例えば2段変身。あるいは新しい仲間、ってパターンもある。そのどれなんだろうか?

「ここはまあ、順当に新しい武器と言ったところじゃな。ほれ、これがそうじゃ」

 大師父がひょいと見せてくれたのは、さっきわたしの頭をどついた剣だかステッキだか分からないもの。見た目は短剣っぽいんだけど、その刃に当たる部分が刃っぽくなくて、きらきら光る宝石か貴石っぽい。それから、鍔は丸っこくて可愛らしい翼の形をしている。だからステッキに見えたんだろうな、きっと。

「これ、ですか?」
「うむ。これはワシの宝石剣……のレッサータイプでの、その名もマジカルステッキ☆ゼルレッチじゃ」

 ……夢の中でヘッドスライディングなんて、滅多にない体験だなぁ。顔面が痛くないのも、夢だからこそだろう。それと、わたしの名乗りでもそうなんだけど、その名称内にある☆は何なのよ、☆は。

「つーかステッキなんですか、それ」
「変身ヒロインが持つんじゃからステッキに決まっておろうが」
「そーゆーもんなんですか」

 ……そーゆーもんだ、と真面目な顔で力説してくれる大師父に、さすがに反論する気もなくなってしまった。きっと、いつもわたしが振り回しているアゾット剣もステッキ扱いなんだろうな、爺。

「まーそれはそれとして。時間が惜しいんですからとっととそれください、大師父」
「誰がこれをそのままやるっちゅーたか。ワシはこれ見せるだけじゃ、後はそっちで作らんかい」
「できるかー!」

 しれっとおっしゃる大師父に、わたしは自分が熱を出したような気がした。あー頭痛い……あのねー、見せられるだけで作れるなんて便利なこと、わたしにはできないんですけどー………………って、へ?

「大師父。つまり、士郎にこれを見せて投影させろ、とそういうことですか?」

 そう、わたしができなきゃ、できる奴にやらせればいい。とっさに思いついたわたしの考え方は間違っていないんだろうけど、念のため確認してみた。あ、爺さんってば大きく頷いてやんの。ビンゴかい。ええいその満足げな笑みはやめんか。

「そういうことじゃ。うむ、物分かりの良い弟子は助かる」
「それはどうも」

 お褒めに預かり恐悦至極。それはともかく、だ。士郎の投影能力ってのは、一度見たことのあるものの構造やら歴史やらを解析し、それを現実に『投影』する能力。つまり、見たことがなければできないわけで。

「とりあえず、士郎にこれ見せないと投影はできませんよ?」
「そーじゃったの。ま、見本兼お試しサービスとして、これを持って行くがいい。1回だけの出血大サービスじゃぞ」

 それならそうと、最初から言ってください。ともかく、わたしは目の前にずいと出されたマジカルステッキを自分の手に受けた。宝石剣――平行世界の魔力を汲み出すことのできる、第二魔法の使い手たるキシュア=ゼルレッチ=シュバインオーグの秘宝。レッサーバージョンとはいえ、その神秘が今わたしの手の中にあることに、全身が震える。

「ああ、そうじゃ。ひとつ言うておかねばならん注意事項がある」

 爺さんはそう言って、人差し指を立てた。まぁ、性急なパワーアップにはそれ相応のリスクが伴うのもお約束、しょうがないか。

「何ですか?」
「これを投影できるのは……そうじゃな、せいぜい3回といったところじゃろう。それ以上はあの坊主の身が保たぬ」
「士郎の……身が保たない?」

 なんでさ、とは士郎の口癖。それを口にしたくなっちゃう辺り伝染ってるかな、ひょっとして。

「疑問かね? 坊主の投影能力を知っておるのだろう、少し考えれば分かることじゃ」

 その疑問に対して、大師父は答えを教えてくれなかった。はいはい、宝石剣のヒントをくれたんだからそれくらい、自分で考えます。ともかく、3回ね。

「さて、そろそろ時間じゃの。ワシャこれで帰ることにしようかの」
「帰るってどこへですか。たまには時計塔にも顔出した方がいいんじゃないですか?」
「だっておもしろくないからのぅ」
「大師父が顔見せただけでおもしろくなりますよ、きっと」

 そうかのー、とあごひげ撫でつつ首を傾げる爺さん。この爺さんが世界に5人しかいない魔法使いの1人、なんだよなぁ。ついでに吸血種で、800年とか1000年とか生きてて。
 はぁ、世界はわけ分からんなぁ。

「遠坂の当主よ。冬木の……いや、世界の命運はお前さんたちの両肩に掛かっておる。ぼちぼち頑張るがよい」
「ぼちぼちって……もう少し言いようがあるでしょう、大師父」

 わたしは呆れてしまった。まぁ、これが大師父の人となりなんだけど。がっはっはと笑いながら大師父がわたしの肩を叩くと、ぐんと意識が遠ざかる。ああそうだ、これはわたしの夢なんだ。目を覚まさなくちゃ――みんなが、士郎が待っている。

