マジカルリンリン10
「士郎、アーチャー!」

 ともかく、2人の状態が心配なので慌てて駆け寄った。そのわたしの目の前で、アーチャーの背中に見えていた刃がぱぁっと、幻みたいに消え失せる。そして、士郎が身体をグラリと揺らめかせた。拙い、倒れちゃう!

「よ……っと!」

 ふぅ、間一髪。わたしは士郎を、セイバーがアーチャーをキャッチ成功。わたしの右手にはゼルレッチがそのまま残っていたけれど、これ元々物を切るための刃なんて持って無いから大丈夫よね。

「とー、さか……はは、勝ったんだな……」
「うんっ。士郎もよく頑張ったわね」

 えい、サービスだ。このままぎゅっと抱きしめてやろう。あはは、士郎ってば耳まで真っ赤になってやんの。

「え、おい遠坂!?」
「ご褒美よ。光栄に思いなさい」
「あ、ああ……」

 素直でよろしい。って、何で視線はゼルレッチに行っているかこの刀剣マニア。

「遠坂、これ……」
「あ、うん。うちの大師父からの借り物。ちゃんと見ておいてね、これ、あんたに投影して貰うんだから」

 そうだった。今持ってるこれはあくまでお試し用、わたしが使うのは士郎に投影して貰わなくちゃいけないんだった。まぁ当人、そのつもりかどうかは知らねども食い入るように見つめているし。

「――ゼルレッチ、って言うんだな」

 さすがは士郎。見ただけで名前を当ててしまった。……と、士郎に名前を呼ばれたことが引き金になったのか、ステッキの形がさぁっと崩れていく。そして、後にはわたし愛用のアゾット剣だけが残された。なるほど、これを核にするのね。

「……宝石翁に会ったのか?」

 足音が近づいてきた。ふと見上げると、セイバーに肩を借りてやっとのことで立っているアーチャーだった。その彼が少し目を見開いて尋ねてくる……ああ、こうやって見るとあんた、士郎と同じ顔してるわね。やっぱり……士郎だったんだ。

「ええ、夢でだけど」
「そうか。ああ、衛宮士郎を落ち着かせてやれ。今のそいつに、あれの解析は酷だ」
「へ?」

 アーチャーの言葉の意味が分からずに、わたしは自分の腕の中の士郎を見下ろす……え、どうしたの? 視点が合わなくて、身体ががくがく震えて、開きっぱなしの口から涎が……ええい汚いとか言ってられない。ここはビンタ一発、そら起きろっ!

「士郎っ!」

 ばしっ! おおいい音がした。士郎のほっぺはちょっぴりぷにぷにしていて柔らかい……じゃなくって。で、そのビンタでやっと士郎は正気に戻ったみたいだ。一体どうしたんだろう?

「――う、ぁ……ああ……」
「士郎、どうしたの?」

 瞬きしながら頭を押さえる士郎に、わたしはそっと声を掛けた。何度か頭を振ってからわたしを見た士郎の視線がどこか虚ろで、それがわたしにはアーチャーの目と重なって見えた。

「あ……ああ、悪い。持って行かれそうになっただけだよ」

 『持って行かれそうに』なった?
 士郎の投影は、普通の投影魔術とはちょっとやり方が違う。普通のやり方って言うのは、その外見を現実世界に『投影』してそのダミーを創り出す魔術。だけど士郎のそれは、その物の作る過程から使い手の記憶、その歴史までもを彼の中で再現し、本物に迫るモノを生み出す。だからキャスターのルールブレイカーが持つ解呪の能力も同じように使えるし、アヴァロンの『全ての災厄から守護し、傷を癒す力』なんてのも再現してしまう。だけど、それはつまり、今ゼルレッチを解析した士郎の中では、あの爺さんが経験してきた800年だか1000年だかの歴史まで再現しちゃった訳だ。そりゃおかしくもなるわ。ちくしょう大師父、そう言うことかい!

「――まぁ、無事なら良いのよ。ほら、立てる?」

 ともかく、今は無事みたいだからそれでいい。怪我は酷いけど、ほらアヴァロンのおかげでどんどん傷が塞がっていく。わたしは士郎に肩を貸して、ゆっくりと立ち上がらせた。この位はやらせてくれたっていいわよね、桜?

