マジカルリンリン10
 ……目の前がくらくらする〜。凄まじい音量と激しい振動のせいで、どうやらわたしは乗り物酔いの状態らしい。おぇ、気持ち悪い。あー、背後にちょうど枕がある。もたれるといい具合だ。このまま寝てしまおうか。

「――だ、大丈夫ですか、リン……」

 ……訂正、枕じゃなくてライダーの胸だった。つまり、わたしはライダーの胸にもたれ掛かっている訳で。ちくしょう、これなら挟める。何をだ。

「あー、何とか……ね、バーサーカーは?」

 そうだ、一番の問題はそれだ。あのデカブツをやっつけないことには士郎に会えない。聖杯の器も手に入らない……士郎が優先か、わたし。

「ベルレフォーンは直撃したはずです……これで倒せなければ、わたしには――」

 ライダーの言葉が途切れる。その意味は、自分の目の前の光景を見れば明白で。

「倒せて、ない……」

 そこに、灰色の巨人が立っていた。もちろん無傷ではない……顔と胸元からだらだら血を流していて、少し息が荒い。切断された神経組織が治癒魔術によるものか、互いを絡み合わせて再生していく過程がはっきりと目に映る。拙い、完全に回復されたらものごっつ拙い!

「こんのぉーっ! 」

 塞がりかけてる傷口目がけ、光の矢を放つ。よっし、さすがに皮膚の中までは頑丈でもなかった! 血が迸る、誰か追い打ちかけてっ!

「――!!」

 わたしに倣い、キャスターも魔術を放つ。むー、さすがにわたしより数も多いし威力も高い。ちょっぴりいじけたくなるお年頃かしら。

「■■■■■■――!!」

 さっきの咆哮とは僅かに音程の違う叫び。これは痛いー、と叫んでるって考えていいのかな。だけど、その刃が鈍らないのはさすが聖杯の城の門番ってことね。だけど、こっちだって聖杯戦士なんだ。負けてたまるか!

「はああああっ!」

 セイバーも風王結界を解除、金色の剣を振りかざしてバーサーカーに斬りかかる。吹き荒れる風の中、黒曜石の刃が金の大剣を受け止めた衝撃で僅かに削れる……だけど、黒曜石っていう石の特権。刃が削れるって言うことは、つまり刃が研がれて鋭くなること、と同意義。

「■■、■■■■!」
「――っ!」

 巨体であり、パワーもあるバーサーカー。パワーは負けず劣らずだけど、小さくて軽い身体のセイバー。どうしてもこの戦い、セイバーの方が不利になる。キャスターの魔術による援護は何だか意味が無いっぽいし、桜の蟲は……

「フェリアちゃん、メルティちゃん、頑張ってっ!」

 ……うん、頑張ってくれてはいるんだけど。蟲の食欲より再生能力の方が強いってどうなのよ? 何か対策を考えなきゃ……!

「……リン。それは?」

 ライダーの視線が、わたしの手に注がれている。つられてわたしも目を落とすと、そこにあったのはアゾット剣じゃなくて、きらきらした刃に見えない剣身と可愛い翼の形の鍔を持つ、ステッキ。

「あ……そういや、お試しサービス期間だったっけ」

 途端、夢の中で見た爺さんの笑顔がぽんと蘇ってきた。いらんから消えてくれ、今それどころじゃないんだから。だけど、対策は手に入った。よっし、待っててね士郎!

「ぶっつけ本番だけど、やってみるわ。ライダー、わたしを降ろして」
「え? で、ですがリン!」

 うん。ライダー、反対するのはよく分かる。だけど、多分これが一番の対策だと思うの。わたしたちに足りないのは決定力……セイバーのエクスカリバーとライダーのベルレフォーンくらいしか無いAランクの攻撃。だけど、宝石剣のレッサータイプであるこれなら……!

「大丈夫。わたしを信じてくれないかしら?」
「――承知しました。あなたを信じましょう、リン」

 ありがとう、と呟いたわたしを、ライダーは素直に降ろしてくれた。セイバーがそんなわたしを見つけ、こくりと大きく頷く。どうやら、わたしの考えを一目で理解したようだ。そりゃまぁ、何か訳の分からない武器構えてるなんて、大体やることの予想がつきそうなものだし。

「……大師父、信じてるわよ――っ!」

 大きく振りかぶって、行きまーす! 大地を蹴って、突っ走るぞー!!

「あああああ――っ!」
「■■■、■■■■■■――!!」

 バーサーカー、来なさい! あんたの相手はこのわたし、聖杯戦士――マジカルリンリンよっ!!

「Es last frei.Werkzug――!」

 わたしの手にあるステッキ……ゼルレッチはその宝石のような刃から金色の光を放ち、バーサーカーの岩の剣ごとその胴体を真っ二つに切り裂いていた。だけど、やはり奴もしぶとい。ずれかけた胴体を両の手でぴたりと押さえ、切断面から血を流しながらそのずれを直した。うわ、皮膚組織が再生始めてるよ……これで駄目なら、もう……!

「そこまで!」

 あ。すっかり忘れていたけれど、さっきのちちなしメイドはずっとわたしたちの戦いを見ていたんだよなぁ。その彼女の一言で、胴体の再生を始めていた鉛色の戦士はぴたりと動きを止めた。えーっと……これで終わり、でいいのかな?

「聖杯戦士の皆様方、お見事でございました。そのお力は、聖杯の器を受けるに相応しいと判断致します」

 相変わらず無表情のまま、メイドさんは玄関へと進んでいく。そこにはちちでかメイドが、澄まし顔でかしこまっていた。

「リーゼリット、あちらはどうなりましたか?」
「終わったみたい。入ってもおっけー」

 その天然な台詞回しはどうにかならんのか、ちちでかメイド。はぁとちちなしメイドはあからさまに肩を落としつつ玄関の扉へ手をかけた。一瞬取っ手を見てから、すっと姿勢を正してこちらを見つめる。

「どうぞ、お入り下さいませ。我が城主へのお目通りに相応しい戦士と認めましょう」
「そ、それじゃあ……」
「エミヤシロウも、ごーかく。早く行ってあげて」

 ちちなしメイドの感情を含まない言葉と、ちちでかメイドの片言の台詞。その意味に気が付いて、わたしは慌てて駆け出した。流星号を帰したライダーと、本人はあまりダメージを負っていない桜がすぐ後についてくれる。キャスターとセイバーも、一瞬呆けた顔していたけどすぐに来てくれた。

「士郎っ!」

 メイドたちの横を走り過ぎて、力任せにでかい扉を開ける。その瞬間、ぱりーんとガラスが砕けるような微かな音がしたけれど無視する。ガラスなら後でいくらでも修復してやるわよ、文句ある?

「――え」

 で。
 今開けた扉のサイズがぴったりに思えてしまうほど広い、玄関ホール。床にひびが入ってるし、絨毯やカーテンは裂けてるしでまさに死闘の跡、なそのホールの中央に、士郎とアーチャーが立っていた。ひょっとして、士郎に差し向けられた試練ってのはアーチャーとの一騎打ち、だったのか。

「……あ、とおさか……」
「……凛」

 呼び方こそは違うけど同じ声が2つして、声の主たちが私の方を見た。だらんと腕を垂らしたアーチャーの背中から、ちらっと刃が突き出ているのが見える。それは多分、士郎が持っているドスって何でドスなのよ? 藤村組と付き合いあるから見慣れているのかこのへっぽこ、というツッコミは置いておいて。その士郎の方も随分ずたぼろになっていた。マジでガチバトルやってたわけか。はぁ。


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