「それじゃ、お世話になりました」

 小さくなっていく大魔法使いを見つめてぺこり、と頭を下げ、わたしは目を閉じた。


  - interlude -


 ガキィンと音がして、俺の手の中の剣が幻想に還る。俺はすかさず次の剣を創り出して構えた。やはり、いくら使い方が分かるとは言っても干将莫耶にかなうものはない。そりゃそうだ……『オレ』が愛用している双剣は、エミヤシロウの戦い方を教えてくれているんだから。

「――まだくたばらんか。しぶといな」

 一方、目の前にいるアーチャーは相変わらず余裕の表情だ。参ったな。外見から言えば、あいつは多分10年後ぐらいの俺だ。その10年の間に、あいつはどれだけ自分を磨いたのだろう。そして……ああなってから、どれだけ自分を擦り減らしたのだろう。

「当たり前だ。てめぇなんかに負けてたまるか!」

 それが悔しくて、再び床を蹴る。だって、あいつは切嗣の理想を夢物語だと言った。届かないとも言った。
 ――それは、あいつが俺の知らない10年を経験しての重い言葉だったのだろうけど。

「そんなこと、あるもんか!」

 あいつの干将が、俺の双剣を受け止める。と同時に3本の剣が砕け、その反動を利用して俺たちは飛び離れ距離を開いた。

「そうだ。オレもそう考えた。まだ髪が赤かったころ、肌が黄色かったころはな」

 残った莫耶も幻想に帰し、別の長剣を手にしたアーチャーが吐き捨てるように呟く。俺は、もう何度も何度も投影した干将莫耶をまた創り出す……これで何度目だったかな。もう数えてないや。

「全てを救う……皆を幸せにする。その言葉の何と美しかったことか」
「そうだ。あの火事の中たった一人救い出された俺に、あの言葉はどれだけ眩しかったか」

 俺たちは、同じ意味の言葉をぶつけ合う。新都が新都と呼ばれるようになる前、あの一帯を襲った大災害。聖杯を巡る戦いの決着として引き起こされたその中で、火に巻かれながら生き延びた俺。その俺を救ってくれたひとが、叶わないと遺して逝った、理想。

「お前は知らないだろう。全てを救う、その愚かさを」
「何が愚かだってんだよ!」

 再び刃がぶつかる。ああ、俺そろそろガス欠かもしれない……投影の持続時間が短くなってきている。だけど、まだ創り出せるうちは、あきらめてたまるか!

「己の目に映る全てを救えたとしても……それは全てを救ったことにはならない」

 一方、アーチャーの創り出した世界も少しずつ揺らぎが生じている。そりゃ、世界を1個創って持続させているんだからな。あっちもガス欠になってもおかしくない……って、魔力の貯蔵量が段違いだなぁ。

「なんでさ」

 貯蔵量云々はさておき、アーチャーの言っている意味が分からない。下からすくい上げるように斬りつけながら、俺は一言だけを疑問としてぶつけた。

「なぜなら、そこには『自分自身』が含まれていないからだ。自分の目には映らないのだからな」

 ――自分自身?

「何で、そこに自分自身が入るんだ?」
「普通は入るものだ。お前は偽者だと、オレは言ったな」

 俺の渾身の一撃は片手だけで叩き伏せられ、さらに腹を爪先で思い切り蹴り飛ばされた。胃袋から逆流してきたのはおにぎりか……これ、確か遠坂が握った梅だよな。ごめん、もったいないことした。

「げほ、げほっ……それが、どうした!」
「偽者、である理由も言ったな。お前の根底には、自らという概念がない。そうである以上、貴様は本物にはなれない」
「……そうかもな」

 アーチャーの言い分を否定するつもりはない。10年前の炎の中で、俺は身体と『士郎』の名前以外の全てを焼き尽くされた。ほんの僅かに残っていた本当の家族や自宅の記憶も、今では必死に掘り起こそうとしても手掛かりすら掴めない。あの時に俺は全てを無くして、切嗣の息子として生まれ変わったのかもしれない。

「だけど、それでも」

 分かってる。歪んでる。自分が無いのに、誰かを助けたいなんて。
 だけど、助けて貰ってとても嬉しかったんだ。

「親父の理想も、俺の思いも」

 泣きそうな顔して、耳と尻尾をぱたぱたさせて、俺を抱きしめてくれた切嗣。
 いきなり殺されそうになった俺を、身体を盾にして守ってくれた遠坂。
 自分の家の恐怖に打ち勝って、守るって言ってくれた桜。

「1人じゃ叶わないかもしれない。お前は1人だったから、叶わなかったのかもしれない」

 キャスターも、ライダーも、俺を助けてくれたから。

「だけど、間違ってなんかいない……みんなと一緒なら、進んで行ける!」

 俺の叫びにはっと顔を上げたアーチャー目がけて、俺は白木の柄を持つ直刀を手にすると身体ごとぶつかって行った。ドスの扱い方なら、藤村の若い衆がお遊びで教えてくれたことあるからな。逃しはしない!


  - interlude out -
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