「……悪いな、遠坂」

 わたしにもたれてくれる士郎の体重が、ちょっとだけ嬉しかった。わたしを頼りにしてくれてるんだなーってのが分かるから……そりゃまぁ、自力で立つのが大変なんだから誰かに頼るのは当たり前なんだけども。

「士郎、大丈夫なのですか?」
「ああ、俺は大丈夫だよライダー……キャスターも桜も、みんな無事だったんだ。よかった」
「一番酷い状態なのはあなたですよ、士郎。まったく無茶をして」
「だって、無茶しなきゃアーチャーには勝てなかったし」

 ライダー、キャスターと言葉を掛け合う士郎の顔は何だかすっきりした笑顔。アーチャーとの間に何があったか分からないのだけど、それが士郎に良い影響をもたらしたのならばそれは歓迎すべき事、なのだろう。

「先輩、ほんとに大丈夫なんですね?」
「大丈夫だよ、桜。もう傷もだいぶ治ったし」

 いや、それはあんたの力じゃなくてアヴァロンの力だから。ほら、桜ふくれっ面してるじゃないの。この子、あんたの事になると自分のこと以上に心配みたいなんだからね。

「それに、今回は俺に課せられた試練だったんだから。みんなの力を借りるのは反則だろ?」
「それはそうですけど……でも、今度先輩がこんなぼろぼろになったら、わたし怒りますからね!」

 こら、桜泣くな。泣きたいのはあんただけじゃない、実のところわたしだって泣きたいやい。それに……今後、わたしが士郎をこんなぼろぼろにしてしまうかもしれないのに。

「――選ばれし戦士たちよ! よくぞここまでたどり着いた! ……なーんちゃって」

 突然、広ーい玄関ホールに女の子の声が響き渡った。あ、よく見たらスピーカーが仕込んであるじゃないの。何やってんだ、アインツベルン。

「イリヤ!」

 士郎が階段の上を見上げながら名を呼ぶ。そこには、銀色の髪と赤い目の小さな女の子が立っていた。うわ、あの洋服素材から縫製から実に高級そう。彼女の身体にぴったり合うサイズなんて、あの年齢でオーダーメイドかい。

「イリヤスフィール」
「アーチャー、今代の鞘の主はお眼鏡に適ったようね」
「ああ。……私の負けだ」

 セイバーの肩を借りたままのアーチャーと言葉を交わしながら階段を下りてくる。わたしたちの目の前までほとんど足音もなく歩み寄ってきた彼女は、白いスカートの端をつまみ上げて優雅に礼をした。ううむ、完璧に身体が作法を覚えている。恐るべしアインツベルン。

「ようこそ、聖杯戦士の方々……そして鞘の主よ。わたしはアインツベルン本家からの使者、イリヤスフィール=フォン=アインツベルンと申します。どうぞお見知りおきを」
「冬木のセカンドオーナー、遠坂凛よ」

 名乗られたんだから、こっちも名乗らないとね。他の皆も自己紹介するのを聞き流しながら、わたしは士郎の身体をしっかりと抱きしめた。だってあのイリヤスフィール、士郎の方ばっかり見てるんだもの。士郎はロリコンじゃありません。

「ふふ。シロウ、ちょっとばかしズルしちゃったようだけど、ちゃんと来てくれたわね」

 あ。このちびすけ、夢の中に出てきた大師父と同じこと言ってる。だから、一体何がズルなのよ、あんたも大師父も。

「ズル? ……そう言えば、俺は知ってるはずのことを知らない。それが関係あるのか?」
「そうね。そこら辺はちゃんと教えてあげるから、感謝しなさい」

 士郎は不思議そうに目を見開きながら、それでもイリヤスフィールの言葉に分かった、ありがとうと答えた。ほんとにお人好しなんだから……でも、そこが士郎の良い所なんだろうなぁ。

「さて、聖杯戦士と鞘の主が試練をクリアーしましたので、賞品を贈呈したいと思いまーす!」

 急に外見相応の子供っぽい態度になって、イリヤスフィールが万歳した。もう満面の笑顔になってしまって、そのままぴょんと飛びついて士郎の首根っこにしがみつく。こら何やってるんだ放せ。

「い、イリヤ!?」
「ちょっと! 先輩に何してるんですかー!!」

 桜が慌ててちびすけを引っぺがそうとする。だけど、まぁ上手いことしがみついたもんで、そう簡単に離れてはくれない。ライダーはおろおろしてるだけだし、キャスターは……こら、確かにゴスロリ衣装似合いそうだけどさ。ぶつくさあれがいいこれがいいなんて呟いてるの、ハタから見ると怖いわよ。

「ふっふーん」

 しかもイリヤスフィール、桜を見てにやりと悪魔っ子な笑みを浮かべやがりました。おお桜が冷や汗垂らしながら一歩引いた。この小娘、なかなか侮れない相手のようだ。士郎、えらい相手にばっかり好かれてるわね。あ、わたしも込みよもちろん。

「何してる、じゃないわよ。ちゃんと言ったでしょ、賞品の贈呈だって」

 記憶力減衰してない? と自慢げな表情で言ってのけるイリヤスフィール。そういえば、わたしたちには目的があったんだ。試練をクリアーして、わたしたちが貰えるモノって確か――

「賞品はこのわたし。聖杯の器であるイリヤスフィール=フォン=アインツベルンでーっす!」

『え――――っ!?』

 わたしと士郎とセイバーと桜とライダーとキャスター、合計6人分の声が見事に合唱となって玄関ホールに響き渡った。
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